5章ー11話 「底知れない」
「――よぉ、こんな場所にこんな可愛いお嬢ちゃんが二人で何の用だ? 迷い込みでもしたか?」
苦笑するシルヴィに三人の男のリーダー格と思しき先頭の男がねっとりとした視線と共に問いかける。
それに対しシルヴィは、
「安心するがよい、キチンとした用向きじゃ」
毅然とした態度で一切臆することなくそう答えた。
男たちの表情に微かに驚きの色が浮かぶ。しかし、それはすぐさま消え去った。
「へぇ、だがその様子じゃ地下街は不慣れだろ。案内役が欲しけりゃ俺らが――」
「いらぬ世話じゃ、しっかりとした目的地は認識しておる。それに先を急いでおるのでな。行くぞ」
男の言葉を途中で強制的に打ち切ると、シルヴィはアイリスにそう伝えて前へと歩き出してしまった。
アイリスもまた「えっ、あっ」と少し困惑しながらもその後に続く。
しかし、そんな二人を黙って見送る様な連中ではなかった。
「おい、待てよ!」
先程までの取り繕ったような表情口調はどこへやら、男が乱暴な声でそう言うと二人の行く道を塞ぐようにシルヴィの前に手を出した。
「――――」
それを見たシルヴィの目に、すーっと冷たい光が宿る。
そして、
「こんな危ない場所に女二人で来たそっちが悪いよなぁ。そうすんなり通すと――」
――ドン。
再び男の言葉が遮られたかと思うと、何かがぶつかる様な音が通路に響く。
「――……は?」
男は最初それが何の音だがわからなかった。しかし、遅れて脳がその状況を処理し始めた。
先程まで自分は立っていた。しかし今は低い天井を見上げる様にしている。背中には硬い床の感覚と鈍い痛み。
そこでようやく男は自分が地面に転がされているという事実を認識した。
そして、
「ヒッ」
そのまま視線を彷徨わせ、自分が先程手で行き先を塞いだ美女と目が合った瞬間に察した。
今のこの状況を作りだしたのは彼女だと。
その瞳はただ冷たくまるで汚物でも見るかのようにして男を見下ろしていた。
「此方は同じことを二度言わされるのが嫌いじゃ。そして、下種はもっと嫌いじゃ」
ポツリと口を開き、シルヴィが告げる。
男は地下街で長年の間、生きてきた。色々な経験をして色々な恐ろしい目にも会ってきた。そしてそれを生きぬいて今がある。
そんな男の魂がその瞬間に警鐘を鳴らした。
目の前で自分を見下ろす人物は、自分よりも遥かに高みにいる強者だと。
「――っ!?」
が、それに気づくには男は少し遅すぎた。
トン、と次の瞬間に男の喉に突き刺さる様な衝撃が走る。そして、男の意識は驚くほどアッサリとその場で沈んでいった。
そして、その一連の流れを黙って見ていることしかできず、少し遅れて「あにきぃ!」と信じられない様な声を上げて男に近づく取り巻きと思しき二人にも、
――トン、トン。
と連続して喉に衝撃が走った。
それによりアッサリと三人の男たちは気を失って地面に並んで倒れ伏してしまった。
「ふ~」
そして、その状況を作りだした騎士は涼しい顔をしてそう息を吐くと後方に控えるアイリスに向き直った。
「肝が据わっておるの~。あの状況で狼狽えずに此方の指示をきっちり守って後ろに控えていたのは偉いぞ、褒めて遣わす」
「あはは…、指示を守っていたと言うよりは鮮やか過ぎる制圧に見惚れていたって言うのが正しいかもしれません。シルヴィさんは徒手も魔法もできるんですね」
「――ほぉ」
何気ないアイリスの賛辞にシルヴィが興味深そうに口角を上げると、
「先程の此方の動き、説明できるか?」
まるでアイリスを試すかのようにそう問いかけた。
が、その突然の問いにアイリスは狼狽えることなく「えーっと…」と顎に手を当てると、
「最初の人を転ばせたのは、素手ですね。手に魔力を纏ってはいましたがこれは念のためで、柔術?とかそういった技術による力だと思います。それで三人を気絶させたのは、手を起点に伸ばした魔力による刺突ですね。見えないように色は極限まで抑えた魔力の棒による不意の喉への一撃で確実に意識を奪う狙いかと」
そうツラツラと先程のシルヴィの行動の詳細の解説を行った。
「なっ…!?」
それを聞き終えて、少々呆気にとられた様な表情を浮かべたかと思うと、
「――ハハッ! いやはや素晴らしいぞ、アイリス! 良い観察眼じゃ、うむうむ此方は嬉しいぞ♪」
「えっ、ちょ!? シルヴィさん!?」
そう快活に笑うと、そのままアイリスの頭をクシャクシャと撫でまわした。
そして、一通り撫でて満足した様に「ふむふむっ」と頷くと、
「95点やろう」
と笑った。
「100点じゃないんですか?」
何となくアイリスがそう聞き返す。
するとシルヴィは悪戯っぽく笑って、
「魔力を使ったのは、このような汚らわしい下種に直接触れたくなかったからじゃ。そこの予測が外れておったから5点減点じゃ」
そう言うとクルリと再び前を向き歩き出した。
アイリスもまたその背中についていくように歩き出す。
少し前に地上で相対した時に、アイリスはシルヴィを一目見て『この人、かなり強そう』と感じ取った。
が、今ではその認識は少し改まっていた。
――強そう、とかそういうレベルじゃないなこの人。確実にメチャクチャ強くて、そして底が全く見えないよ。
先程の攻防、第三者視点にいたからこそあそこまで明瞭に見えた。もし仮にアイリスがあの攻撃を食らう立場にいればもう少し理解は遅れたことだろう。
そして先程シルヴィが用いたのは徒手と魔法。騎士として主に戦闘に用いるであろう剣には触れようともしなかった。それでいてあの強さ。
「――『近衛騎士団』さんってやっぱり凄くお強いんですね」
「ふっ、当然じゃ。まぁ、その中でも此方は別格ではあるがのぉ~」
こうして自分が一緒に行動している人物の強さを再認識しながら、アイリスは再びシルヴィの一歩後ろを歩き、更に地下深くへと足を踏み入れたのだった。
活動報告に『1か月遅れの4章の総評と5章のポイント』という記事を書いてみました。
もし興味と時間の余裕がおありになるなら、目を通して頂ければ嬉しいです!