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5章ー12話 「古強者」


「結構進みましたけど、全然人がいませんね」


「――そうじゃな。恐らくその盗人童の通った道がそもそも地下街の主要な道ではないのだろうな」


 地下街の男三人を退けて更に先へと進んでいたアイリス達だったが、未だに彼ら以外に地下の住人とは遭遇していない。

 地下街と言ってもそこには少なくない数の人間が生活している。これだけ歩けばもう少し会いそうなものだがその気配はない。それが幸いでもあり、どこか不思議でもあった。


「子どもなりの生きる知恵なのやもしれぬな」


「…と言いますと」


「地区にもよるが地下街は基本的に常識倫理どちらも地上に遥かに劣る。完全なる弱肉強食、そしてその環境で一番割を食うのは地上とは違い保護者のいない子どもという訳じゃ。あくまで此方の予想じゃがな」


「………」


「もう一度言うが――」


「わかってます、今は安い同情はしません。――問題が解決した後でじっくり考えます」


「よろしい」


 シルヴィが頷く。

 そして再び前に歩を進めようとしたシルヴィだったが、


「ストップです」


 そこでかけられた背後からのアイリスの言葉に踏み出そうとしていた足をピタリと止めた。

 「どうした?」、そのまま振り返らずに問いかける。


「いえ、かなり距離が近づいて来た――というかもう目と鼻の先なんで個人の魔力感知からちょい広めの物理感知に切り替えます。こっちの方が周囲の状況を遥かに読み取れるんで」


「ふむっ、器用なものじゃな。末は『中央魔道局』にでも入局か?」


「いえいえ、これでも本命は剣の方なんですよ」


 そのアイリスの返答に「そうか」とどこか嬉しそうにシルヴィが笑う。

 そんな相方の笑みには気づかずにアイリスはすぐさま物理感知を展開した。すでに追っている魔力は少し進んだ突き当りを右に曲がり、また少し進んだ右手の空間からもう長時間動いてはいない。

 家か、はたまた店の様なものなのか。それは解らないが、そこで髪留めを盗んだ人物がいるのは間違いなかった。


 アイリスの魔力が全身から周囲を満たし、物理感知がその情報をアイリスにフィードバックする。

 それによりアイリスは盗んだ人物の周囲の情報を入手した。しかし、


「え?」


 情報を得たアイリスの表情が疑問に染まる。 

 それにシルヴィもすぐさま勘付き、「どうしたのじゃ?」と少し不安そうに問いかける。

 その問いに、


「…あの子の周囲に人がいます、それも結構な数」


 とありのままにそう答えた。

 「宿舎のようなものか? それにしては…」、考える様にシルヴィが呟く。

 確かにそこで集団生活を送っていると考えるのが一番可能性が高い。しかし時刻は昼。地下街の生活リズムは解らないが、この時間にそこまで多くの人数が家に密集するものなのかと言う疑問は残る。


「詳しく状況を」


「はい」


 シルヴィの求めにアイリスが頷く。

 そして口を開き説明を始めた。


「いる場所はそこまで広くないです、長方形の空間。その空間の一番前に…これは大人の人ですかね、それが一人いて。彼と向かい合う様に子どもが十一人、等間隔に座っています」


「? 地面にか」


「いえ、恐らく椅子とそれから…机がありますね」


「――――」


 そのアイリスの説明にシルヴィが難しそうな顔を浮かべた。アイリスも同じだ。

 大人が一人、それに向かい合う様にして子ども複数人が机に座っている。

 それから連想される光景は二人もよく知っているものだった。


「…学校、ですかね? あっ、黒板らしき場所もあります。そこに大人の人が何か書いてますね」


「地下街に学校など聞いた事が無い、王国が関係してないのは確実じゃな。となると、誰かが自発的に地下街の子どもらに読み書きでも教えておるのか? 事実ならば相当な好事家じゃが、見上げた心掛けじゃ」


「それに子ども達がペンみたいなものも持っているのも確認しました。絶対ではありませんが、あそこが地下街の学校である可能性はかなり高いですね」


「ふむっ」

 

 付け加えるようなアイリスの一言を聞き終えると、シルヴィがゆっくりと一度目を瞑った。

 何かを考え得ているのだろう。しかし、一秒と立たぬ間に真っ直ぐな瞳を再びのぞかせる様に目を開く。


「どうします?」


「どうするもこうするもなかろう。あえて言うならば、此方らは読み書きの代わりに道理を教えるとでも言うのかの。人から物を盗んではいけないという世の道理をの」


 そう言うとシルヴィは迷いなく突き当りまで歩き出した。

 

「あっ!? ちょっと待って、シルヴィさん!」


 しかし、そのシルヴィの行動にアイリスが待ったをかける。


「あと一人、学校の外に大人の男の人が――」


 続けてそう伝えようとしたアイリスの言葉。


「――よう」


 それを上書きする様に地下街の通路に野太い男の声が響いた。

 同時に、突き当りから一人の老年に差し掛かった男が姿を現す。


「「!?」」


 男の突然の登場に二人の肩がビクンと跳ねる。

 そして、シルヴィはすぐさま後ろへと飛び退き再びアイリスを護るようにその前へと立った。


 ――不覚じゃな。此方があそこまで接近されるまで気づけなかったとは…。

 ――凄いスピードと身のこなし。一瞬で物理感知の位置がずれた。


 すぐさま二人がその男の異質さを感知する。

 対して男の方は、そこにいた二人の見た目が予想外だったのか「お?」と少し不思議そうに首を傾げた後に、


「――こりゃあ、品の無い地下街には似つかわしくない上品なお嬢ちゃん二人だな。迷い込んだってわけじゃなさそうだ、こんな場所まで何の用だ?」


 そう笑って言った。

 

 その笑いは先程絡んできた三人の口元に浮かんでいたものとはまるで違う。

 ただ純粋に可笑しくて浮かべた笑みとどこか二人を下に見る様な余裕の笑み。その二種類の意味がその男の笑いには含まれていた。


 観察する様にシルヴィの目が素早く男の身体全体を見渡す。

 多少顔に老いの証たる皺は見られるが、簡素のシャツの胸部や袖の先からのぞく肉体はまるで歴戦の勇士の様に筋骨隆々。立ち姿ひとつ見ても隙が見つけられない。それにシルヴィが気取れない程の身のこなしを有している。

 しかし、男は身一つ。両手は素手で、武器を隠せそうな程の衣類のゆとりも見られない。

 相当なレベルの老練な体術者――男の正体を瞬時にそうシルヴィが認定する。


 そして、


古強者ふるつわもの――と言ったところかのう」


 彼女はゆっくりとその手を腰の聖剣の柄へと触れさせた。

 

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