5章ー閑話 「尋問という名の建前」
「――かつて武芸者として栄華を極めた貴殿が今は罪人か。切ないものだな」
椅子に座り笑うスリアロ・リスパーロ。
そんな彼に一番に声をかけたのは『処刑人一族の二枚看板』と呼称された片割れ。背の高い兄の方だった。その声にはどこか憐れむような悲しむようなそんな感情が混じっている。
しかし、
「そうでもないですよ。生れて初めての罪人としての生活も新鮮で楽しいものです」
「こんな光も届かない地下牢での不自由な囚人生活がか?」
「ええ。それに――ふふっ、これは思わぬ収穫だったのですが、ここで新たな素晴らしい友人もできましたしね」
「?」
それに対する心底愉快そうな笑みを張り付けてのスリアロの回答に、彼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら首をひねった。
「新たな友人? 看守の事か?」
「ははっ。彼らも確かに良い方々ですが、残念ながらそれとは別です」
「――?」
再び首をひねる兄。
彼の頭の中には、つい先程ここまで案内してくれた看守から聞かされたあの言葉が浮かんでいた。
――壁に向かい話していたという独り言。そして看守以外誰もいないこの空間の中での『新たな友人ができた』という言葉。これは精神に異常をきたし、幻覚や妄想に取りつかれている可能性が現実を帯びてきたな。
「兄様」
顎に手を当て真剣な表情でその可能性について考える兄に、そこで妹の方が不意に声をかけてきた。
「どうした?」
「いえ、そろそろ拷問の準備に映っても大丈夫かなぁ~と思いまして」
見ればいつの間にやら妹は、持っていたバックからいくつかの金属の器具を取り出していた。『やる気満々』、その行動の速さと煌めくような表情からはそんな感情が溢れ出ている様だった。
「はぁ…」、それを見て兄は小さくため息を吐く。
「さっきも言ったが、仮に彼が精神に異常をきたしていればそこから得られる情報の信ぴょう性は著しく下がる」
「ですが、それを理由にここでとんぼ返りしても同じことです。それにこれは私の見立てですけど、この人たぶん正気も正気ですよ。ただ正気でいるのに狂気を常にその中に併せ持っている。――ああ、壊しがいがあるってもんです」
そう話す妹は右手で小さなナイフを弄び、左手には薬品の様なものが入った小瓶二つほどを器用に指で摘まんで持っていた。
それが何に使われるのは兄は知っていた。知っていたからこそ小さく「うぅ~…」と答えを出すまでに少しばかり考え込んだ。だが結局は、
「まぁ、確かに意思疎通や会話に支障はない。試してみる価値は大いにあるな、お前に言うようにここまで来てとんぼ返りするわけにはいかないし」
そう許可を出すこととなった。
「いぇい、そうこなくっちゃ。さすが兄様です♪」
拷問の許しに妹の方が兄へと抱きつき、喜びを露わにする。
が、
「ちょっ、ちょっと待ってください!? 拷問? 尋問の間違いでは?」
そこでリズベルが焦ったようにそう口を開いた。
そうそもそもの今回の仕事内容は、尋問とその立ち会い。間違っても今二人が言っている様な拷問ではない。
しかし、その言葉を聞くと妹は「はぁ~」と兄から身体を離しながらどこか小馬鹿にするような目線をリズベルに向けた。
「あのですねぇ~。真っ当な尋問をしてこの怪物が魔族側の情報を『はいどうぞ』と親切に教えてくれると思いますか? すでにそんなのは看守さんが何回もやっているでしょうし、もし仮に今回もそれと同じ真っ当な尋問をするつもりならば、わざわざ私らみたいなのは呼ばれませんて」
「…いやっ、そうだとしても事前に内容は尋問と――」
「だぁ~かぁ~ら、建前ですよ建前。大っぴらに血なまぐさい拷問をして情報吐かせるとは言えんでしょう。ここにいるあなた以外はそれを察しているはずですよ」
その指摘にリズベルが周囲を見渡す。
すると、リアナは壁に寄りかかりまるで我関せずと言う様に欠伸をしているし、ここまで案内をしてくれた看守を含めた三人の看守は小さく俯き無言で佇んでいた。その両方ともこれから行われようとしている拷問を止める気はないようだ。
――そういうことですか…。
それを見てリズベルもまたこの中で自分だけが額面通りに尋問という言葉を受け取っていたという事を知った。
そして、
「…野蛮」
そう色々な感情が混じった声音で吐き捨てる様に小さく呟いた。
「納得して頂けたようで何よりです。あー、ちなみに真っ当な貴族出身である副局長さんには少々刺激が強い光景になると思いますよ。終わるまで外に出ていても構いませんし、むしろ私としてはそちらを強くお勧めしますが」
そんなリズベルに妹の方が提案をする。
が、
「――いえ、与えられた仕事はしっかりと遂行します」
その提案はリズベルは受け入れなかった。
確かに予想外の事態だ。しかし、それでも『中央魔道局』の代表として送り込まれたこの場で職務を放棄することを彼女は拒否した。
「真面目ですね~。気分が悪くなっても知りませんよ~」
そんな彼女の頑なさにニッと笑みを浮かべると、これでようやく妹は仕事に取り掛かかれるとばかりにスキップするような足取りでスリアロの幽閉されている牢へと近づいていく。
そして、鉄の柵を挟んだ至近距離で二つの狂人の視線が真正面からぶつかった。
「すみませんねっ、少々ごたついてお見苦しいところをお見せしてしまいました」
「いえいえ、皆様のキャラが知れて楽しかったですよ。四人とも有名人ですが、私は話したことはほとんどありませんでしたしね」
「ふふっ、余裕ですね」
「余裕とは少し違いますね。この状況がとても楽しいんですよ。何せこんなに私の興を満たしてくれる人達と話すのはここに入れられて初めてですからね」
「ふぅ~ん。やっぱりあなた、とてもやりがいがありそうですね。三十分後どうなっているかが今から楽しみです♪」
笑みを浮かべ妹が言葉を切る。
そして振り返り、「看守さん、鍵を開けてください」と指示を飛ばした。
「はっ、はい」と看守の一人がすぐに鍵を持って近づいて来ようとする。が、
「――いえ、その必要はありませんよ」
そこで何故かスリアロがそんなことを口にした。
「はい?」
妹が首を傾げる。そして他の全員も似た様な反応を見せた。
そしてその全員に対してニコリと笑みを浮かべると、
「わざわざ拷問に時間をとって皆さんのお手を煩わせるつもりはありません。王国が欲しいのは、魔族側の情報ですよね? 私が知っている限りで良ければ、すべてこの場でお話しいたしますよ」
「なっ…!?」
そうあっけらかんとまだ何もされていないのに情報の全てを話すことを逆に提案してきたのだった。