5章ー17話 「決着、そして出揃う」
――おいおい、冗談だろう…。
自身に降りかかる剣の連撃、それを捌きながらのラグアの表情からは先程までの余裕は消えていた。
違和感は確かにあった。
先程までの攻防、そこで自身に向けられた剣には殺気を全く感じなかったのだ。しかしそれをまだ若い少女故の甘さによるものだと勝手に解釈してしまっていた。
だが、それが誤りであることは今の状況が証明していた。
今の少女の剣にはまるで歴戦の傭兵が放つようなレベルの殺気が乗っていた。そしてセーブしていた力が開放されたことにより、その速さ強さ鋭さも格段に上がっている。
故にシルヴィの剣はもはや一撃一撃がラグアの命に届く必殺の一撃と化していた。
――手加減してたのは本当だったってわけか。ったく、傷つくねぇ。
ラグアの口元に自嘲の笑みが浮かぶ。
しかし、その眼は未だ負けなど一切認めていない鋭い輝きが宿っている。
確かに、枷が外れたことにシルヴィは先程までの剣士とは別人になっていた。されども、先程までの傷が勝手に癒えるなどという事はあるはずがない。
ラグアが撃ち込んだ腹部への一撃。それは楔となり、少なからずシルヴィの動きに影響をもたらすはずだ。
あと二、三撃。それでシルヴィは沈む。ならば今すべきは回避や防御ではない。
――バッ、とそこでラグアが前方へと飛び出し攻勢へと移った。
未だラグアにダメージはなく、体力も万全。
そんな彼の鋭い特攻。それはすぐにシルヴィとの距離を詰め――、
「させんよ」
「!?」
が、次の瞬間に斜め下から鋭い剣の一撃が放たれた。
まるで来るのがわかっていたかのようなドンピシャでのカウンターの一撃。
避けるのは死路、瞬時に長年の戦闘勘がそう結論を導き出す。それ従って、ラグアは咄嗟に両腕へと全魔力を集めてその件の一撃を受け止めた。
「~~~っ!?」
しかし、何とか刃を受け止め切断は避けたがその威力までは完全に相殺することは不可能だ。
メキリ、と嫌な音が聞こえそうになる中で必死にラグアは歯を食いしばり耐える。そして何とかそこから飛び退き一先ずシルヴィの剣の間合いから外に出た。
両手を振り、骨までダメージが到達していないことをすぐさま確認する。
そして、敵を見失わない様にシルヴィの全身を視界に入れたそのときだった。
「――ああ」
どこか感慨深げにも聞こえるそんな声がラグアの口から自然と漏れ出した。
剣をゆるりと構え直すシルヴィ。その全身からまるで溢れ出しているようにも見える薄い光彩。それを見るのは初めてではなかった。
威圧感やオーラ、とでも形容すべきものなのだろうか。ラグアが今まで相対してきた強者は例外なくそれを持っていた。
そして今、目の前にいる少女の放つオーラはまるで、
「…ったく、齢はとりたくねぇもんだ。弱くなるし、脆くなるし、相手の強さも正確に見抜けなくなる。――お嬢ちゃん、完全に『聖剣星』レベルじゃねぇかよ」
「――ほぉ」
ラグアが苦笑しながら吐き捨てたその言葉に、どこか感心した様にシルヴィが息を吐く。
だが、まだ二人の戦いは終わってはいない。
「最後通告じゃ。もう雌雄は決したとそなたも理解できたじゃろう。もうそなたは此方に勝つどころか、一撃いれる事すらできん」
「そうだな」
「なら負けを認め、その拳を――」
シルヴィの言葉が途中で止まる。
その理由は眼前にて再び拳を握ったラグアを見たからだ。
「わりぃな。俺は生まれてこの方、戦って絶対に勝てねぇと思ったのはたったの一度たったの一人だけだ。そして男ってのは絶対に勝てねぇとき以外は死ぬまで負けねぇのさ」
「はぁ~。愚か者め」
ため息を吐き、そう言いつつもシルヴィの表情はどこか嬉しそうだった。
「ラグア、というたな。剣と徒手、違いはあれど同じく武にその身を捧げた古強者よ。此方はそなたに心からの敬意を表し、その存在は未来永劫この胸に刻みつけておこう」
「はっ、俺はそんなにお行儀のいい武道を歩んではいねぇぞ」
「そうでもないであろう。そなたの徒手空拳からは高潔な匂いがする、見た目に反してじゃがな」
「ほざけ」
それが決着前の二人の最後の会話だった。
そして合図はなく、攻防は始まった。
最初の一分間、二人の攻撃は互いに有効打無く過ぎ去った。均衡が崩れたのは一瞬の隙、高速の攻防の最中にラグアの動きが微かに鈍った。だが、わずかなものであれどそれを見逃すシルヴィではなかった。
放たれた斜め上からの斬撃を、ラグアが鈍った動きの影響か少し余分な動作を含んだ避け方で回避する。
そこからは完全に流れがシルヴィに向いた。ラグアが完全に後手に回り、耐えぬ攻勢が続く。それがジワジワと明確な差となって広がっていった。
そして、
「くっ…」
幾度かの攻防の末にラグアの身体が地面を転がる。
が、まだ両者の中では決着がついてはいない。
ラグアは地面に身体を倒しながらも低い体勢のままにその状態からの蹴りで未だに逆転を狙っている。シルヴィもまたそんな彼の考えを読んでか、確実に命を絶つ追撃を放とうとしていた。
――ま、唐突だったが悪くねぇ幕引きか。
蹴りを放つ直前、直感であと数秒の命だとラグアは悟っていた。
恐らくこの蹴りに対するカウンターの一撃で自分は絶命する。それを理解して尚、その動きは全く乱れず、むしろ今までよりも精彩なものとなっていた。
――眠れ、古の強者よ。
ラグアの死による決着、それは剣を放つシルヴィもまた悟っていた。
だがそんな状況でも放たれようとしている鋭い蹴りに、彼女は数分前に会ったばかりの身元不明の地下街の老人に敬意を抱かずにはいられなかった。
そしてそれに応えるために自身も全身全霊の剣技で応戦する。
そして、蹴りと剣が交錯する。
「何をやっているんですか!?」
――が、それがシルヴィの剣がラグアの胸を貫く直前。唐突にそんな叫びが部屋の中に木霊する。
それにより、ピタッとシルヴィの剣とラグアの蹴りが停止した。
その声はアイリスのもの、ではない。その声が聞こえてきたのは部屋の入口からで、そしてそれは若い男のものだった。
「はぁ~~…」
その正体を知るのは、自身の胸の前で停止した剣を前にため息を吐いたラグアだけだった。
部屋の入口、そこには中性的な美しい容姿をした青年が唖然とした様子で立っていた。そんな彼をチラリと見て、
「ったく、間が悪いぜ。もう授業は終わったのか、若先生」
そうラグアがなんとも言えない様な表情で口を開く。
そして、
「先生先生! なんだなんだ、何があった!」
とまるでお祭りにでも行くかのようなテンションの少女がその若先生と呼ばれた青年の横からひょっこりと顔を出した。
その顔に見覚えはない。しかし、その声には聞き覚えがあった。
「あっ」
「? ―――あっ!!」
アイリスがその事に気づき声を上げると、一拍遅れて少女もアイリスの事を認識したのかそう驚きの声を上げた。
そして、――キンと言う様な音と共に剣を鞘にしまったかと思うと、
「邪魔が入ったというべきか、それとも役者が揃ったと言うべきか」
とシルヴィがこちらも何とも言えない様な表情で呟いたのだった。