2章ー7話 「闇夜の密談」
その人影はそのままアイリスの方へテクテクと歩いてきた。
だんだんとアイリス達が魚を焼く際に用いた小さな焚火がその輪郭を照らしていく。
身長はアイリスより大きめ、170センチはあるだろうか。
黒いマントを羽織っているがその上からでも胸の起伏が見て取れ、声も明らかに男性とは思えないことから、アイリスはこの目の前の人物が女性であると判断する。
百パーセントの確信を持てない理由はその顔がお面で覆われていたためだ。しかも、お面の顔は何故か厳つい顔の男だった。
「はぁー、でも正直ばれるとは思わなかったよ。地味にショック…」
女?は心なしかしょんぼりした様子でそう言うと、何のためらいもなくアイリスの近くに腰かけた。アイリスの主観だが敵意は全く感じられない。
「えーっと、まあシャーリーには全くばれてないから大丈夫だよ。――で、あなたは何者なの?」
お面の顔とのギャップに少しギョッとするアイリスだったが、相手のペースに合わせるように平静を保って返す。
女はその質問にむぅーっと唸りながら顎に手を当てる。
「…あー、これ言っていいのかな? でもばれちゃったものは仕方ないかな、…うん仕方ないな」
そう独りでに納得すると、
「だいたいアイリスちゃんの予想通りだよ、常に見守ってて危険があれば助けるって感じかな。馬車に乗ってる時が一番大変だったかな。私の魔力でジャミングして魔物に見つからないようにしてたの。盗賊の時もアイリスちゃんが偶然現れなかったら、私がこっそり始末するところだったよ。いやーでも正直シャーリー様にはまいっちゃうよ。私の主が気づかなかったら本当に危なかったね! …あっ、アイリスちゃんって呼んで大丈夫だった?」
女が堰が切れたようにしゃべりだした。
呆気にとられたアイリスはとりあえず最後の質問にだけ「…あっ、はい大丈夫です」と答える。勢いに圧倒されつい敬語になっていた。
そんな様子を見て女はハッとして恥ずかしそうに頭をかく。
「あっ、ごめんごめん。この一週間ずっとシャーリー様を影から一人で護衛してたわけだからあんまり人としゃべる機会が無くてつい…」
焦る女に調子を狂わされるアイリス。しかし、同時に目の前の人物が悪い奴ではないとなんとなく確信できた。
「それはご苦労様でした。というかシャーリーのことシャーリー様って…やっぱりかなり偉いの?」
「かなり偉いよ。それはもうすっごく」
すっごく偉いどころではなく王族なのだが、女はそれは言わないでおいた。
それを聞いたアイリスは「へぇー」と感心したような声を上げる。そんな、アイリスにふと関係ないある疑問が過ぎる。
「そういえばあなた夕飯は食べたの?」
「いえ、これから食べようとしてる時に水魔法をぶつけられました」
「えぇ!? ご、ごめん! 大丈夫だった?」
「いやいや、冗談だよ、冗談! ごめん、そんなに申し訳なさそうな顔しないで!」
女の返答にアイリスは一瞬で顔を青くし、頭を下げた。その反応は予想外だったのか軽くからかおうとした女も焦り、アイリスの肩を掴んで謝る。
この二人は似た者同士なのかもしれない。
「でも、まだ食べてないのは本当でしょ。はいこれ」
そう言うとアイリスはアイリスは布袋から巻物を取り出すと、下ごしらえを終えた魚を転移させた。
明日の朝にでも食べようと考え、余っている巻物にあらかじめ入れておいたのだ。ちなみに転移空間の中では劣化は起こらない。
「…木の上からも見てて思ったけど、アイリスちゃんがやけにたくさん持ってるこれ、結構貴重品よね?」
「うん、あたしの親父が旅に出るときに、『持ってけ』って渡してくれたの」
焚火の周りへ串の付いた魚をさすアイリス。おそらくすぐ焼けるだろう。
それを見ていた女もマントの中からあるものを取り出し、
「アイリスちゃんは優しいね。私の同僚のお嫁さんになって欲しいくらいだよ。――はいこれ、私もあげる」
ヒョイっと女から投げられたものをキャッチするアイリス。
それは甘くおいしそうな匂いのする焼き菓子だった。
「それは私の同僚の女の子作のお菓子。フフッ、味は保証するよ」
いきなり渡された菓子に少しだけ湧く疑心。
「…話を聞く限りではあなたは、シャーリーに仕えてるわけじゃないんでしょ。誰に仕えてるの?」
すこし警戒を抱いているような声。それに対して女はあっけらかんとした様子で焼いている魚を見ながら答えた。
「うーんとね、シャーリー様の身内…って答えでいいかな。シャーリー様が王都から出ていくことを知って、心配した私の主が大急ぎで私と同僚の所まで来て『すまないが、だれかシャーリーにばれないように付いてってくれないか』ってお願いしてきたの。それで、私が行くことになったってわけ」
「ん? お願い、命令じゃなくて?」
「うん、私たちは命令を受けたことは一度もないよ。――本当に誰よりも優しい人なの、だから私の主に惹かれて色々と協力してくれる人もいっぱいいるのよ」
お面をかぶってるのでその表情はうかがい知れない。しかし、アイリスにはその言葉から女の主への忠誠心の高さが感じ取れた。
すると、魚が焼けたようで女は串をとる。そして食べられるように仮面を口の所までずらした。
瑞々しい唇とすらっとした頬の輪郭。それだけで女が美人であることがなんとなくわかる。
「うん、やっぱりあったかい夕飯は美味しいね」
女の口元が緩む。
「アイリスちゃんも食べなよ。…あっ、もしかして毒とか心配してる、毒見しようか?」
「いや、大丈夫。心配してないよ」
アイリスがその焼き菓子を頬張る。
焼き加減もよく、味もほんのり口に広がる上品な甘さ。正直今まで食べた菓子の中で一番かもしれない、とアイリスは思う。そして、
「これ凄い美味しいね!」
「でしょ!」
そんな純粋なそして、最高の評価を口にした。
女もまるで自分のことのように胸を張ってそう答えたのだった。
「あー、食べた食べた。ごちそうさま」
魚をもう一匹追加し、二匹食べ終えた女はそう言ってお腹をさすった。
その様子を見てアイリスがくすっと笑う。
「…一応言っとくけど、満腹までは食べてないからね。それじゃ、いざってときに動けないし」
そう言うと女は、立ち上がった。
それと同時にアイリスも立ち上がる。
「また木の上に行くの?」
「うん、周りに高い木がある間はね。あっ、そう言えばアイリスちゃんはこれから王都まで旅するんだよね、くれぐれも私のことは内密にね」
「わかってるよ」
そう言うと「じゃあね」と手を振り、闇に消えようとする女。しかし、何かを思い出したのか再びアイリスのもとへ戻ってくる。
「そう言えば明日にはこの森林抜けるんでしょ?」
問いというよりは確認。もちろん、女はアイリスが「うん」と答えるものだと思っていた。
そして、
「うん、」
とアイリスは答える。それを見て安心して女が踵を返そうとする。
しかし、アイリスの言葉はこれで終わりではなかった。
その続く言葉に女は驚愕する。
「――とりあえず、明日盗賊団つぶしてからここを抜けることにするよ」




