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5章ー7話 「お願い、先輩」


「もちろん、スラれた品をそのまま忘れろとは言わん。此方も地下に用があってな、そのついでと言ってはなんだが…品物を教えて貰えさえすれば余った時間で探す努力はしよう」


 譲歩という形でシルヴィがそう提案をする。 

 しかし、


「あーっと…、すみません。心配してくださるのはありがたいんですが、ホントにけっこう大事なものでして。…まぁそんなに大事ならスラれるなよって話ではあるんですけど。一応相手の位置は今も補足してますし、手早く済ませて取り戻したらすぐに帰るのでなんとか容認して頂けませんか?」


 アイリスの方もそこは退けずにそう反論を返す。

 もちろん事の発端はアイリスの注意力不足ではあるのだが、十分に相手に追いつけ取り戻せるこの状況下で不透明な人任せにするのは少し抵抗があったのだ。


「ならぬ」


 アイリスの言葉をにべもなく却下するシルヴィ。

 しかし、


 ――とは言ったものの、こやつの言うことにも一理あるし気持ちも理解できる。それにこのままでは此方が先に進んだ後に一人で侵入してしまうことも十分に考えられるしのぉ。はて、どうしたものか?


 心中ではアイリスに理解を示しつつ、頭を悩ませていた。

 が、そこでそんな彼女に、


「じゃあ――こういうのはどうでしょう?」


 アイリスが少し悩んで口を開いた。


「シルヴィさんも地下に用事があるんですよね?」


「そうじゃが…、それがどうした?」


「なら一緒に行きませんか」


 「一緒に?」、その思いもよらぬその提案にシルヴィが首を傾げる。

 そして、「ふむっ」とその提案の答えについてを少しだけ考える。


 ――此方の目的は、地下街に潜伏しているという人斬りの撃退。そこに学生を連れていくというのは論外じゃが…こちらはすぐに対象を見つけるというのは難しかろう。情報収集には一定時間を割く必要がある。この娘と共にコソ泥を追うその道すがらならばそれも両立できるか? そしてその後、彼女を返し此方は一人で集めた情報を元に本命を見つけて狩る。流れとしては悪くはないが――、


 流れは何となく浮かんだ。そして現実的ではある。

 しかし、それでもシルヴィには『近衛騎士団』として一般国民を危険な場所に向かわせるという事実がどうしてもすんなりと受け入れられなかった。

 『近衛騎士団』の騎士とは王国を王族をそして王国の民を守る者なのだから。


「あたしの用事は恐らくすぐ済みますし、足は引っ張りませんお邪魔もしません。それにあれならレーダーの役割も出来ますしね、もちろん用が済んで帰れと言われればすぐに帰りますとも」


 そんなシルヴィの沈黙から悩みの気配を感じ取り、そこでアイリスがこれでもかと自分自身で援護射撃を放つ。

 「ぬぅ~」と渋い顔のシルヴィ。そこに最後の一押しとばかりに、


「お願いします、同じ学院の先輩後輩のよしみでなんとか!」


 そう両手を合わせて懇願する。

 が、そこで「――!」とシルヴィの肩が微かに跳ねたのをアイリスの瞳は見逃さなかった。


 ――ん? あれは?


 それと似た様な反応をついさっき見たような気がする。

 

 ――あの時も確か、


 その状況を瞬時に思い返し、そしてアイリスはその・・言葉・・に思い当たった。

 そして再び真っ直ぐにシルヴィの目を見つめると、


「お願いします、先輩・・!!」


「――!!」


 そう呼びかけた。


 ――ぐらん。


 その言葉でシルヴィの揺らいでいた心がある方向へと傾いた。


 シルヴィ・シャルベリー。

 

 彼女は確かに二年前までサリスタン国立中央学院に在籍していた。しかし、そこで送った学生生活は普通の学生のそれとは全くと言っていいほど異なっていた。

 理由は簡単だ、シルヴィは普通の学生としてではなくある人物の護衛として入学したからだ。言うなれば今のウィリアスにおけるミアの様なそんな立場だった。

 それ故にずっとある人物に付きっきりで、同級生ともあまり交流する機会は多くなかった。後輩ならば尚更である。


 そのような学生時代を過ごし、彼女は『近衛騎士団』へと入団した。

 が、ここでもその尊大な口調とありのまま過ぎる性格、そして騎士としても剣士としても優秀過ぎるが故の出世スピードで四番隊隊長補佐の座へと瞬く間に駆け上がっていったため、他の団員の嫉妬や妬みの感情も少なからず浴びてきた。が、反対に純粋な尊敬や敬意の念はあまり持たれてはいないのが現状だ。『近衛騎士団』の彼女の部下たちはそのほとんどが彼女よりも年下であるのも理由の一つだろう。


 つまり彼女は、褒められたり賞賛されることは数あれど人から慕われるということをあまり経験してはいなかった。言い返ればその思いに飢えていた。

 それを見るからに優秀そうな自分よりも年下の同性から真っ直ぐに向けられれば必然甘くもなるのは仕方がないと言えるのかもしれない。


「……ま、まぁ、そうじゃな。ここで突っぱねて一人で勝手に潜入されても困るし…、此方と一緒におれば危険も少なかろう。――うむっ、そうじゃな。不本意、極めて不本意ではあるが…そこまで言われれば此方とて折れるしかあるまい。…可愛い後輩の頼みでもあるしの」


 ぐらん、とシルヴィの中の天秤が譲歩に傾いた。

 それを聞き、「ありがとうございます」とアイリスが頭を下げる。


 ――ふむっ。こやつ良いのう、実に良い。これは…場合によってはあれ・・に為り得るかもしれんな。


 そんなアイリスを見て、心中でとある構想を不意に思い浮かべながら「うんうん」と満足げにシルヴィが頷いた。

 しかし、いくら甘くなったとは言えどもこれはあくまで譲歩。それ故に、


「約束事は二つ。勝手に此方の側を離れないこと、そして用が済んだら速やかに帰還することじゃ。よいな?」


 そう真剣な顔でそう取り決めをする。


「了解しました」


 アイリスもまたその言葉に深く頷いた。


「うむっ。ではゆくぞ、我が後輩」


「はい、先輩」


 それにより、ここに新たな一組の即席コンビが誕生した。

 そして、


「ふむっ、では入り口捜索からじゃな。『近衛騎士団』の情報ではここらの建物の一階に一般に公開されていない地下へと続く道が一つあるはずじゃ。おそらくそなたから盗んだ者もそこを利用したのだろう。まず最初にそこを探し――」


「あっ、それならこの建物の奥ですね。魔力の物理感知で見るに、板か何かで覆う様にして一か所だけ隠されてる感じの場所があるんで、恐らくそこで間違いないかと」


「――…ふっ、ふふっ。なんとまぁできる後輩じゃ、褒めて遣わす! では改めて――行くぞ後輩!」


「はい、行きましょう先輩!」


 二人は地下の世界の入口へと足を踏み入れたのだった。


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