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5章ー1話 「華と団子の騎士」


 ――はむはむっ。


 ――もぐもぐっ。


 ――ごっくん。


「うむっ。今日も美味じゃなぁ~」


 王都の中央市街。

 その一角に店を構える老舗団子屋の店先に備え付けられたベンチに座り、一人の若い女性が団子とお茶に舌鼓を打っている。

 しかし、その女性は一般的な国民とは異なる装いをしていた。身に着けているのは白を基調とした気品のある制服、それは王都で住むものであれば誰しもが知る五百年前から王国を守護してきたとある集団の隊服であった。


 『近衛騎士団』。

 元は王族を守護するために設立された騎士団であったが、時代と共にその役目は王族を始めとする王都の守護へと形を変えていた。


 そんな騎士の最高峰たちが集う集団の隊服を、その女性は纏っていた。その上、彼女の着ている隊服は通常の近衛騎士団のものとも少し異なっていた。

 具体的には胸元に”Ⅳ”とその下に一本線の刺繍が施されていた。


 腰に差された煌びやかに輝く華やかな一振りの剣とその隊服を除けば、虫も殺したことが無い様なそんな身分の女性にも見える。団子を食べお茶を飲む仕草にもどことなく気品が漂っている。

 その上、黒に若干の青が混じったかのような艶のある黒髪に大きな黄金色の瞳、スッと通った鼻先に控えめな唇。そして、


「――ふむっ。シェフよ、特別に此方こなたと会話することを許そうではないか」


 自信に溢れた表情とまるで王様のような口調。

 それだけで女性がどれほどまでに目立つ存在であるかは一目瞭然だった。


 しかし、


「…へいへいへーいっと。いい加減、シェフ呼びは止めてくれんかね。俺をそう呼ぶのは世界であんただけだ」


 そんな女性に臆することなく、店主と思しき中年の男性が店の奥から歩いて来てそう声をかけた。

 元からそういう物怖じしない性格、というよりは慣れているといった雰囲気だった。


「うむっ、今日も実に良き団子と茶じゃ。褒めて遣わす」


「…そりゃどうもね」


「日に日に味の質が向上しておるの、その弛まぬ努力は見事というほかあるまい」


「いや、うちは爺さんの代からずっと同じ作り方でやってんだ。そんな日に日に味は変わんねぇよ」


「それは違うな。よいか、そなたは毎日毎日団子を作っている。つまり昨日のそなたよりも今日のそなたの方がより多くの団子を作った経験と積み重ねがあり、技術の練度も僅かながら向上しているはず。ならば昨日の団子と今日の団子どちらが美味びみかは自明の理、幼子でもわかる理屈じゃ。賢者でないのは重々承知しているが、少しはその稚拙な脳で考えてから物を言うものじゃな」


「…確かに積み重ねは大事だな。あんたのその性格に慣れる前の俺だったら今もうブチギレてたかもしれねぇわ」


 その店主の言葉に「野蛮じゃなぁ~…」と呆れたように言いながら、女性は残っていた最後の団子を口へと運んだ。

 そして、お茶をズズズッと飲み干すと「馳走になった」と一言言ってそのままベンチから腰を上げた。


「あら、珍しい。一本だけで行っちまうのかい?」


 そんな女性の姿を見て、店の奥からハキハキとしたそんな声がかかる。

 店主の妻のものだ。


「すまぬな、奥方殿。今日は少々時間のかかりそうな用向きでな。朝からあまり長居はできないのじゃ」


「あら、そうなのかい。…もしかして危険なお仕事なのかい?」


「一介の騎士なれば危険じゃが、此方にとっては容易いものじゃ。まぁ、大して時間もかからなかろう。今日中に片づけて帰りにまた寄らせてもらうとしよう。――ではこれにて失礼する。シェフ、今日も一日しっかりと励むがよい」


「うっせーよ。そっちも気ぃ付けて行ってこい」

「あんまり無理するんじゃないよ。まだ嫁入り前の若い女の子なんだから」


 二人の見送りの声に片手を上げて応えると、彼女は王都の人ごみの中へとその身を投じていった。


「さて」


 少し歩き、女性が隊服のポケットから一枚の紙を取り出す。

 そこには鋭い瞳の一人の男の顔が印刷されていた。


 ――これまでの犠牲者は冒険者四名、傭兵五名、王国兵四名、そして騎士が二名。人斬り、セネバ・ロークリィ。


 その男こそが女性に与えられた任務の標的。

 正式に確認されているだけでプロの戦闘経験者十五人がその凶刃に命を奪われている。しかし、そんな相手を追うというのに女性には怯えや恐怖の様子は一切なかった。

 それは一重に自身の技量に対する絶対的な信頼によるもの。


「どの程度の者か、手並み拝見といこうかの」


 そして、女性はそのまま事前に伝えられた標的の潜伏していると思しきエリアへと真っ直ぐに向かったのだった。


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