5章ー19話 「色々訳あり若先生」
「粗茶ですが」
「あっ、どうも」
「…ふむっ、頂こう」
その若先生からの提案をアイリス達は受け入れることにした。
アイリスとしてはどちらでもよかったのだが、シルヴィが少し顎に手を当てて考え「では、お言葉に甘えるかの」と了承したのだ。
それによりアイリス達は今、先程まで若先生が子ども達に授業をしていた教室へ案内されていた。
教室とは言っても、あるのは黒板、教壇、机、椅子ぐらいのもので他は先程ラグアとシルヴィが戦っていた空間と大差はない。
そんな中で子ども達が座っていたであろう椅子に座っている二人に、若先生から彼自身が淹れた紅茶が差し出される。湯気が立ち上り、良い香りが鼻孔を刺激する。
「いただきます」
それをアイリスが特に疑いなく口に含み、
「――はぁ~…」
その差し出された紅茶に何かが入れられている可能性など疑う欠片も無い彼女を見ていたシルヴィが呆れたように息を吐きながら、同じくカップに口をつける。
きっと二人は本能でこの青年の善性を感じ取っていたのかもしれない。
「お~、美味しいです」
「むっ、たしかにな」
二人は同時にその美味しさに思わず感想をもらしていた。
そんな反応に「よかったです」と若先生がホッと息を吐きながら微笑む。そんな彼の様子を見て再びカップに口をつけながらシルヴィが不意に目を細めた。
「ときにそなた、貴族階級出身じゃな」
そして、小さな声でそう口にする。
それに、
「……」
少し驚き顔で沈黙すると、若先生が小さく笑った。無言の肯定、その反応をそう受け取って「ふむっ」とシルヴィが顎に手を当てた。
ちなみに先程まで授業を受けていたであろう子ども達は今もこの部屋の隅に十人程がいて、ラグアがその相手をしていた。そんな少年少女たちは見慣れないアイリスとシルヴィを興味深そうに眺めている。
シルヴィの小声の問いかけも若先生の無言の笑顔による肯定もそんな子ども達への配慮なのだろう。
「えっ、会ったことがあるんですか?」
アイリスも何となくそれを察して、驚きつつも同じく小声でそう問いかける。
「当然ない。が、見ればわかる。この者の立ち振る舞いはしっかりと貴族としての教養を積んだ独特のものじゃ。自然にそうなるものでは決してない」
「ふふっ、良い眼をしていらっしゃいますね。――はい、その通りですよ」
「おぉ~、シルヴィさん凄い…!」
「ははっ、じゃろじゃろ。尊敬するといいぞよ」
そんな二人を見て、若先生はクスリと品のある笑みを浮かべた。
「しかし、お二人はどういうご関係で? 聞けば『近衛騎士団』の方と一般の学生さんの即席コンビのようですが随分と仲と相性が良く見えます」
「ふっふっふ、才気溢れる美しき剣士同士なのじゃ。惹かれあうのも必然と言えよう」
「あはは…、ノーコメントで」
「ハハッ。なるほど。偶然会った似た者同士という訳ですね。これは僕の経験則ですが、そういう縁は大事にした方がいいですよ」
「同意見じゃな。それにしてもそなたは中々見込みがあるな」
「それは光栄ですね」
「ハハッ、憧れてた『近衛騎士団』の――それも隊長補佐殿に褒められたんだ。もっと素直に喜んでもいいんじゃないか、若先生」
そんな何気ない会話をしていた三人に、ここで割り込む声が一つ。
それは子ども達の世話を先程までしていたラグアのものだった。
「ガキ共にゃ、物書きの復習か筋トレの好きな方をやっとけって言っておいたよ」
「いやっ、ラグア殿。昔のことをわざわざ言わないでくださいよ」
「ほぉ、なんじゃなんじゃ。そなた『近衛騎士団』に入りたかったのか?」
そのラグアの言葉に若先生は困ったような笑みを浮かべるが、シルヴィは何処か興味深そうに食いつきをみせた。
「――言った様に昔の話ですよ。もうずっと前に諦めた幼き頃の夢の話です」
それに少し間を置きつつも、観念したかのように若先生はそう答えた。
「…ふむっ、此方にはわからんのぉ。夢というのはそんなに幼い段階で諦めるではなかろう?」
「少し事情がありましてね。ずっと引きずるよりも潔くというやつです。それに――」
「それに?」
「僕には一人、同じ道を志した親友がいましてね。彼にその夢を安心して預けられたのも諦められた大きな要因なんです」
そう言うと、若先生は視線を部屋の隅の方にいる子ども達へと視線を移した。
その眼には心から子ども達を慈しむようなそんな感情が浮かんでいる様だった。
「悔いが無いとは言いません。ですが、今の僕にはそれに代わる使命――と言ったら大業過ぎる気もしますが、彼らに学びを与えるというとてもやりがいのある日課がありますしね。毎日、その頃と同じくらいの情熱を持って取り組ませて頂いているつもりですよ」