5章ー23話 「魔を纏う人間」
「いやぁ~、しっかしここって笑っちゃうぐらいに治安悪いよね。信じられんわ、そりゃ王国も入口に軍を配置している訳だわね」
「確かにあたしとしても予想以上でした。あそこまですぐに絡まれてしまうとは。…あれ? でもよく考えればあたしって普通に王都の地上でも似たような人達に絡まれたことあります。……もしや、あたしが絡まれやすい体質なだけ?」
「あっはっは、アイリスちゃんは美人さんだからね。それだけで男に絡まれる度は跳ね上がるわけよ」
「いや、別にそんなに美人では――――ん?」
ロックの言葉を呆れながら流そうとしたアイリスだったが、そこであることに気付いた。
「あの…ロックさん」
「うん?」
「ロックさんって目が見えないんですよね」
そのアイリスの言葉に何を言いたいかを察して、「あ~」とロックが口を開く。
「いやね、見えないなりにこんだけ長い事生きてれば話し方やら気配やらでなんとなく相手の人相もわかるようになるのよ。そんで少なくとも私の経験則に基づく勘では間違いなくキミは美少女なわけさ」
そして自信満々のキラリとした笑顔を浮かべながらそう断言した。
流石にそこまで言い切られては否定するのもどうかと思い、かといって「そうです、実は美人なんです」と肯定する程に自分の容姿に自信満々ではないアイリスは「あはは…」と苦笑いを浮かべた。
「あ~、疑ってるね。アイリスちゃん」
そんなアイリスの反応がお気に召さなかったのか、そこでロックが軽く頬を膨らませる。
「あっ、いや。そう言うわけでは…」と疑っていることを否定しようとするアイリスだったが、そこでロックは、
「じゃあ、しょうがない。実際に証明しよう」
「はい?」
そんなよくわからないことを言い出したかと思うと、頭に乗っける様につけていた大きめのゴーグルを目に装着した。
その段階では彼女が何をしているのかわからずに、未だアイリスの顔には「?」が浮かんでいる。
しかし、
「――はい、確認完了。まったく…やっぱりメチャクチャ美人じゃないか、いや美少女って感じかな」
「はいっ!? えっ、ええっ! もしかして!?」
少し間を置いての満足げなロックの言葉に、信じられないが実際に今起こっていることを何となくアイリスは察した。
「それをつけると目が見えるようになるんです…か?」
「そそっ、察しがいいね」
「えっ!? でもさっき生まれつき目が見えないって――」
「それは嘘じゃないよ。ただこれはね~、そんな人でも装着すれば当たり前の様に目が見えるようになる優れものなのさ」
そう笑いながら、ロックが指でコンコンとゴーグルを叩く。
サラリととんでもないことを言っている。
「いやさぁ、王城にナナさんって魔法使いがいるのよ。この人も十弟子で私の姉弟子なんだけどさ、これがまぁ、どえらい天才でね。色んな研究したり色んな魔道具つくったりしてて、これもその人が造ってくれたんだよねぇ~」
「それはまた…とんでもなく凄い人ですね」
「うん、それに関しては完全同意かな。なぁ~んか難しいこと言ってたけど、要は目の機能と同じことを私の魔力とこの魔道具で完全に補ってるんだって。すんごい話だよねぇ~。でも、一個の単価がえらく高いのと動かすのには結構な魔力が必要だから今のところ世界に一個しかないらしいよ、これ」
「へえ~」
そう説明を終えると、感心するアイリスに満足げにしながら「うんしょ」とロックがゴーグルを外して再び頭の上へとずらす。
「あれ? じゃあなんで常につけてらっしゃらないんですか?」
「それねぇ~。これ貰ったのが五年前で、その当時は私も四六時中それこそ寝てる時でもつけてたんだ。見えないって当たり前が、一気に覆ったんだからそりゃもうテンションマックスではしゃぎまくりよ」
「まぁ、普通はそうなりますよね」
