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5章ー16話 「生死問わず」

 

 肉体と剣。

 それは通常であれば明らかにリーチも攻撃力も剣が勝る。それに加えて剣を握っている方は騎士の頂点『近衛騎士団』の隊長補佐。

 単純な理屈で考えれば勝負はすぐに決するはずだった。


 ――しかし、


「うわっ、凄い…」


 アイリスの眼前。

 そこでは老人と女騎士が対等に渡り合っていた。


 シルヴィの剣技はアイリスから見ても速く強く、そして完成されたものだった。相手が人だろうと魔族であろうと並大抵の相手では十秒も持たない程だろう。

 しかし、そんな中でラグアはその剣を時には躱し時には弾き、その身一つで渡り合っていた。更にその表情にはシルヴィから油断が消えた今であっても余裕が感じられる。


 ――ゴン。


 横薙ぎの拳、それがシルヴィの聖剣の刃を器用に避け平面部分を殴り彼女の身体ごと後退させる。

 「ふぅー」、そこで少しだけ眉間に皺を寄せてシルヴィが息を吐いた。その瞳は真っ直ぐにラグアを見つめている。


「どうやら…詫びておきながら未だ此方はそなたの力を見抜けておらなかったようじゃな」


 呆れた様なその声は果たして誰に向けたものか。

 自身の握る聖剣の刀身をなぞり、シルヴィが呟く。


「そなた、何者じゃ?」


「なにって、さっきも言ったろ。ただの地下街暮らしの長いジジイだよ」


 静かなシルヴィの問いにラグアが肩を回しながら答える。

 「はっ」、そしてそれをシルヴィが一笑に付した。


「常識的に考えれば、老いて強さが伸びるなどという事はない。それが極限に至りし者であるのなら尚更じゃ。つまりそなたの今の強さは全盛期の残り香。だというのに、恐らくそなたの強さの今の位置は『五勇星』の数歩後ろといったところじゃろう」


「………」


「言い換えれば、肉体の全盛でのそなたは――」


 ――ドン。


 その言葉の途中で激しい音が響く。

 それはラグアが自身の足で地面を踏み鳴らした音だった。


「無駄話はいいじゃねぇか。それよか続きといこうぜ。どうやら決着はもう時間の問題だ」

 

 拳を構えるラグア。その瞳はシルヴィを射抜かんとばかりにギラッと光っていた。


「まったく、せっかちなご老体じゃ」


 相対する様にシルヴィも再び剣を構える。

 そして、二人の足が前方へと駆け出し、攻防が再開した。


「はぁ!」


 先手はシルヴィ。

 接近するラグアに合わせ、聖剣を横薙ぎに振り切った。しかし、それをまるで地面に滑り込むようにしてラグアが回避する。

 それにより、両者の距離がほぼなくなる。


「ふっ!」


「~~~っ!?」


 そして、そのままの体勢でほぼ真下といっていい位置からラグアの蹴りが顔面付近に向けて放たれる。

 それを剣から片手を離し、上体を後ろに引く様にしてその攻撃を紙一重で躱すシルヴィだが、


「おらっ!」


 その時にすでにラグアは自身の身体を起こしていた。

 殴る為に鍛え上げられているのが他人が見てもわかる様なその拳。それが真正面からシルヴィに放たれる。

 顔面を狙った右拳での一撃目、それを再び躱す。

 胸部を狙った左拳での二撃目、それを引き戻した剣で何とか受け止める。


 しかしっ、


「っっっ!?」


 返しの連撃。腹部を狙った右拳での三撃目、それは防御も回避も間に合わずその身体を穿った。

 シルヴィの口から声にならない苦悶の悲鳴と酸素が一気に吐き出される。そしてその勢いのままに、その身体はアイリスの立っていた位置まで弾き飛ばされた。


「シルヴィさんっ!?」


 地面を転がるシルヴィにアイリスが声を上げながら近づく。

 だが、


「えっ?」


 それを倒れた体勢のままにシルヴィが手で制した。

 そしてゆっくりと立ち上がると、


「言うたはずじゃぞ。二撃食らうまで待てと」


 そう短く告げた。


「――って、いやっ! そんなこと言っている場合じゃ――」


「その嬢ちゃんの言うとおりだぜ」


 その言葉に一瞬呆気にとられたアイリスだったが、すぐにそんな場合ではないと正気に戻る。

 そしてラグアもまた構えを解いて、そうシルヴィに諭す様に声をかけた。


「結構いいのが入っただろう? 魔力でガードはしてたから、内臓や骨まではいってないだろうが痛みとダメージは少なくないはずだ」


「ああ、たしかに効いたのぉ。まったく殴り飛ばされるなぞ初めての経験じゃよ」


「それに今の攻防でわかったはずだ。お嬢ちゃんはつえぇがまだ俺の方がつえぇってな」


 そのラグアの言葉にアイリスも悔しいが頷くしかなかった。

 先程の攻防を見る限りでは明らかにラグアに分がある。そしてこのままでは本当に大怪我になってしまうかもしれない。ここでもう一度シルヴィが戦うメリットはほぼ無いと言っていいだろう。


 しかし、


「ふむっ、それは間違いじゃな」


「え?」

「あ?」


 そんな中、シルヴィだけは真面目な顔でそう言った。


「より正確に言うなれば、先程までの此方はそうであったと言うべきか」


「おいおい…、『さっきまでは本気じゃなった』なんてダサい事でも言うつもりか?」


「いやいや、本気じゃったよ。可能な範囲・・・・・でじゃがのう」

 

 そう一人不敵に笑うと、シルヴィは自身の隊服の胸元に刻まれた下一本線のついたⅣの字を指でなぞった。


「――『近衛騎士団』とは人々の規範たる存在じゃ。そのことを日々心掛けておらねばならん。キチンと修練を積み、キチンと立ち振る舞い、キチンとルールを護る。当たり前なことじゃが大切な事じゃ」


「…話が見えねぇな、つまり何が言いたいんだ?」


「此方のルール中でのそなたの認識が変わったという事じゃ。先程までのそなたは、まぁ法を犯してはいたが情状酌量の余地はあった。それが今、此方に一撃を入れたことにより、その危険度及び罪状がより高く重くなった。――つまり重罪人として死を持って排除する大義名分ができたという訳じゃ」


「――!」


「わかりやすく言うてやろう。此方は先程まで確実に殺さず制圧する様に戦っていた、それが変わる。これから先は生死問わずじゃ。気を使いはするが、もう死んでも文句は言わないでくれよ」


 その言葉と共に、シルヴィがバッと地面を蹴った。

 宿す瞳と握る剣。その両方が先程までなかったむき出しの刃の様な鋭さを纏っていた。


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