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5章ー3話 「偶然重なり迷い込む」


「…ったく、わざわざここまで送ってくれなくてもよかったんだぞ」


「あははっ。私も最初は家の前で見送ろうかと思っていたんですが…、まぁなんか流れでここまで付いて来ちゃいましたね」


 家を出た老人とアイリス。

 そんな二人が今話しているのは、王都の端の馬車乗り場だった。

 アイリスの言うように本来は家を出た場所で別れようとしていたのだが、その後も歩きながら適当な話をしているうちにいつの間にやらこんな場所まで来てしまっていた。


「この後はずっと色んな場所を馬車で巡られるんですか?」


「ああ、まぁ…どうだろうな? 最初の頃は新鮮で面白いかもしれないが、途中で飽きるかもな」


 地面に立つアイリスの言葉にすでに小さめの馬車の助手席に腰かけている老人が答える。


「えっ、その場合は歩くんですか?」


「儂をいくつだと思っておる…。流石に町から町まで歩くほどパワフルではないわい。ま、その時は弟子に頼んで簡単に移動させてもらうとでもするかな」


「――ふふっ、仲良し師弟ですね」


「…ああ、ようやくそんなことを気軽に頼めるぐらいの間柄には戻れたのかもな。皮肉にもこの前の騒動のおかげでな」


 どこか哀愁の籠った表情で老人がそう呟く。

 しかし、そんな表情を見せたのも一瞬だけ。すぐさまフッと笑顔を浮かべると、


「じゃあ、そろそろお別れだ。元気にやれよ」


「はい、そちらこそお気をつけて。健康にも怪我にもですよ」


「はっ、了解だ」


「あとこれ大事にさせてもらいます」


 先程貰った髪留めをかざしながらのアイリスの言葉に頷くと、老人が馬車の御者へと出発の合図を送る。そして、ゆっくりと馬車は王都を背に動き出した。

 手を振るアイリスに、老人もまた馬車の窓から手を外に出して応える。

 そうして段々と小さくなっていく馬車の影をアイリスはそのまま見えなくなるまで見送ったのだった。

 

 ***―――――


「ふぅ~…」


 アイリスの影が小さく見えなくなったところで、老人は後方を見るのを止めて席へと深く腰掛けた。

 そしてそのタイミングで、


「礼儀正しくてかわいらしい女の子ですね。お孫さんですか?」


 御者がそう何気ない話を振ってきた。

 

「ああ」


 否定して更に関係性を説明するのも面倒なので適当に話を合わせる老人。

 それを何の疑いもなく信じ、御者は「いいですね~」と呑気に言った。しかし、これで会話が終わりと老人が思ったところで、何かを思い出したように御者が「あっ」と声を漏らした。


「でも、少し心配だなぁ」


「何がだ?」


「いや、あくまで御者仲間から聞いた噂レベルの話なんですがね。今王都にとんでもなく強い人斬りが忍び込んでるらしいんですよ」


「…そりゃまた物騒な話だ」


 御者の話を聞き、そう率直な感想を老人が述べる。

 御者の噂話。その信憑性は定かではないが王都から人を乗せ、また王都に人を運ぶ彼ら独自の情報網があってもおかしくはない。


「だが、王都にそれらしい雰囲気はなかったぞ。警備兵も儂の見る限りいつも通りだった」


「それがなんでも地下街に隠れているらしいんですよ」


「――ほぉう」


 新しく出た情報に老人が髭を触りながら興味深そうに相槌をうつ。

 地下街、それは王国の栄華の陰。王都に在りながら、未だに残り続ける無法者たちの城だ。確かにそこならば身を隠すのにはうってつけだろう。

 …だが、


「普通に暮らしていたらまず地下街なんかに入ることはないからな。いらない心配だろう」


「ま、それはそうなんですがね。王都育ちならば小っちゃい頃からそこには近づくなって言われていますし、実際近づけない様に主要な入口近辺は警備の方々が巡回してますしね」


「ああ。それにその話が事実だとしたらあんたらが知ってるなら当然王国も知ってるはずだ。近いうちに解決されるだろうよ」


 そんな老人の言葉に「ははっ、たしかに」と御者が笑う。

 そして、二人を乗せた馬車はそのまま王都を離れていったのだった。


 ***―――――


「さてと~」


 馬車が見えなくなる程に小さくなるまで見送り終えると、未だに手に持ったままだった髪留めをポケットへとしまう。

 そして、アイリスは今日のこの後の行動について考え始めた。


 当然だが、老人と一緒に家を出たときにしっかりと戸締りはしてきた。

 なので別段、家に戻る理由はない。


 ――うん、ここは当初の予定通りまずはランニングでも、


「!」

「あっ!?」


 だが、そんな風に考えを纏めようとしていたアイリスの身体に何かがぶつかる。

 驚き、バッと目を向けると、


「あれ?」


 自分にぶつかったのは、少し年季の入った服を着たアイリスの胸くらいの身長の子どもだった。

 帽子を眼深に被っており、顔は見えずその性別は分からない。

 

「えっと、ごめんね。ボーっと立ってて」


 そんな子どもにアイリスが笑みを浮かべながらそう声をかけるが、


「いえっ」


 それだけ言ってペコリと一度頭を下げるとその子は足早にその場を走り去ってしまった。

 高い声だった。が、やはり子どもなのでその性別までは分からなかった。


 ――シャイな子だな。


 そんな呑気な感想を素直に抱きながらその背を見送る。

 「さて改めて」、そしてすぐにその背から目を離すとアイリスは改めてランニングの準備に戻ろうとした…のだが、


「?」


 それは本当に偶然だった。

 何となくポケットに手を入れた瞬間にその違和感に気付く。ないのだ、さっきしまったばかりの髪留めが。


「えっ、え!? あれ!?」


 予想外の事態にアイリスに動揺が走る。

 そして、どこかに落としたのかと周囲を見渡すがそんな形跡はない。そもそもさっきからほとんど動いてもいないのだ。落とすこと自体考えられない。


 ――あ。


 そんな中、周囲を見渡したことで別のあることに気付いた。

 ここは王都の端。流石は王都というべきか、馬車乗り場が近くにあることもあり人通りは少なくない。しかしそれでも、――普通に歩いていてあそこまでしっかりと他人にぶつかる程の人ごみではないのだ。


 眼深に被った帽子は、もしや人相を見せないようにするため。

 速やかに走り去ったのは、もしや余計な情報を与えないため。

 そしてぶつかったのは、もしや本命の狙いから目を逸らすため。


 つまりアイリスは、


「スラれた…? 嘘でしょ!?」


 その事実を認識し、愕然とした声を上げる。

 そしてすぐさま先程の子どもが走っていった方向へと目を向けた。

 もうその姿はない。しかし、関係ない。勘違いかもしれない、しかしもしそうでないのなら返してもらう以外の選択肢はない。


「もぉ~!!」


 子どもが走り去ったその方向へと向かい、アイリスは迷いなく駆け出す。

 こうしてアイリスのその後の予定は強制的に決定した。


 ――同時に本来関わるはずの無かった多くの強者の交わる事件の渦中へと、偶然にも彼女は足を踏み入れることとなったのだった。


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