5章ー5話 「二つの案件」
少しだけ時間は巻き戻り、時刻は前日の夜更け。
『近衛騎士団』の団長執務室に二人の騎士が集められていた。
「仕事終わった後に呼び出しって珍しいな。何かの叱責か?」
「ふっ、笑わせるでない。そなたは叱責されることの心当たりが常にあるのやもしれぬが、此方にそのような落ち度は一つもない。言葉はもっと考えて口にするものじゃ」
「…一応、俺の役職は隊長でお前よりも偉いんだが」
一人は隊服の胸に”Ⅰ”の男性騎士、もう一人は隊服の胸に”Ⅳ”と下一本線の女性騎士。
不遜な女性騎士の言葉に男性騎士の方は怒るよりも呆れている様な反応を返す。
「だが確かに珍しいというのは認めよう。この時間に団長執務室への呼び出し、それも隊も違えば接点もそこまでないそなたと此方の二人だけ。何やら重要な案件の気配がするのう」
「重要な案件ねぇ」
「ときにリアナ・リシリア。そなたの明日の仕事内容はどうなっておった?」
「一番隊は五つの組に分けての王都の見回りだ。あれ面倒だし、特に何も起きねぇから暇なんだよな」
「なるほどな」
「何がなるほどなんだよ?」
「いや、――隊長が抜けても滞りなく進む業務であるという意味じゃ」
女性騎士の言葉に男性騎士――リアナが首を傾げる。
しかし、その疑問に彼女が答える前に、
「待たせたな」
そんな言葉と共に扉が開き、白い髪を短く切り揃えた壮年の男が部屋へと入ってきた。
彼こそが『近衛騎士団』を束ねる団長であった。
「どうも」
「ご苦労様なのじゃ」
彼の登場をそれぞれが性格を表す様な形で出迎える。
その出迎えに「ああ」と片手を上げて応えると、団長は執務室への椅子へと腰を下ろした。そしてすぐにその一番上の引き出しを開けると二枚の紙をそこから取り出して机の上へと裏返しで置いた。
「リアナ、シルヴィ。さっそくで悪いがお前たちを呼んだ要件が、これだ」
裏返しの紙二枚を指差し、眼前に立つ二人を見つめながら団長がそう告げる。
「ふむっ、一応此方ら二人に直々に依頼ということは重要案件の部類かのう」
「その通り、二つとも今日緊急で入った別口の案件だ」
「それだけじゃねぇだろ。わざわざ俺とこいつなんだ、ただ重要なだけじゃなく腕っぷしも必要と見た」
「半分正解だ。必要なのは腕っぷしともう一つ、地位だ」
「ほぉ」
団長のその言葉に女性騎士――シルヴィが興味深そうに自身の頬に手を当てる。
「片方の案件が地位重視、もう一つが腕っぷし重視。どちらもあれば望ましい。その結果、隊長補佐で一番強いであろうシルヴィと隊長で明日抜けても一番仕事に影響が出ないであろうリアナを選んだ」
「…おい、俺の選考理由だけなんでネガティブなんだよ」
口を結び露骨に不満そうなリアナに「だから抜けても滞りなく進むと言うたであろう」とどこか得意げにシルヴィが小さく笑う。
そんな二人を見て、団長は「まぁそこは重要じゃねぇ」と軽く流すと、
「でだ、肝心の案件なんだが――片方はとある人物の尋問の立ち合い及び見届け、もう片方がとある人物の捜索及び撃退だ」
「『とある』が多いな。裏っ返しにしてるのもそのせいか」
「ああ、どっちも機密事項なんでな。請け負う自身の任務にだけこの後詳細を伝えることになっている」
そこまで言うと「ふーっ」と息を吐き団長は裏返しのままの紙をトントンと指で叩く。
そして二人を見ながら「どっちがやりたいか希望はあるか?」とそう問いかけた。
「撃退」
「後者の案件じゃな」
そして、その問いに一切悩むことなく二人が答える。
希望の重複。予想していはしたが、あまりにも予想通り過ぎて「はぁ~」と団長は笑いながら苦笑を浮かべた。
「どう考えても腕っぷし重視が撃退案件だろ。どうせならそっちを俺にやらせろよ」
「何を言うかと思えば…、尋問の立ち合いなど此方の様な高貴な存在には相容れぬ仕事じゃ。それに内容は撃退だけではなく捜索も兼ねておる。そのような繊細な事柄はそなたはあまり得意ではなかろう」
そんな団長を余所にバチバチと横目で火花を散らせる二人。
だが、すぐにどちらともなく言い争いの空気を収めると、シルヴィの方が「団長の意見を聞かせて頂こうかの」と選択を第三者の団長へと託した。
二人ともわかっているのだ、このままでは言い合いは平行線を辿り時間だけが浪費されると。
そして託された団長は顎に手を当て少し考える様な仕草を見せたかと思うと、
「じゃあ、ここは騎士らしくレディファーストといくか」
そう端的に告げた。
その決定にシルヴィが「流石団長なのじゃ」と愉快そうに笑い、反対にリアナの方は「マジかよ…」と心底嫌そうに呟いた。
「では、案件内容を確認させて頂くとしようかの」
そう言って手を出すシルヴィだったが、団長は「――だが」とそこで一端言葉を区切りリアナへと視線を向けた。
「一番隊隊長として上の立場であるリアナが実力的な観点から見てシルヴィには今回の撃退案件が荷が重いと判断するのなら、決定を覆すことも考えるが――どうだ?」
「――はぁ~…。で、肝心のその相手とやらは?」
「詳しくは言えんが、確認できるだけで王国に籍を置く剣士十数人程を斬った人斬りだ」
団長が簡潔にそう簡易な情報だけを告げる。
すると、それを聞いたリアナは「はっ」と鼻で笑う様にして一歩後ろへと下がった。
そしてシルヴィを横目で見ながら、
「こいつは――剣の極みへの有資格者だ。そんじょそこらの人斬り風情が勝てるわけがねえだろ」
そう言った。
ニッと微かにシルヴィの口角が上がる。
同様に団長も「ふっ」と小さく笑うと、今度こそ案件の書かれた用紙をシルヴィへと手渡した。
「詳細はそこに書かれている通りだ。リアナの請け負う件と違ってそっちはシンプルだし現状同伴者もいない。だから俺から口で伝えることなしだ。今日はもう下がっていいぞ、遅くに悪かったな。明日から任務に当たってくれ」
その団長の言葉に「了解しました」と一礼すると、シルヴィはその場で踵を返し、
「リアナ・リシリアよ。そなたの剣において一切の嘘を述べない在り様と比肩する者の無い独自の美しい剣技だけは、此方は心の底から好ましく思うておるぞ」
「そりゃどうも。ま、安心しろよ。万が一下手こいちまったときは、獲物はこっちの案件終わりにでも俺が加勢してキッチリ斬ってやるから」
「はっ、誰に物を言うておる。明日中に此方が見つけて斬って――それにて解決じゃ」
リアナにそう告げると、団長執務室を後にしたのだった。