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5章ー13話 「探り合いと交渉」


「――おいおい」


 いきなり腰の獲物に手をかけるシルヴィの行動を見て、男が苦笑する。

 しかし、そうしながらも仮に戦闘に突入してもいつでも対応可能なようにか男の拳はギュッと握られていた。それを見てシルヴィはすぐさま気づいた。その男の拳の形が人を殴る様に造り上げられた力の象徴であることを。

 より一層警戒が増し、見つめる瞳に力が籠る。


「別にやり合う気はねぇよ。こんなところにいる用件を聞いてるんだ」


 そんな中、先に口を開いたのは男の方だった。

 戦意がないことを見せつけるように握っていた手の力を緩め、二人に見せつける様にヒラヒラと振るう。それを受けて、シルヴィの方も「そうか」と意外とあっさりと触れた剣から手を放した。


「それならこちらもありがたい。此方は見た目通り、身内からかなり可愛がられていての。祖父母ともとても仲が良いのじゃ。だからこそ本心を言えば老人相手に剣を振るうのは少々忍びなかったのじゃ」


「ははっ、言うじゃねぇか。これでもそこらの若いのよりかはまだだいぶできる自信はあるんだぜ。ま、老人なのは否定しないけどな」


「であろうな。先程絡んできたチンピラとは訳が違う」


 シルヴィの言葉に「あらら」と呆れた様に老人が頭をかく。


「随分と地下街の住人の質も下がったもんだ。ここに『近衛騎士団』なんかがいる時点で異質なのはわかるだろうに、それにわざわざ絡んで返り討ちとな」


「ほぉ、此方の正体がわかるのか?」


「着ているそれは近衛の制服だろう? 地上に出ないここの住人には知識として出回ってないかもしれねぇが、普通に生きていれば普通は知ってる」


 そこまで言って「さてと」と男が壁に寄りかかる様にして、再び真っ直ぐに二人を見つめた。


「で、そんな『近衛騎士団』様がこんな薄汚れた地下街に何の用なんだ?」


「無関係の人間に答える義理はないのぉ」


 男の問いをスルリと躱すシルヴィ。


「そっちのお嬢ちゃんが関係してるのか? 制服を着てないから『近衛騎士団』のお仲間ってわけでもないだろ?」


 しかし、男は退かない。

 アイリスの方へと視線を移し、再びそう問いかける。


 ――さぁ、どうするかの。


 その問答中、シルヴィは表情に出さずに思考を回転させ最適解を探していた。

 できることなら目の前の男と争いになるのは避けたかった。先程口に出した理由もあるが、それ以上に男の力量が未知数なのが主な理由だ。

 負けることはないだろう。しかし、ダメージを負う可能性はないとは言えない。アイリスの髪留めを取り戻した後の本命の任務に影響するかもしれない不要なリスクをここでとる必要はない。

 それ故に「はぁ~」という短い溜め息の後、


「察しの通り、この娘の持ち物が盗難にあってな。その捜索じゃ」


 アイリスの件だけを手短にそう伝えた。

 その答えに「へぇ」と男が疑問の色の混じった声をもらす。


「この地下街で物盗り一人探すってか? そりゃまた大変だ」


「心配には及ばん。もう目標はすぐそこじゃ」


「――! …なるほどな」


 が、続くその言葉に目標がどこにいる人物なのかを直ぐに察したのか男の表情が変わる。


「理解したよ。――だが、地下のルールじゃ『盗んだそれは自分のものだから返してください』な~んて通用しないぜ」


「無法者と問答する気はないが、一応筋の通った反論があるのでしておこう。盗まれたのは王国の法でしっかりと護られた地上・・でじゃ」


「……アホガキが」


 シルヴィの自信満々の反論に、男が渋い顔をしながらここにはいない誰かに呟く様にそう吐き捨てる。


 ――ふむっ、どうやら盗人の子どもに心当たりがあるらしい。…これはあまりよくない流れじゃな、庇われては結局争うことになる。


「ではご老体、此方らはこれにて失礼するのじゃ。こちらも手早く済ませたいのでな」


 話はこれで終わりとばかりにシルヴィが男の横を歩いて通り過ぎる。ずっと話に入れないでいたアイリスもまたその後にピッタリ着くようにして男をスルーして前へと進んでいった。

 が、二人が突き当りにぶつかり目標のいるであろう学校がある右方向の通路に曲がろうとしたところで、


「――お嬢ちゃん一人の盗品の捜索。よほどの地位にいる人間でもない限り、わざわざそれだけのために『近衛騎士団』が地下街に来るとは考えにくい。そしてよほどの地位の人間はこんな所まで同伴しない。恐らく成り行き、『近衛騎士団』には別の目的があるな」


「――急いでいると言うたはずじゃぞ。老人の長話に付き合う暇はない」


「それが有益な話でもか。――例えばそうだな、数日前に地下街に入ってきた人斬り野郎の話とかな」


「なっ……!?」


 その言葉に初めてシルヴィの顔から余裕の色が消え表情が驚きに染まる。

 それを見て、「おっ、ビンゴか」と反対に男がしてやったかの様な表情を浮かべた。


「人斬り?」


「………はぁ~」


 物騒なその言葉にアイリスが訝しむような顔をし、シルヴィはあからさまに表情に感情を出してしまった自分自身に呆れる様にため息を吐いた。

 

「――――で?」


 足を止め、シルヴィが男に振り返る。

 一文字の言葉。しかし、それをもぎ取った時点で会話の主導権は再び男が取り戻していた。


「アホガキ一人のために授業が中断されちゃ、真面目にやってる他の普通ガキと若先生が少々可愛そうだからな。授業が終わるまでの時間、ジジイの話に付き合ってくれるならそれについて教えてやってもいいぜ」


「…はっ、子ども想いな事じゃ」


 そう憎々しげに呟くシルヴィだったが、意外なところから任務の後押しの材料が出てきたこの状況はどちらかと言えば悪くない展開だった。

 だが一つ懸念点があるとすれば、


「あたしは全然大丈夫ですよ。急いでるわけでもありませんし、それに正直言いますとシルヴィさんの任務の内容も少し興味あります」


 アイリスの用事解決が少し遅れることだったが、シルヴィがそれをわざわざ口にする前に彼女の方から背中が押された。

 人斬りの捜索撃退任務は機密だが、男の口から『人斬り』という言葉が出てシルヴィがそれに反応を見せた時点で聡いアイリスならばすでに勘付いていることだろう。つまり任務について隠す理由ももはや無くなっている。

 それを踏まえて、


「むぅ~。…すまぬな、アイリス。ここはそなたの厚意に甘えることとするのじゃ」


 シルヴィはそう決断した。

 そして、


「喜べ、ご老体。授業とやらが終わるまで絶世の美女二人がそなたの話し相手になってやろう」


 男に向かいシルヴィが不遜な態度でそう交渉成立を告げたのだった。


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