5章ー閑話 「不法侵入ガールズ」
「――よし。では善は急げ、さっそく参りましょうか」
そう言うとキャロンはゆっくりとその場から腰を上げた。
「どこへだ?」、そんな彼女の行動を少し意外そうに見つめながらフェリアが問いかける。
「人工魔剣の開発、それには多大なコストと設備が必要です。当然私一人で手におえる話ではありませんので、協力者になってくれるであろう方に会いに行きます。これをお渡しした時に言ったかもしれませんが、これでもそこそこ人脈はあるんですよ」
そう言いながらフェリアから受け取ったカードをヒラヒラと振るキャロン。
そんな彼女に、
「へぇ、人工魔剣開発のエキスパートてっとこか」
納得した様にそう言って頷くフェリアだったが、「いえいえ」とその確認に近い言葉に返ってきたのは否定だった。
そして、
「彼女は全ての開発のエキスパートですよ」
そう言ってキャロンはニヤリと笑った。
「?」
「後でよーくわかりますよ♪ さて、行きましょう。ほら立ったたった、ハリーハリー」
「はいはい…」
少し困惑しながらも、その自信満々の様子に押されてフェリアも腰を上げる。
「えっ!? 何処か行っちゃうの?」
「うおっ…!?」
「ああ、お母さん」
が、そこで二人に制止の声がかかった。
それは今まさに二人が向かおうとしていたドアの先。何故かずっと二人の会話の様子を見守っていたキャロンの母のものだった。
だが、そんな謎の悲壮感浮かべた母の唐突な登場に特に驚くことも無く、
「うん。ちょっとナナさんに会いにフェリアちゃんと二人で王城まで行ってくるよ」
「…………はい?」
それ以上の驚きを与える一言を告げたのだった。
***―――――
「相変わらずでかいな~」
「ですねぇ、これで築五百年が経過しているのですから本当に素晴らしい建造物です」
そんな訳で、キャロン邸を後にした二人は王都の中央にある王城がちょうど一望できる場所まで移動していた。
「なぁ」
「はい?」
そして、ここでこれまでずっと気になっていたことをフェリアはようやく聞いてみることにした。
「あんた、王城にいる人に会いに行くって言ってたよな?」
「ええ、私と同じ『十弟子』の姉弟子で王国でただ一人の王城お抱え魔法使いです」
「へぇ~、そりゃすげぇ。…だけど今聞きたいのはそこじゃなくて」
「?」
「そんな簡単に王城に入れるものなのか?」
ようやく口にしたそのフェリアの疑問に「あ~」とどこか楽観的にキャロンは息を吐いた。
が、フェリアからすれば楽観的になれる根拠が一切見当たらない。
「私があんたに用件を伝えたのはついさっきだからアポをとる時間なんてあるはずねぇし、あんたが誰かに連絡する様子もなかった」
「ですね」
「…? あれか、もしかして『十弟子』ってのは王城に出入り自由なのか?」
「まっさかぁ~。あくまで『十弟子』は『魔法星』セシュリア・コナーの個人組織。そんな権限ありませんよ」
「じゃあ…」
フェリアの中で何となく渦巻き続けていた嫌な予感が段々と現実味を帯び始めてきていた。
そしてその予感を確信に変える様に「ニヤリ」とキャロンが悪戯っ子が何かを企むかのような笑みを浮かべたのだった。
「いいですか、フェリアさん。この王城の守りは厳重です。まず外周を全て包み込むようにドーム状に張られた結界。これは外から侵入者を完全に阻みます。唯一この結界の開閉口となっているのは正面の正門。そこで正式な来場者かどうかの確認を終えれば一時的に結界は小さく開き、そして王城へと続く橋を渡れるようになります。そしてその先にある大門にて門番のチェックを越えればようやく王城に入城できるというわけです」
「長々と説明ご苦労。…で、あんたはさっきから何をやっているんだ?」
「結界にこっそり穴を開けようとしています。こういうのはあまり得意じゃないんで、十分きれたらよくできましたですね~」
そう他人事の様に言いながら、移動した正門とは正反対の場所にて結界に片手を触れさせてキャロンは結界の解除に尽力していた。
その横には呆れと諦めの合わさった様な顔のフェリアがいる。
「…あんた不法侵入好きだよな」
「そんな人聞きの悪いことを言わないでくださいよ~。私はただ効率がいい行動が好きなだけです」
「普通の人間は思いついてもしないけどな。というかこれバレたら結構ヤベめの重罪じゃねぇのか?」
「王城への不法侵入、おっしゃる通り結構ヤバめの重罪ですねぇ~」
気楽にそう答えるキャロン。
「――まぁでも、バレないのでいらない心配ですけどねぇ。ほら、もう開きますよ」
そして次の瞬間、『しゅぅ~』という小さな音と共に二人の前方にあったはずの透明な結界の表面に薄い光が円状に広がる。それは結界がその周辺だけ一時的に解除されたことを表していた。
「第一段階突破と」
「随分あっさりだな。すげーのかすごくねーのかわからねぇ」
「一応そこそこ凄いですよ」
そう言いながらキャロンが空いた穴から結界をくぐり、フェリアもその後に続く。
正門から大門へと続く道には橋が架かっている。そしてすなわちそれは、王城の周囲が堀で囲まれているということを表していた。
つまり王城に侵入するには次はそれを越えて更に続けて王城の城壁を越えなければいけないわけだ。それを想像し「ホントに大丈夫なのか?」と若干気が滅入るフェリアだったが、
「『チェンジ』」
その横で地面に手を当ててキャロンがそう詠唱すると、いつのまにやら何もなかった地面に文字がズラッと書かれた石板の様なものが現れた。
それを見て「ん?」と小首を傾げるフェリアに「ニッ」とキャロンが笑いかける。
「そして――これで第二段階突破です。ちなみにちょっと変な感じしますよ~」
「え?」
そして、キャロンが片手でその石板に触れながらもう片方の手でフェリアの手をぎゅっと握ったかと思うと、
「転移魔法術式起動♪」
シュン、と一瞬にして二人の姿は煙の様にその場から消え去った。