5章ー24話 「子守人たち」
「なぁ、じいさん。今日はここに泊まれってマジで言ってんのかよ」
「マジもマジ、大マジだ。正確には今日はじゃなくて、あの『近衛騎士団』の嬢ちゃんが悪いやつをやっつけるまでだ」
「はぁ~? つまりそれによっちゃ何日もここにいさせられる訳かよ」
「そうなるな。ま、安心しろ案外すぐに終わると思うぜ」
「…どうだか? 偉そうな口だけ女にしか見えなかったけど…」
「やけに偉そうなじゃべり方なのは同意だが、強いのは間違いないぜ。なんたってこの俺をあそこまで圧倒しやがったんだからな」
「いや、それ全然強さの証拠になってねぇーから…」
「ったく、見る目の無いガキだな…。いいか、俺は若い頃にな――」
「あー、もう聞いたよ聞いた。どうしても倒したいやつがいてそいつを倒すために十年以上修行して最強になったと思ってそいつと再戦したら、一回目と同じく手も足も出ずにボッコボコにやられたんだろ! こんなダサい話あるのかってぐらいダサい昔話! するならせめて武勇伝とかにしろよ、全然じいさんの若い頃の強さとか伝わってこねぇよ!」
「…武勇が無いから事実そのままに話してるんだろうが! つーか、俺があいつに勝てるほど強かったら今こんなところにいやしねえよ、クソガキ! 孫に囲まれて余生を満喫しとるわ!」
アイリスとシルヴィが去った教室。
そこでは年齢差五十歳はあるのではないかという二人がそんな言い争いをしていた。言うまでも無くアイリスの髪留めを盗んだ少女――アーミとシルヴィにやられた老人――ラグアである。
しかしそんな二人の周囲にいる子ども達も若先生もわざわざ割って入って止めようとはしない。理由としてはこれが日常茶飯事であること。それと二人が傍から見れば祖父と孫娘の様なそんな関係に見えるからでもあった。
「はいはい、ラグア殿もアーミちゃんもその辺にして。勉強してる子もいるんだしね」
だが、いつまでも大きな声で言い合っているのはそれはそれで普通に周囲の迷惑にもなるので、そこでようやく若先生が苦笑しながら仲裁に入った。
「ま、まぁ…先生がそう言うんなら」
そしてラグアに対するものとは打って変わって、アーミは驚くほどに素直な態度ですぐさま引き下がる。
そんな彼女の様子をラグアはニヤニヤしながら見つめていた。
「………」
「………」
「………」
「………なんだよ、おっさん。何か文句あんのか?」
最初はそれを無視しようとしていたアーミだったが、途中で耐えきれなくなりラグアにそう苛立ちを隠そうともせずに問いかける。
「いやぁ~、文句なんてねぇよ。ただあの生意気な小娘がこ~んなに短期間で素直少女に変身したのがどうも可笑しくてね。いやまぁ、素直少女になるのは若先生の前だけだけどな」
「なっ、何言ってんだ!? ちげーし、別に先生の前でだけ良い子ぶってるとかそんなことねーし!!」
「ははっ、顔真っ赤になってるぞ」
「――よーし、本気で怒らせたなじいさん。喧嘩なら買ってやるぞ、長年の修行全無駄ジジイなんぞ、すぐ息切れしてぶっ倒れるのが目に見えてんだよ」
「はいはい、なんで僕はもう一度全く同じことを言わなければいけないのかな? ――二人ともお静かに」
そして何故かまた同じ人物たちの争いが再熱しようとしていたところに入ったのはやはり同じ人物による仲裁だった。
だが今回はその仲裁の主の表情は先程と同じ笑顔であるものの、その笑顔の中には有無を言わせない様な圧力が潜んでいた。本気怒り一歩手前の合図だ。
「ごっ、ごめん。先生」
再び素直にアーミがペコッと頭を下げて謝罪をする。
そんな彼女の頭にポコンと若先生は優しく手を置いた。
「いや、今回はアーミちゃんが謝る必要はありません」
そしてそう言うとラグアに向けて呆れた様な視線を向けた。
「ラグア殿、子ども達が可愛いのはわかりますけど、だからと言ってからかって遊ぶのは少々大人げないですよ。いいじゃないですか、素直は美徳ですよ」
「そーだそーだ! 言ってやって、先生!!」
「こらこら、アーミちゃんもわかりやすく調子に乗らない」
「あて、わわわっ…!!」
味方に付いたことにより得意げにそう反撃するアーミの髪をその味方本人である若先生が窘める様にくしゃくしゃと撫でる。
しかし、それをされているアーミの表情はどこか嬉しそうだった。
その様子に「はぁ~」とため息を吐きながら、
「若先生には敵わんね」
とラグアは両手を上げて降参のポーズをとった。
それを受け、「はい、解決ですね」とアーミの頭から若先生が手を放す。そして何故か名残惜しそうにするアーミに、
「アーミちゃんもみんなと一緒に自習したり、遊んだりしておいで。まぁ遊ぶにしてはこの部屋の中だけだからちょっと窮屈に感じるかもしれないけれどね。あと何時間かしたら、今日はもう一回だけ授業の時間をとるつもりだからさ」
そう言って背中を押すと子ども達の中へと送り出した。
「ふぅ~」と若先生が小さく息を吐く。そして、残ったラグアへとチラリと真剣な目線を送った。
そして、
「――僕は正直、ラグア殿の意見には大賛成です。万が一にも子ども達が例の人斬りに襲われたりするのは防がなくちゃいけない。あのシルヴィさんという方が倒してくれるまでこの一か所に留めておくのが最善だと思います」
「ふっ、真面目モードだな」
「茶化さないでください。それでなのですが、先程ラグアさんがアーミちゃんに言っていたように数日程解決まで時間を要する可能性もある。――だから僕は食糧庫まで行って、水分と食料をとってこようと思います」
「おいおい、いつの間にそんなもの拵えたんだ?」
「食糧庫とは言っても実際はそんなに立派なものではありませんよ。もしもの時のために、僕が水と食料を地上から運び込んで地下街のある場所に隠しておいただけです」
「まったく…若いのに用心深いなあんた。大した先生だ」
「人生は何が起こるかわからないのは自分でよくわかっていますからね。まぁもしもの時がこんな状況とは流石に思いませんでしたけど」
そう言って子ども達には見せなかった苦々しい表情を浮かべて若先生が頬をかく。
「ほんなら、俺がその食糧庫とやらに行った方がいいんじゃないか? その方が手早く済むぞ」
「いえ、ラグア殿はここで子ども達を見ていてください。――更にもしもの状況になったときに、僕では長時間子ども達を守りきることはできないですから」
そう言って笑う若先生の顔は、どこか儚く悲しげなものにラグアの目には映った。
そしてそのまま彼は静かに教室から出ていく歳の離れた友人の姿を見送ったのだった。