「そそっ、でもずーっと見えてるうちに何か疲れちゃってさ。大方の人間にとっては当たり前だけどさ、私の場合は十何年生きてから新たに一個感覚が追加されたわけじゃん。そのせいと後は魔力を常時吸われてるのも地味に疲れるんだわ。という訳で、今は本当に見たいものだけ見る様にしてるってわけさ」
そう言い終えて、ロックが小さく笑った。
きっとそれは実際に経験した彼女にしかわからないような感覚なのだろう。だからこそアイリスはそれ以上は言わずに「そうですか」と納得した。
のだが、そこで不意に先程のロックの言葉から別の疑問が生まれた。
「あっ、でもそれならよかったんですか?」
「なにが?」
「いやっ、見たいものだけを見るって言ってたのにわざわざあたしの顔なんて見ちゃって…」
「………あはっ、あははははっ! 面白いことを言うね~、アイリスちゃん♪ 聞いてた通り、やっぱり愉快な子だ」
「いやっ、そんなに面白いことを言ったつもりはないんですが…」
「いや~すまない。だが安心してくれ、私の中でキミの容姿は見たいものに余裕でカテゴライズされていたさ。私、容姿が整ってる人間って結構好きだしね♪」
困惑するアイリスとは対照的にロックは心の底から愉快そうにそう言った。
そしてひとしきり笑った後、「ふぅ~」と息を吐くと少しだけ真面目な顔を浮かべてアイリスを見つめた。
「――さてと、まぁ私の身の上話はこんなところでいいでしょう。後で話す機会はたくさんあるだろうし。そんでちなみにアイリスちゃんは今からどこへ行くところなのかな?」
「あっ、それなら今から地上にちょうど帰るところです」
「おー、それはよかったよかった。治安悪い以前に今この地下街にはおっかないのがいるからね」
そのロックの言葉が指す意味にアイリスはすぐに思い当たった。
「人斬り…ですか?」
「――! こりゃ驚いた。事情通だね、アイリスちゃん」
「さきほど偶然聞いた話です。でも心配いらないみたいですよ、凄く強い『近衛騎士団』の方がすでに討伐に向かっていますので」
「えっ、そうなの!? うわぁ、先を越された感じだ」
そう言って口をへの字に曲げてロックが頭をかく。
先を越された。それはつまり――、
「ロックさんもその人斬りとやらを追ってきたんですか?」
その問いに「う~ん」と言い淀むような声を漏らした。
最初は一般人である自分には言えない様な事情があるのかとアイリスは思ったのだが、
「半分当たりの半分はずれって感じかな」
続くロックの答えにどうやら色々と難しそうな事情があることを察した。
「私が追っているのはね、人じゃなくて得物の方なのさ」
「得物? 剣ってことですか?」
「そそっ。さっき話したナナさんがこの地下街に至るまでにその人斬り何某に斬られた複数の遺体を調べてみたところ、少し厄介な事情が判明した」
どうやらその事情をアイリスに隠すつもりはロックにはないらしい。
「厄介な事情?」、それ故にアイリスも踏み込んで問いを重ねていく。
「普通、人間が聖剣や魔力付加した純剣で何かを斬ればその斬られた傷には魔力の痕跡が残る。それで個人を特定するのは困難だがね。今回は別だ。――何故なら傷に残っていたのは魔族の魔力だったのだから」
「なっ――!? それじゃあ人斬りの正体は魔族ってことですか?」
ロックから告げられた言葉にアイリスが驚きの声を上げる。
しかし、
「いや」
「?」
ロックはその声を否定した。
「魔族による斬撃の犯行、なくはない。でも今回は九割九分以上の確率でそれとは異なるとナナさんは結論づけた。だってほら、もう一つあるでしょう。アイリスちゃんには特に馴染み深いもの、魔族の魔力を纏ったもの」
「――――!? まさかっ」
「そう人斬り何某の持っている剣は魔剣の可能性が極めて高い。それも傷口の魔力の濃度から換算して、未登録の魔力保有度Aランク魔剣の可能性も同じく極めて高い。――私は今回それの回収を仰せつかったという訳さ」