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5章ー閑話 「もう一つの案件」


 そこは地下街と同じ地下でありながら、その対極とも言える場所だった。


 無法地帯である地下街とは打って変わって、そこは鉄の掟により縛られた監獄。数多の罪人たちがそこに囚われ、自由の一切を拘束されている王国の地下牢だった。

 ここにいる罪人は二通りに分けられる。一つは犯した罪の重さから通常の監獄では収監をよしとされなかった罪人、そしてもう一つは通常の監獄の看守及び設備では抑えられない罪人である。


 そんな凶悪犯が繋がれた監獄を下へ下へと下っていく足音が五つあった。

 男性三人に女性が二人。

 彼ら彼女らは罪人ではない。むしろ罪人を裁く側の人間だった。


「しかしなげぇな…。どんだけ下るんだよ?」


「すみません。なにぶん収監されているのが最下層でして」


 ”Ⅰ”の刻まれた『近衛騎士団』の制服――リアナの言葉に先導するような形で四人の数歩前を歩く人の良さそうな男性が申し訳なそうにそう答えた。

 彼だけが他の四人とは少々事情が異なっていた。何故なら他の四人はとある目的のために本日限りでこの監獄にやってきたのに対し、彼はこの監獄の看守として常にここで働いているという立場だった。つまり彼は四人に対する案内役なのだ。


「まぁ、そう苛立つなリアナ殿。こんなことでもない限り来る機会の無い場所だろう、周囲の景観でも見物しながら歩いてはいかがかな?」


 そんな二人の会話にリアナの横を歩いている長身の男性が割って入る。

 こちらも人の良さそうな顔をした短髪の男性だった。特徴的なのは黒を基調とした厳格な雰囲気のある衣服をまとっている点だろうか。非常に落ち着いた穏やかな口調だが、見たところ年齢は二十代の後半程度だろう。


「周囲の景観っつてもなぁ。牢屋なわけだし、薄暗くて視界もわりぃ」


 肩を竦めてのリアナの答えに「それは確かに」と長身の男性が苦笑する。看守の男性もまた「すみません」と同じく苦笑する。

 が、


「…まったく文句ばかりですね。そんなに嫌なら帰って頂いて結構ですよ、元より私と兄様だけいれば事足りますので」


 そんな三人の会話に更に割り込んでくる声がまた一つ。

 それはリアナと長身の男性の更に数歩後ろを歩く二人の内の一人。長身の男性と同じ服を着た赤い長髪が特徴的な女性だった。

 口ぶりからして、長身の男性の妹なのだろう。


「帰ってよけりゃ今すぐ帰ってるっての。これは仕事だ、仕事」


「ふぅ~…、まったくもう。こっちはあなた方が来ることなど知らされておらず、せっかくの兄様と二人きりのデートだと思い込んで昨日から楽しみにしていたというのに…。気合い入れ損ですよ、ホントに」


「…相変わらず頭のねじのぶっ飛んだ妹だな」


「ははっ…、兄として否定したいけど否定できない…」


 リアナの指摘に長身の男性が再び苦笑する。

 今度はさっきよりもだいぶ心から困ったような笑い顔だった。


「というか、唐突ですがリアナさんってほとんど罪人みたいなものですよね」


「いきなり何言ってんだ、お前…。唐突過ぎるし、まったく罪人じゃねえよ。誉れ高き『近衛騎士団』一番隊隊長様だ」


「でも近衛の一番隊ってあの大多数が人相悪くて有名なほぼ荒くれ者集団じゃないですか」


「それが一番隊の隊風なんだよ。つーか、その文句は俺じゃなくてその隊風を築いた先代に言え。むしろ俺はその荒くれ者集団の被害者だ。一番隊入った最初の頃なんて、四六時中ずっと因縁つけられて嫌がらせされてたんだからな」


「へえ~、それは意外です。で、それにどう対処したんですか?」


「めんどくせぇから向かってくるやつは全員木剣でボコボコにして痛みと共に徹底的に上下関係をわからせてやった」


「うへぇ~、おっかな」


 顔色一つ変えずにサラリと言うリアナに、口ではそう言いつつも女性はどこか愉快そうに笑った。


「ま、私が何が言いたいかと言いますと貴方はほぼ罪人みたいなものですし、いつか何らかの罪に問われて斬首刑になったときは私が執行人になってあげましょうか、ということです」


