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5章ー2話 「旅立ちの置き土産」


「すまないな、こんな早い時間に尋ねてきてしまって」


「いえいえ、そんな。こちらこそわざわざ立ち寄って頂きすみません」


 会話の舞台はデイジー邸。

 先日の学院襲撃事件の影響でサリスタン国立中央学院は当分の間休校。それの影響でアイリスは二週間ほど前から再びデイジーの家で暮らしていた。

 少し早目の長期休暇の様な状態が今の現状だ。


 だがアイリスが休みといえど当然ながら『中央魔道局』は今日も通常業務が行われており、デイジーは朝早くにすでに家を出ていた。

 そして、アイリスもまた「フラッと王都をランニングでもしようかな」と家から出ようとしていたところで、その来客は唐突にデイジー邸を訪れたのだった。


「しかし、妙な偶然もあったもんだ」


 髭を蓄えた老人がアイリスが淹れたお茶を飲みながらそうどこか感慨深そうに口にする。

 学院で絵を描いていたあの老人だ。初めての邂逅から数回程アイリスは彼の元へと赴き絵の描き方を習っており、そこそこ仲良くもなっていた。

 そんな彼がアイリスの元を訪れたのには二つ理由があった。


 まず一つ目が、


「ええ、まさかお爺さんがセシュリアさんの魔法のお師匠だったなんて驚きです」


「こっちこそ、お嬢ちゃんがあいつに魔法を教わってたなんて夢にも思わなかったよ」


「いや~、つまりお爺さんはあたしの師匠の師匠――大師匠というわけですね」


「絵の師匠でもあり、魔法の大師匠でもあるってか。そりゃまた大層な肩書きだ」


 そんな何気ない話に花を咲かせるため。

 その事実は、あの襲撃の数日後に偶然出会いそこで交わした会話にて判明した。老人がセシュリアの師匠であること、元『魔法星』であること。その二つを知ったときのアイリスの驚きようは中々のものだった。


 茶を飲みながら雑談を続ける二人。

 といっても、話すのはほとんど老人。アイリスは聞き役に徹して、所々「へぇ~」や「なるほど」と相槌を打ってその話に聞き入っていた。

 会った当初は無愛想で口数の少なかった老人も、何度かアイリスに絵を教えていた内に笑顔も見せながら話す回数も増える様になり、今ではまるで孫と話しているかのようなそんな雰囲気さえあった。


 そして十分程話すと、


「じゃあ、あんまり長居してもあれだし…儂はそろそろ旅に行くとするかね」


「えっ、もうですか? ……って、ん? 旅?」


 そう言うと残っていたお茶を飲み干して、老人がゆっくりと腰掛けていたソファから立ち上がった。

 そして、もう一つの目的。それはアイリスに旅立ちを告げるためだった。


 老人はすでに隠居の身。

 しかしその隠居していた場所は、先日の侵攻で絶大なダメージを受けた。つまりあの侵攻で老人は暮らしていた場所を失ったのだ。


 だが、それにより老人はある一大決心をしたのだった。


「ああ。もう人生も終盤、その終盤にして住んでた場所がぶっ壊れちまったんだ。――なら、これを機に旅でもして今まで行ったことの無い場所でも最後に巡ってみようかと思ってな」

 

「ほぉ~、それはまたアグレッシブですね」


「そうだな。あの襲撃のおかげ…って言ったら変な言い方になるが、結果的に長年の憑き物が落ちてちょいと前向きになったってのもある」


「――そうですか。それはなんというか…よかったですね!」


 どこか自嘲と安心の混じったようなそんな笑みを浮かべながら老人が言う。

 その言葉の真意をアイリスは詳しく聞かなかった。軽々しく踏み込んではいけない――何となくそんな予感がしたからだ。

 それに「ああ」と短く答えると、老人は手に持った少々大きめのバックから一枚の紙を取り出した。そして、チラリとアイリスの顔の後ろ辺りへと視線を送った。


「まだつけてるんだな」


「?」


 その言葉に一瞬何を言っているのかわからなかったアイリスだったが、何となく自身の頭に触れると「あー」と納得した様な声をもらした。


「髪留めですか? いやぁ~、これすんごい使いやすくって結構重宝してるんですよ」


 初めて会ったときに老人の固有属性によって造り出され、そのまま貰った髪留め。それに触れながらアイリスがどこか嬉しそうにそう伝える。

 すると老人も「そうか」と小さく笑い、取り出した紙にいつのまにやら握っていたペンを走らせた。

 時間にして一分もかからなかっただろうか、すぐに何かを描き終えて老人が手を止める。その作業をアイリスは黙って見つめていた。

 そして、


「エクストラアーツ」


 老人がサッとその絵を最後に指で撫でる様にして詠唱する。

 続いて響いたのはあのときと同じ小気味の良い、ポンッっという音。そして音と同時に紙から飛び出したそれを「ほいっ」とアイリスは片手でキャッチした。


「それがダメになったら使うといい」


「――おお」


 見るのは二度目のその老人の固有属性にアイリスが歓声を上げる。

 今回生み出されたのは、前回同様の赤い髪留め。しかし前回のものと全く一緒という訳ではないようだ。

 まずその髪留めの周囲がほのかに透ける様な魔力の光で煌めいていた。その上、どこか前回よりも赤い髪留め自体の生地も艶があり高級そうな雰囲気が溢れている。


「なんかこれよりも見た目がグレードアップしてますね。詠唱した呪文の違いからでしょうか?」


 今回老人が詠唱したのは「エクストラアーツ」。

 前回は確か「アーツ」だけだったはずだ。

 文言からみてもおそらく前回の強化版だろう。


 そのアイリスの予想は当たっていた様で、


「ああ、より純度の高い物質を創生する魔法だ」


 と老人が説明した。

 が、説明はそれだけでは終わりではなかったようで「――それと」と付け加える様に、


「エクストラアーツにより具現化された物質は永続性を得るんだ」


 そう言った。


「永続性?」


 いまいちその意味がわからずにアイリスがそう聞き返す。

 

「ああ、お嬢ちゃんが今している髪留めは儂の魔力を預けて具現化したもの。つまり、儂が死ねば具現化は解けてその場で消え去ってしまう。だが今回のは別だ、それ自体が独立した魔力を帯びている。つまり儂が死んでも半永久的に残り続ける髪留めだ」


「へぇ~」


 その説明に感心した様にアイリスが頷く。

 そして、


「――なら、あたしはできる限りこっちの方を使っていたいですね」


 今している髪留めに触れながらそう言った。

 その言葉に込められた意味を理解し、老人が小さく笑みを浮かべる。


「そうだな。もう歳は歳だが身体は健康体だし、まだまだそっちの新しい方の出番は来ないかもな」


 そう言うと老人はペンをバックへと戻した。

 そして


「じゃ、そろそろホントにお暇するよ」


 今度こそその場を後にするために玄関へと足を向けたのだった。


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