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5章ー14話 「人斬りの足跡」


「ま、立ち話もなんだ。座れよ」


「…聞き間違えか、それとも見間違いかの? 座る場所なぞどこにも無いのじゃが」


「地面があるだろ、地面が」


 男との取引に応じたシルヴィとアイリスの二人はその場所から少しだけ離れたとある一室に案内された。

 いや、一室という表現があっているかはわからない。辛うじてあるのはドアだけ。そのドアから入った内部には家具一つなく、上下左右がコンクリートに囲まれたただ広さだけが多少ある空間だった。

 そのコンクリートの地面に男の方は腰を下ろすが、シルヴィは「立ったままで結構」とだけ答えてやれやれと首を振った。「……よし」、少し悩みアイリスもそれに倣うこととする。


「さて、約束は守ってもらうぞ。さっさと話すがよい」


「ったく、せっかちだな。そんなに急いでも――」


「問答は先程し終えたはずじゃ」


「――」


 男の声が止まる。

 それはいつのまにやら抜き放たれ、男の目の前に突き付けられていた。汚れひとつない銀色に輝く刀身。それが鞘から放たれ切っ先が男に向かうまでの流れがあまりにも滑らか過ぎて、アイリスも男もその状況に陥るまでリアクションをとることさえできなかった。

 しかし、その状況を認識したからと言って男の表情に焦りの色は浮かばない。それどころか「ヒュ~」と口笛を吹く余裕すらあった。


「鮮やかな剣技だ。流石は騎士様だ」


「その胆力は認めてやるのじゃ。余裕は己が有する実力故か」


「ハハッ、これでももう棺桶に片足ツッコんだジジイだ。そんな実力はねーよ」


 カラリと笑う男。

 それを立ったままに見下ろすシルヴィだったが、


「はいはい! ちょっと一端剣呑な感じをなくしましょう! シルヴィさんも、お話しするって決まったんですから剣はしまってください!」


 そこでそんな二人に割って入る様にアイリスが口を開いた。

 実際に二人の間に身体を入れて、お互いに敵意を薄めるのを求める様に「まぁまぁ」と宥める。

 そして少しの沈黙の後、「…そうじゃな。悪かった」とシルヴィが抜き放った剣を再び鞘へと収めた。それにアイリスはホッと胸を撫で下ろすと、


「じゃあ、とりあえずはお互いに名前くらいは名乗りましょう。その方が会話もしやすいでしょうし」


 そう会話の入口をつくる。

 「話のわかる嬢ちゃんだ」、その提案にそう言って小さく笑うと、


「ラグアだ。家名はねぇ」


 と初めに男――ラグアがそう初めて自身の名を口にした。

 それに続く様に、


「シルヴィ・シャルベリーじゃ」

「アイリス・リーヴァインです」


 と二人も名乗りを上げる。


「大層な名だな。…が、意外じゃねぇか。そっちの嬢ちゃんはフリーネームだな」


 二人の名を聞いたラグアは本当に意外そうにアイリスの顔を見る。

 そしてその瞳にアイリスの姿を映しながら、


「しかも、リーヴァインか。もしかしたら『中央魔道局』局長の関係者か、または『魔剣星』の――」


 そう更に深くそこに入り込もうとしたラグアだったが、その言葉は今度は鞘に入ったままの剣により視界に写るアイリスの姿ごと中断させられてしまった。


「――あまり会ったばかりの淑女のプライベートな部分を詮索するのは感心せんのぉ」


 少しの怒気を含んだシルヴィの指摘が飛ぶ。

 それにやれやれとラグアが首を振る。


「他意はねえ、単純な興味だ。それに老いぼれは若者と話すのが好きなんだよ」


「なら先に話すことがあるじゃろう? そのためにここに来たのじゃから」


「――はぁ~。はいはいわかったよ、ったくせっかちな嬢ちゃんだ」


 そこでようやくラグアが観念した様にそう言った。

 もう無駄話は止めにすることにしたのだろう。地面に下ろしていた腰をゆっくりと上げて、壁際まで少し歩いていくとそのままそこに背中を寄りかからせて、二人と視線を合わせた。

 結局三人とも立って話すことになってしまった。


「ま、これでも地下街に住んで長くてな。もう何十年にもなる。嬢ちゃんたちが生まれる前から俺はここで暮らしてるんだ。そして長い事住めば自然とここに詳しくもなるし、同族との縁もできるってもんだ」


 再び人斬りの話題とは関係無い様な話出し。しかし、今度はシルヴィも止めるようなことはしない。

 ラグアの話し方や瞳で、真剣に話しているのが伝わってきたからだ。恐らく本題の話の前に必要な前置き部分なのだろう。


「言い換えれば俺は長年の生活を通してこの地下街に深い根を張っている。だから、この地下街で起こった情報はくだらないことから重要なことまで一日もすりゃ俺の耳に入ってくる。そんな中、昨日その中でもとんでもねぇネタが舞い込んできた」


「それが人斬りの件じゃな」


「ああ、そういう意味では『近衛騎士団』は流石と言えるな。動きが恐ろしく早い。状況から見てそいつが地下街に来たのは二、三日前だ。なのに昨日の時点ですでその件を把握し、こうしてお嬢ちゃんを送り込むとは並みじゃねえ」