「いきなり話が飛んだな…。ちなみにそんな日は未来永劫来ないが、一応遠慮しとく。お前に首斬られるとかとか、メチャクチャ鈍い痛みを味わいそうだしな」


「うっわっ…、リアナさん見る目無~い。私の斬首は痛いどころか心地いいってもっぱらの評判ですよ」


「死体からどうやって感想聞くんだよ」


「死人に口はありませんが顔はあります。その顔見ればみ~んな安らかに逝ってくれてるのがわかりますよ。ね、兄様♪」


 そう後方から唐突に話を振られた兄は少し困ったように「まぁ、そうかな…」と答える。

 リアナの方は「あっそ」と適当に相槌を打って面倒くさそうなのでそこで半ば強引に話を切り上げた。


 そして、そんな三人の会話を残った一人。

 『中央魔道局』副局長、リズベル・ワッフは、


 ――なんなんですかね、この人たちの物騒な会話は…。あー…、暗いし雰囲気悪いし尋問も恐ろしいし、早く仕事を終わらせたいものです。


 まだ仕事が始まってすらいないのに、馴染み薄い人と馴染み薄い空間と馴染み薄い会話内容に少々ぐったりしながら列の最後尾を歩いていたのだった。



「ここ、ですね」


 どれくらい下ったのだろうか?

 それから数分後、案内人の看守の足が一つの扉の前で止まる。そして扉にはとある人物の名前が書いてあった。ここに収監されている囚人の名だ。

 それを見て四人の瞳が少し鋭さを増す。


「この扉を開けて、少し進んだ牢の中に彼がいます。常駐の看守は二人、同じく扉の内部にある臨時看守室にて交代制で二十四時間監視しています」


「へぇ」


 説明に感想を適当にもらしたリアナだったが、ふとその視線は別の方向へと向いた。

 この地下牢の大まかな仕組みとして深部に進めば進むほどに罪状が重く強い罪人が収監されている。しかし、降りてきた階段にはまだ続きがあったのだ。


 ――ここが最下層って言ってなかったか? こいつよりもヤバい極秘の囚人でもがいるのね。


 が、そう心の中で呟いただけでリアナはすぐに視線を戻した。

 今回の目的はあくまで目の前の扉の中にいる罪人。少しの興味はあれど、他の罪人のことなど積極的に知る必要はないのだ。


「ただ尋問するにあたりまして、一つ懸念点が…」


 そこで看守が扉のカギ穴に鍵を差し込みながら、どこか言いづらそうにそう切り出した。

 「懸念点?」、リズベルのオウム返しの疑問の声に「はい」と言いづらそうにしながらも、


「実は彼、ここに収監されて直ぐの頃から下を向き地面に向かっての独り言がかなり多くなりましてね。もしかしたら精神に何らかの悪い症状が出ているんではないか、との疑いがあります」


 そう続けた。同時にガチャっと開錠の音が鳴る。

 

 「ふむっ」、その説明に長身の男性が少し考える様に顎に手を当てた。

 尋問の相手が、何らかの精神的な疾患を抱えている。そうなればかなりの問題点が出てくる。正しい情報を得られる可能性も大幅に減少することだろう。


「よいしょ」 


 しかし、そんな悩む彼とは対照的に一歩前へと踏み出して扉に手をかけた人物がいた。彼の妹だ。彼女はそのまま扉を押すと、「まぁまずは会わなきゃ始まりませんよ、兄様」と言うと何のためらいもなくそこを開け放った。


「「「「――――」」」」


 その瞬間、看守を除く四人は感じ取った。

 収監されて尚、拘束されて尚、その者が放つ強者の香りを。


「――これはこれは。ずいぶん大人数のお客様ですね」


 どこか余裕を感じされるそんな声が扉の先の牢の中から耳に届く。

 そして、四人もまたその声の主の元へと開け放たれた扉を越えて歩みを進めた。お互いの距離が縮まり、その容姿が明らかになる。

 すると囚人の方が「おおっ」とどこか歓声にも似た声を上げた。


「『近衛騎士団』の最高傑作に『中央魔道局』局長の右腕、それに処刑人一族の二枚看板とは――! こんな場所までご足労頂きまして大変恐縮なのですが…、――はて? これほどの有名人が四人も集まって私なんぞに何か御用でも?」


 その声の主は、牢屋の中央――そこにポツンと置かれた簡素な椅子に足を組んで座り四人それぞれの顔を見ながらそう出迎えの挨拶と共に心底愉快そうな笑みを浮かべた。

  

 かつては王国の英雄だった男。

 今では反逆の咎人とがびとと化した男。


 元『天弓星』――スリアロ・リスパーリがそこには収監されていた。


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