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5章ー25話 「最強求めし出発点」


 俺はちょうど王都と国の端の中間ぐらいに位置するとある街に生まれた。

 生まれたときから俺はきっと特別だった。そして成長するにつれてその特別は明確な形となって表れ始めた。


 圧倒的な膂力。それに見劣りしない身体能力。

 十代の半ば、その時点で俺は街で知らぬものはいない程の格闘家となっていた。

 素手で剣士を相手取っても傷一つ負わず、大人の武道家とやらに挑まれた勝負も数秒で片が付いた。


 そんな俺には、全てが集まった。

 地位、名誉、名声、金、女。そして若くしてその多くを手に入れた俺の心には慢心が生まれた。

 当然と言えば、当然かもしれない。俺は必死に努力をしたわけではない、何か大切なものを犠牲にしたわけでもない。それなのに誰も俺に敵わない、何も俺に手に入らないものはない。

 その状況で自分を律することができる者がいるのなら逆に会ってみたいほどだ。


 しかし、その慢心は数年後に粉々に打ち砕かれることになる。


 その日は、街は普段にない盛り上がりを見せていた。

 何故ならば、本日から一週間ほど『聖道院』の修道女複数人の部隊が街に滞在するからだ。彼女たちは常に修道女の派遣されている大都市以外の街を定期的に訪れて、治癒術での治療を行っている。今回の滞在もその一環という訳だ。


 だが、俺は特にその行事に関心は無かった。

 昔から怪我にも病気にも縁がなかったし、近しい人間にも治癒術が必要な人間はいなかった。

 それ故にいつも通り、適当に街を歩いていた俺だったのだが、


「お兄ちゃん」


「?」


 そこで不意に俺の袖が引かれ、呼び止めるようなそんな声がかかった。

 振り返るとそこには十歳ぐらいの女児の姿があり、そしてその女児は修道服を身に着けていた。

 この時期に修道服の女児。偶然と考えるのは不自然だ。恐らく『聖道院』の関係者だろう。


「なんだ、嬢ちゃん」


 とは言っても、俺には関係のない話だ。

 鬱陶しがる様子を隠そうともせずにそう無愛想に応える。普通の子どもならばそれで逃げ出すはずだ。

 しかし、


 ――ゾクゾクゾクッ!!

 

 次の瞬間、俺の背筋を今まで味わったことが無い感覚が襲い掛かった。このときの俺はまだそのとき感じた感情の名前をまだ知らなかった。

 しかし、そんな俺の変化に気付かなかったのか、それとも見ないふりをしたのか、はたまた興味が無かったのか。その女児はニヤリと笑うと「付いてきて」とだけ言ってクルリと踵を返して走り出した。


「おっ、おい! 待て!」


 付いていく道理も理由もない。

 だが、俺の足はその後ろ姿を気づけば追っていた。




「――こんなとこまで連れてきて何の用だ?」


 街の郊外。

 廃墟が立ち並び、普通の人間はあまり立ち寄らない様な場所まで来たところでようやく少女が足を止めた。


「お~、しっかり付いて来れたんだね」


「生憎とガキは趣味じゃないんだが」


 そう軽口を叩くと、「ハハハッ」と女児は楽しそうに笑った。

 いや、もう女児と形容するのは止めた方がいいか。何せここまで走ったそのスピードは少なくとも十歳になるかならないかの子どもが持ちうるようなものではなかったのだから。


「俺に何の用だ、そしておめぇは誰だ? 変身できる魔法使いか、それとも魔族の類か」


「――わりぃな、残念ながらどっちもハズレだ」


 女児の口調が変わる。

 そして、そう言いながら持ち上げた指をパチンと鳴らしたかと思うと変化が起こった。


「なっ!?」


 それはまるで人間の成長を一秒に圧縮したかのような変化だった。

 先程までに目の前にいた女児の姿はもうない。その代わりに眼前には同じく修道服をまとった大人の女が立っていた。瞳や髪の色は同じ、よく見れば先程の女児の面影もある。

 信じられない。しかし目の前で起こったんだ、信じるしかない。つまりこいつは、


「ハハッ、驚いたか? 俺にとって年齢は変幻自在なのさ」


「――っ。なにもんだよ、あんた?」


 驚きつつもそう問いかける。

 すると俺の問いに何故か女は不思議そうな顔を浮かべると、「そうか、俺を知らねぇか!」と再び楽しそうに笑った。


「まぁ、生まれ育った街から出たことが無くてはそれも頷ける。関心も無いんだろう。だが、こっちとしてはその方がやりやすくていいや」


「どういう意味だ?」


「今から戦う相手に余計な感情が入らない方がいいって話だ。――聞いたぜ、ここいらじゃ負けなし。街の外から来る腕自慢もことごとく返り討ちにしている小僧ってのはお前のことだろう?」


「――――」


 そこでようやく俺はその女の目的を察した。


「…俺とやろうってのか?」


「その通りだ。俺は強いやつに目が無くてな。だからたまにこうしてご当地の強者を見つけて、腕比べしてんだ。――まぁ、生まれてこの方負けたことはねぇけどな」


「奇遇だな。俺もそうだ」


 不思議な気持ちだった。

 今まで可能な限り女とは戦わない様にしてきた。別にお優しい思考があるわけじゃねぇ、ただ単純に気乗りないだけだ。

 だが、先程こいつの後を追った時と同じ様に気づけば俺は拳を握っていた。


 こいつとは戦わなければいけない。

 こいつの強さを見てみたい。

 そして、こいつに勝てば俺は更に強くなれる。


 そんな気がした。


「いいねぇ、ノリの良いやつは嫌いじゃねぇ。さっそくおっぱじめるとしようじゃねぇか」


「――いくぜ」


「――ああ、先手は譲ってやるよ」




 数分後、俺は信じられない気持ちで地面に仰向けに倒れながら空を見上げていた。

 …………この俺が負けた? それどころか手も足も出なかった…だと?

