5章ー閑話 「聖女の叱責」
『聖道院』所属の修道女たちは、大きく二つに分けられる。
現役組と隠居組だ。
その言葉通り、現役組は今まさに修道女として治癒術や結界術の行使及び修行に尽力している修道女たち。そして隠居組はすでに第一線を退き『聖道院』内にて自由気ままに余生を満喫している修道女たちである。
当然、数の比率で言えば圧倒的に現役組の方が多くなる。
その数の多い現役組もまた四つのグループに分けられている。とはいってもこちらもまた単純だ。
『聖道院』内には東西南北に四つの宿舎があり、その宿舎ごとに統括する一人の修道女がいる。その四人の代表となる修道女それぞれが一つずつグループを持っており、修道女のほぼ全員がその誰かのグループに属しているということになる。
どこに属するかは基本的に属する側の修道女の自由であるものの、基本的には普段寝起きする場所が異なるだけで四つのグループ間には特に違いはない。
――あえて違いを一つ挙げるならばそれぞれのリーダーの個性ぐらいかもしれない。
「お前ら知ってるか? うちのボスが王様から直々に呼び出しくらったらしいぜ」
「もちろん知っていますよ。というか、今こうして私たちが集められているのもそれが原因で恐らく間違いないでしょう」
「――無能無力無価値な烏合の衆の分際で『聖女』様を呼び付けるとは、身の程を弁えないのも大概にしてほしいですね。…全員死なないかしら」
「こ~ら、そういうことは言うもんじゃないよ。私たちは曲がりなりにも修道女なんだから」
『聖道院』の廊下をそんな会話と共に四人の修道女がある場所に向かって歩いていた。
それぞれの修道服は他の修道女のものとは少しだけ異なっている。具体的には所々に基本の黒の色とは別の色の線が描かれているのだ。
それは彼女たちがそれぞれ統括するエリア及びグループを示すものであった。
東は赤。
西は青。
南は緑。
北は黄。
彼女たちはそれぞれがグル―プのリーダーである修道女。
その全員が若く美しく、そして特徴的な容姿を携えていた。
東を背負うのは、修道服を着ていなければ修道女とは思う人間はいないであろう好戦的な鋭い瞳をした真っ赤な髪の女性だった。瞳の他にも口元からのぞく犬歯や細く長い眉などどこか攻撃的にも映るパーツも多い。
そして修道服の袖からのぞく腕は格闘家の様に引き締まっていた。
『東院神官』――イーリア・ノック。
西を背負うのは、東とは対照的な落ち着いた雰囲気の大人びた女性だった。黒い髪に素朴なメガネと地味とも取れる様な見た目をしているが、その容姿はそれを覆すほどに気品のある美しさを抱擁している。
修道服の着こなしもどこかピシッとしており、勤勉さや真面目さが立ち振る舞いから溢れていた。
『西院神官』――ウェルビー・バウンド。
南を背負うのは、どこか幼さが残る様な容姿の黄緑の髪を長く伸ばした女性だった。幼さの残る顔立ちとバランスをとるかのように身長も低く、一見すれば子どものよう。しかしその黒く大きな瞳は真っ直ぐな意思の強さを内包しているかのようで子供と大人どちらの面も併せ持っている様にも見える。
修道服は他の三人とは異なり、右側は三人と同じく基本形に線の入ったものだが左側はどこか年季の入ったオーソドックスな修道服――その二つを中央でわざわざ縫い合わせているという独特な衣服を身に纏っていた。
『南院神官』――サウネリア・リペディウム。
北を背負うのは、陽気で柔らかい笑顔を浮かべている明るい金髪を短めに切り揃えた女性だった。口調もどこか明るくハキハキとしており、温和で親しみやすそうな雰囲気を纏っている。
修道服にはあまり主張しない程度にアクセサリーや刺繍などの小さなアレンジをしており、女子力も高そうだ。
『北院神官』――ノーラ・リングラー。
そんな四人を呼び出したのは、彼女たちよりもさらに立場が上の修道女。
といっても地位的にはそれは二人しかいない。『聖女』と『筆頭神官』だ。そして『聖女』は現在王城に呼び出し中、故に答えは必然と後者に絞られる。
「ローラ様がわざわざ私たちを集めるのです。『聖女』様が恐らく何らかをやらかした、――もしくはこれからやらかすのでしょう」
ウェルビーの言葉に「ま、だろうな」とイーリアが頷く。
そしてサウネリアの方へとチラリと視線を向け、
「お前のことだ、あいつが王城に行くところを見送ったんだろう? どうだった? ブチギレてたか?」
そう問いかける。
すると四人の中で一番『聖女』に近しい存在である彼女は「いえ」と軽く否定した。のだが、
「お怒りになるどころか、楽しそうに笑っていたわ。ニッコリと素敵な笑顔でね♪」
恍惚とした表情で続いて聞かされたその言葉に三人の表情があまり良くない色に変化した。
そして、
「…まぁ、みんな察したかもしれないけど、――これはまず間違いなく私たちの大将は王城で何かやらかすだろうね」
頬をかき苦笑を浮かべながらノーラがまとめる様にそう口にした。
***―――――
「さて、ここで問題だ魔剣。俺らが今日呼び出された要件はなんだと思う?」
「…まぁ、お叱りじゃねえの」
「その通り、お叱りだ」
先日、五勇星会議が行われた王城。その廊下をつかつかと二つの足音が鳴り響いていた。『聖女』と『魔剣星』だ。
そんな二人には実は今回、国王と王国の上層部より直々に呼び出しがかかっていた。そしてその理由もまた二人は何となく察していた。
「魔族による襲撃。王国の最高戦力である俺らがその場にいながら少なくない数の犠牲者が出た、そしてその大半が貴族の血筋に連なるものときてる訳だ。王国を統治してる上の連中が心中穏やかじゃないのは察せるな」
「まぁな」
「だがな、魔剣。良いことを教えてやろう。努力もせず才能もなく力もなくおまけに頭も悪い、たまたま生まれが良かっただけでいい地位についているだけの何もしない能無しゴミ共如きが、お前はともかくこの俺に上から説教するなんて天地がひっくり返っても許されざることなんだ」
「…まぁな」
「という訳で、俺が何を言いたいかわかるか?」
「何を言いたいかは分からんが、一個だけわかることがある。…あんた、ブチギレてるだろ」
その呆れ顔の『魔剣星』の言葉に『聖女』がニカッと笑う。
爽やか過ぎて逆に怖い程のキラキラとした笑みだった。
そして、
「とりあえずお前は黙ってるように。悪いが今回は俺の好きにやらせてもらうぜ」
「はいはい、どーぞご自由に」
二人は王国の重鎮たちが待つ部屋へと歩みを止めずに進んでいった。