5章ー6話 「どこか似ている二人」
「……えーっと、あのー」
唐突に寂れた路地にて浴びせられたその威風堂々とした自己紹介に思わずアイリスがたじろぐ。
しかし、そんな困惑の渦中にありながらも、
「ご丁寧にどうもです、アイリス・リーヴァインと申します」
こちらだけ名乗らない訳にもいかないのでそう自分の名を伝えると共にペコリと一礼する。
「ふむっ」、下げた頭の先からそんな風な満足げな声が聞こえてきた。
「よいぞ、礼儀正しいのは実によい。面を上げい」
「はっ、はい」
続いた声に従ってアイリスが顔を上げる。
シルヴィには腰の剣に手を触れさせる気配はなく、すでにアイリスに対して警戒を解いている様だった。そしてそれはアイリスも同様だ。
背後から声をかけられた瞬間は反射的に飛び退いたものの、こうして正面から向かい合っただけで何となく目の前の人物が悪い人間ではないのはわかった。それに加え『近衛騎士団』、恐らく何らかの任務でこのような寂れた場所に来たのだということは想像できた。
「では改めて聞くが。アイリス・リーヴァイン、そなたは何故平日の昼間にこのような場所に一人でおるのだ? それも腰に木剣など差して」
「えーっと…まぁ何と言いますか…」
正しく答えて良いのかをアイリスが少し悩む。
だが結局、
「お恥ずかしい話なのですが、大事なものをポケットからスラれてしまったみたいで。その犯人を追ってここまで来ました」
そう正直に答えることにした。
「ふむっ、では何故ここで立ち止まっておったのだ? ここでそのコソ泥を見失ったのか?」
「いえっ、そう言うわけではないのですが…」
「?」
「魔力感知で追ってきたのですが対象がここで何か地下に潜ったみたいで…、どうしよっかなぁ~って少し考えていました」
「――――ほぉ」
再びアイリスがそう正直に答える。
しかし、その答えがシルヴィの中にある疑念を生んだ。
ジッーと見定める様にアイリスの足から頭の先までを見つめる。
魔力感知、それは一部の魔法使いしか扱えない高等技術。その上、先程の軽快な身のこなしと腰に差した木剣。魔法と剣、恐らくどちらも相当なレベルと見て取れた。
――この若さでこのレベル? 噂に聞こえてきてもよいだろうに名も聞いた事が無ければ、容姿にも見覚えは全くない。
「ちなみにそなた、職業は何をしておる?」
「一応、学生をさせて頂いています」
「学生? 異なことを言うのう。学生ならば今の時間は当然学校に――!」
が、そこでシルヴィの頭に二週間ほど前に起こったあの事件のことを思い出された。
「国立中央学院か――?」
「はい」
問いに対する肯定の言葉に「なるほどのぉ…」と再びシルヴィの警戒が緩んだ。
まず目の前の少女は、サリスタン国立中央学院の学生。そしてその学校は二週間ほど前に魔族による襲撃を受け、現在は臨時休校中。その上、あそこは王国の最優秀教育機関だ。その学生ということであればアイリスの卓越した能力の筋も一応通る。
――まぁ、それでも相当なレベルの上澄みであるのは確かじゃがな。
「ふぅー」と息を吐き、肩の力を抜くシルヴィ。
そしてそのままチラリとアイリスを見ると、
「大変じゃったな…」
そうどこか優しい瞳を浮かべ、そう口を開いた。
「大変…? あっ、この前の件ですか?」
「ああ。確かに一年に一度の人の集まる祭事ではあるが、まさか『参観祭』が狙われるとはな。――っとすまない、そなたにとってはあまり思い出したくないことかもしれんのにな」
「あっ、いえあたしはそんなに…。身近な人も皆さん無事でしたし」
「そうか、それは素晴らしいことじゃな」
「はい。それにしても学院についてお詳しいんですね?」
何となく話の流れで聞いたアイリスの問いだったのだが、それにシルヴィは「うむっ、なにせ此方も二年前までそこに在学しておったからの」と意外な事実を口にした。
「へぇ~」
感心した様にアイリスが声を漏らす。
唐突に出会った二人であるが、思いのほか共通点が多いのかもしれない。
「なるほど。じゃあ、えっとシルヴィさん…は私の先輩ってことになるんですね」
「――! ま、まぁ~、そうなるの~♪ うむっ、確かにそなたは此方の先輩じゃな!」
「はぁ~、凄い偶然ですね」
どこか嬉しそうな様子のシルヴィ。
アイリスもまたその判明した意外な接点に少しテンションが上がっていた。
…のだが、いつまでもそこで会話に興じているわけにもいかない。
二人にはそれぞれすべき理由があるのだから。その上、アイリスの目的は追跡。距離が開き過ぎればそれだけこの後の行動に支障が出てしまう。
「えーっと、それじゃあ一応あたしが怪しい者じゃないってことは解って頂けましたか?」
「ん? ああ、それは納得したぞ。話の筋も通っておるしな、学院に連絡を入れて名簿の確認をすればより確実なものになるが、そこまでせんでも大丈夫じゃろ。そなたが嘘をついている様にも思えんしな。悪かったな、いらぬ疑いをかけた」
尊大な口調ではあるが、潔く謝罪の言葉を口にするシルヴィ。そんな微かな仕草からアイリスもまた彼女が心から信頼できるタイプの人間であることを理解した。
そして、疑いが晴れれば後はやることは一つだ。
「いえいえ、それじゃああたしは元の目的に戻りますね」
とシルヴィに断りを入れて再び対象を追い始めようとしたアイリスだったが、
「――悪いが、そなたの素性とそれは別問題じゃ。『近衛騎士団』としてそれは許可はできんの」
そこで後ろから制止の声がかかった。
振り返るアイリス。そこには最初に向かい合ったとき同様に騎士の顔をしたシルヴィの姿があった。
「地下街は治外法権、いわば無法者たちの城じゃ。当然、危険がそこらじゅうに存在する。いくら腕が立つと見えても、王都に住む国民――それも此方よりも年下の娘をそんな危険な場所に行かせるわけにはいかんじゃ」