 その事実を理解しつつも受け入れられない。今まで俺に勝つどころか、いい勝負になる相手すら出会ったことが無かった。それがいきなりどこからともなく現れたこの正体不明の女に一方的に負けたのだ、無理もない話だろう。


「ん~、こんなもんか。武を修めていない人間でここまでやるやつは久方ぶりだ。素材は一級品だな。だがまぁ、期待通りではあったが期待以上ではなかったな」


 そんな呆然とする俺とは対照的に女は傷どころか修道服に汚れすらほとんどついてない状態のままにそう余裕そうに呟いた。

 本気の『ほ』の字すら出していない。その様子からそれを確信し、同時に俺は最初にこの女と相対した時に感じた感情の名前を知った。


 ――『恐怖』という人間誰しもが持つその感情の名前を。


 しかし、それを実感し俺の胸にはある今まで感じたことが無い強い思いが渡来していた。

 グッと拳を握る。どうやらまだ俺の心は折れてはいないらしい。それを認識して、自然と口元には薄い笑みが浮かんでいた。


「――なぁ」


「ん?」

 

 「よっこいせ」と上半身だけを起こし、そう女に言葉をかける。


「あんたの言うように俺はこの街の外についてよく知らねぇ。だから教えてくれねえか?」


「何をだ?」


「あんたは世界で何番目くらいにつえぇんだ?」


 その問いに一瞬ポカンとした表情を浮かべた後に、女は「あははっ」と心底楽しげに笑った。

 そして自信に溢れた笑顔のままに、


「そんなもん一番に決まってんだろ。俺に勝てるやつなんざ、この世のどこにもいやしねぇ」


 ハッキリとまるでそれがこの世の真理であるかのようにそう言ったのだ。

 ――かっけぇ、と思わずそんなことを思ってしまった。そして俺は同時に安堵していた。


「そうか、そりゃあよかった」


「…よかった?」


 俺が呟いた言葉に女が首を捻る。

 そんな疑問に答える様に俺は「ああ」と頷いた。


「こんなつえぇのが世界にはごろごろいるって言われちゃ流石に心が折れちまったかもしれねぇが、あんたが一番なんだな。そしてそれはつまり――あんたに勝てば俺が世界最強なわけだ」


「……………ははっ、あははははははははっ!!」


 少しの間の沈黙。その後に女は再び――いや先程よりも数倍楽しげで数倍大きな笑い声をあげた

 目に涙が浮かぶほどの笑い。それを終えた女は指でその雫を拭いながら、


「ああ、確かにその通りだ」


 とそう言った。


 視線が交錯する。

 真っ直ぐに見つめてくる女の瞳から逃げることなく俺はそのまま見つめ返した。


「俺とやってそんなことを言うやつは本当に久しぶりだ。――だが、その意気や良しだ。気に入った、口封じは無しににしてやろう」


「おいおい…、口封じって俺は本来なら殺されるはずだったのか」


「アホか、流石にこっちの都合で喧嘩吹っかけといてそんな理不尽はしねえよ。と言っても、俺の事を言いふらされると面倒なんで、毎回ちょいと記憶を封じさせてもらってるけどな」


「……ハッ、おっかねぇ女だ」


 そう心底心からの本音を吐き捨てながら、俺はゆっくりと身体を起こした。

 「頑丈なやつだな」、そう言って少し驚く女に対し俺は、


「俺はこの街を出る」


 唐突にそんな宣言をした。

 「ほぉ」、と興味深そうに女が息を吐く。


「そして強くなってみせる。何年かかるかわからねぇがあんたよりもずっとだ。――だから、その時にもう一度だけ俺と戦ってくれ」


 生れて初めてできた目標。

 それが生まれたのは数分前だが、すでにそれは俺の中で絶対に揺るがないものとなっていた。

 その思いを胸に、俺はその女に向かって敬意をもって一礼した。


「――言うじゃねぇか。いいぜ。その時になったらその申し出、必ず受けてやる。だからお前もその言葉、忘れんなよ」


 頭の上から返ってきたのはそんな言葉。

 そして俺が頭を上げたときにはすでに目の前からその女は消えてきた。


 遠い。

 恐らく自分の思っているよりも、あの女と今の俺には隔絶された圧倒的な差が存在している。

 あの場所に至るのに何年かかるかは分からない。もしかしたら十年以上の時を要するかもしれない。

 だが、それでも、


「――必ず勝つ。最強は俺だ」


 その頃の俺はまだ、そんなことを言い切れる自信に溢れていたんだ。


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