5章ー15話 「交わる肉体と剣」
「あの~。もしかしなくてもこれは戦う流れなんでしょうか?」
お互いに剣と拳を構え一色触発の雰囲気の二人。
そんな中、シルヴィの後ろで話の行く末を静かに見守っていたアイリスがそこでようやく口を開いた。
「じゃのう、まったく困ったご老体じゃ。そなたは下がっておるのじゃぞ、アイリス」
「加勢しましょうか?」
「…いや、じゃから下がっておれと言うたであろう」
アイリスの提案に呆れた様にシルヴィがため息を吐く。
しかし、今回はアイリスの方もそれですんなりと納得できない感情がその表情に滲み出ていた。
「でもですよ。今回の件に関して言えば、むしろ完全にあたしが原因の話と言えます。ですから、あのラグアさんというお爺ちゃんと戦うのはあたしの役目ではないかと思ったりもします」
が、シルヴィが自分のためにそうしてくれているのもわかっているのでそんな風に控えめに自分の意見を主張するアイリス。
それに「ふむっ」と少し考える様にしてシルヴィが顎に手を当てると、
「それはそなたと此方が対等な場合の理屈じゃ」
そう答えた。
「対等?」とアイリスが復唱する。
「確かに誰の抱える問題かと問われればそなたの問題じゃ。が、盗品が見つかるまで同行すると決めた以上、此方も当事者の一人と言える。この時点ではまだここで戦うのはそなたの方が理に適っているとも言える。――が、しかしじゃ」
「?」
「そなたは子どもで此方は大人、そなたは学生で此方は騎士じゃ。つまりそなたは此方に庇護される存在。であるが故に、此方の矜持に従いそなたを先んじて戦わせることなどは断じてできんというわけじゃ」
「うっ…」
そのハッキリとしたまっすぐで高潔な物言いにアイリスは何も言い返せない。
が、やはりそれでもずっと黙って見ているのはどうしても我慢できない、そんな気がした。だからこそ、
「でも、もしシルヴィさんがピンチになったら割って入りますからね」
そうシルヴィに任せることは承諾ししつつ、一応それだけ断りは入れておくことにした。
それがアイリスにできる最大の譲歩であった。
「ふふっ。まぁそんなことになることはないが仕方ない、それは許容してやろう。そうじゃな――」
「?」
「二撃。もしあのご老体から此方が二撃のダメージを受けることがあれば、それは此方の実力不足。そのときは助けてもらうとしようかの」
その譲歩をどこか嬉しそうにシルヴィも受け入れた。
アイリスが頷き、二人の邪魔にならない程度に後ろへと下がる。
そして今度こそシルヴィとラグア。両者が真剣に向かい合った。
もう二人を遮るもの、邪魔するものはないもない。
「意外じゃのぉ。アイリスと話している間に攻撃を仕掛けてくるチャンスなどいくらでもあっただろうに。黙って見ていてくれるとはな」
「そんな狡い真似するかっての…。お嬢ちゃんは俺を何だと思ってるんだよ」
「約束を反故にした小狡い老人じゃのう」
「へっ、言うじゃねぇの」
そう言ってラグアが好戦的な笑みを浮かべる。
気力体力ともに充実していることはその肉体や表情を見れば容易に読み取れた。とてもではないが老人とは思えない程だ。
しかし、それを感じ取って尚シルヴィは剣を構えながら同じく笑った。
「さて、始めるとするかの。先手は譲ってやるのじゃ」
「そりゃどうも。そして安心しな、大怪我はするかもしれねぇが命までは奪わねえよ」
その言葉を最後に会話の時間は終わりを迎える。そして戦闘の時間が始まった。
――ドン。
ラグアの身体が前方へと踏み込む。同時にその左の拳が振りかぶられる。そしてすぐさま剣を構えるシルヴィへと拳での一撃が振り抜かれる。
そう彼女たちは思った。
が、
――シュン、と鋭い風切り音と共に振り抜かれたのはあろうことか右足だった。
「なっ!?」
油断、をしていたわけではない。しかしどこか心の中に緩みがまだあったのか、拳のフェイクと予想外の方向からの高速の一撃にシルヴィの反応が一拍遅れる。
――防御は間に合わんっ!
瞬時の判断。
全力で身体を後方へと逸らして、回避行動をとるシルヴィ。そんな彼女の数センチ前の空間を革靴が蹴り上げる。食らっていればそれで終わり、何となくではあるが本能でそうわかる一撃。
「――素晴らしい反応だ」
間一髪で回避したシルヴィの耳に感心するような呟きが届く。
バッとすぐさま前に視線を戻すと、ラグアは地面を蹴り宙を舞っていた。先程の蹴りの勢いをそのまま利用して跳躍したのだろう。そして当然それだけでは終わらない。
横に一回転したままに今度は空中での左足回し蹴りがシルヴィの胴をめがけて放たれる。
それを、
「っ!」
今度は回避ではなく剣での防御でしのぐ。
しかし、その蹴りの勢いは強化した肉体と聖剣の防御でも完全に殺しきることは叶わずそのままシルヴィの身体がザザザッと数メートルほど後退した。
「良く防いだ、流石は『近衛騎士団』だ。…いや平の騎士団員程度ならあれでも十分か。お嬢ちゃんが強いんだろうな」
そんな重心の崩れたシルヴィに追い打ちをかけることはせず、回し蹴りからそのまま地面に着地したラグアが再び感心した様にそう賛辞の言葉を口にする。
しかし、その物言いは明らかに自分より実力が下の者に言って聞かせる様なそんな雰囲気を纏っていた。
「――なるほどのぉ」
すぐさま体勢を立て直し、ついた汚れを振り払うかのようにしてシルヴィが軽く剣を振るう。
自分が下に見られている。その事に気付かない彼女ではなかった。
「どうやら此方は少々貴様の実力を見誤っていたらしい、それは詫びよう」
「ははっ、素直じゃねえか」
「だが、少々浮かれ過ぎじゃなご老体。ここはひとつ見せてやろう。『近衛騎士団』四番隊隊長! …補佐。その実力を!」
構えが変わる。一切の隙の無い、美しさすら感じる程の剣士の構えに
シルヴィ・シャルベリーのスイッチが入った。