「ほっほ、褒めても何も出んぞ」


「俺が褒めたのは『近衛騎士団』なんだが…。まぁいい。そんでそのネタってのが、ぶった斬られて血の海に沈んでる男二人の遺体が見つかったって話だ」


「おおっ、それは中々…!」


 物騒な血なまぐさい話にアイリスが眉を顰める。

 

「だが、正直この地下街じゃ暴力沙汰なんてなんら珍しくねぇし、そっから発展した人死にもあるっちゃある。とんでもねぇのはそのむくろの状態だ」


「ふむっ」


「骸一人につき斬り傷は一つ。つまり全員が一撃で命を奪われていた、それに傷は完全に即死とわかる程に凄惨なものだったらしい。その二人の片一方なんざこっからここにかけて真っ二つだって話だ」


 ラグアがそう言いながら自身の左肩から右のわき腹辺りまでを指でなぞる。

 俗に言う袈裟斬りというやつだろう。


「ぎょえ~…」

「一撃か、ヒューレン流かのぉ」


 より詳細な説明にアイリスが苦い顔を浮かべ、シルヴィが落ち着いた口調でそう分析をする。

 しかし、そこでシルヴィの目が鋭く光った。訝しむような瞳の色だ。


「――しかし、それだけで人斬りの仕業とするにはちと腑に落ちんのぉ。先程そなたも言うたようにここではそう言った事件もないことはないのじゃろう」


 そして試す様にラグアへと疑いの目を向ける。

 それを「ふっ」と鼻で笑い、ラグアは真っ直ぐにシルヴィの瞳を見つめ返した。


「その理由は二つ。一つは俺は一応地上の情報量にもそこそこ自信があること。つまり俺は事前にここ最近王国で剣士ばかりを狙った人斬りが横行していることを知っていた。その発生場所が段々と王都に近づいているのこともな」


「――ほぉ、大したものじゃ。してもう一つは?」


「ついさっき、ほんの数時間前だ。新たな骸が見つかった。数は三人。その内の二人がさっき言った横に真っ二つ、一人が胸をグッサリ刺されていたらしい。――どっちも一撃でだ」


「場所は?」


 ラグアの言葉に明確にシルヴィの表情が変わる。

 それは思いがけず掴んだ決定的な目標の足跡そくせきだった。


「この地下街でも最も治安の悪い場所の一つ。だが、地下街は上下左右色々と道が分かれているからな。ここみたいな比較的平和な場所からでも少し歩けば治安最悪な場所に出ることもある」


「なるほどな、つまり――」


「ああ、こっからゆっくり歩いても十五分ほどで着く程度の場所だ。だから俺は一応それをあの教室の連中に伝えに来たんだよ。ま、その後にこんな面倒事に巻き込まれるとは思ってなかったけどな」


 苦笑を浮かべ、「よっと」とラグアが寄りかかった壁から背中を離す。


「よきことを聞いた、褒めて遣わすぞご老体。近くにいるのなら僥倖ぎょうこうじゃ」


「ああ、そうだな」


「むっ、そろそろ授業とやらが終わりの時間か?」


 話を終え壁から背中を離したラグアの行動をそう解釈し、シルヴィが問いかける。 

 しかし、「いや」と帰ってきたの否定の言葉だった。

 

「そうか。まぁ約束では終わるまで待つという話じゃったからな。仕方ない、約束違えるは騎士道に反するからの。あといくばく程かかるのじゃ?」


「――さぁな」


「むっ、さぁなとは――」


「別に知らなくてもいいんじゃねぇのか? どっちみちあんたらをあいつらに会わせる気はねぇんだからな」


「――ほぉ」


 そのラグアの言葉を皮切りに、サッ――と空気が変わる。

 数秒前が嘘の様に向かい合う二人はお互いに敵意を発し始める。


「どういう意味じゃ?」


「そのままの意味だよ。ジジイになるとガキに甘くなるもんでね、それが勝手知ったるなら尚更だ。わりぃがここは盗品の事は諦めて帰ってくれねぇか、耳よりの情報もやったことだしよ」


「なるほど、言いたいことはよくわかった。要は貴様は此方らを謀ったということでいいのだな」


 シルヴィの口調にも明確な敵意を帯び始める。

 二人称の変化がその証でもあった。


「そう言われると言い返す言葉はねぇな。だからせめてもの償いに、獲れたてほやほやの情報をタダでやったんだ。それにあんたは騎士だろ、お嬢ちゃんの盗品探しなんて可愛い仕事は後回しにして、王国にあだなす人斬りの討伐を最優先にすべきじゃねぇのか?」


「言うたであろう、約束違えるは騎士道に反すると。此方はこの娘とすでに約束を交わしておる、それに――此方程の実力があればどちらも等しく容易いのじゃ」


 シルヴィの右手が腰の聖剣へとかかる。

 今度こそ本当に戦うための剣が抜かれようとしていた。


「――しゃあねぇ。こうなったら強制的にご退去願うか」


「ほぉ、どうやってじゃ?」


 その問いにラグアがシャツの袖を捲り、丸太のような二の腕を構えた。


「こうやってだよ」


「笑い話にもならんのじゃ」


 地下街にて強者の拳と強者の剣がぶつかろうとしていた。

 

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