2章ー4話 「実感する五年間」
「お、勇ましいねー」
シャーリーを守るように立ちはだかるアイリスに向かって三人の先頭に立つ男が嘲笑交じりに囃し立てる。
後ろに控える二人もニヤニヤとこちらを見て笑っている。
その様子に嫌悪感が増し、ムッとするアイリス。
そんなアイリスの様子を無視し、男は言葉を続ける。
「でも怪我したくなかったらおとなしくしといたほうが身のためだぜ。悪いようにはしねーよ。ま、家には帰れねーけどな」
下卑た笑みを浮かべる男たち。そして、自分の後ろで震える少女。
その様子を見てアイリスはフーッと一つ息を吐く。そして、
「―ちょっと掴まってなね」
そう囁くと両手でヒョイっとシャーリーを抱える。自然とお姫様抱っこのような形になっていた。
「ひゃわっ!?」
いきなりの出来事に可愛い声を出して驚くシャーリー。
しかし、すぐさまその恰好のまま指示通りにギュッとアイリスにしがみ付いた。
それを確認したアイリスは、道からシャーリーと男たちが出てきた方向と逆の森林へ草木をかき分けて飛び込んだ。
「え、きゃっ!?」
再び驚き声を出すシャーリー。
男たちにもこのアイリスの行動は予想外だったらしく、「クソが!」と汚い言葉を吐くとそのまま追ってくる。
道を外れた森林の中は草木が生え茂り、地面は木の根っこや石がそこらにありアイリスにとっては初めて体感する場所だった。
「ほいほい、ほいっと」
しかしそんなことはお構いなしに足場をしっかり見つけ、せり出している木の枝や葉っぱを避けながらアイリスは突き進む。
そしてそのまま進んでいると草木が少なく、今までの場所より開けたエリアに着いた。ここでアイリスは立ち止まり、背後を振り返る。
男たちはこの森林を住処にしているだけあってかしっかり後ろに付いて来ていた。
そして、アイリスが止まったのを確認するとフッと笑う。
「いきなりその嬢ちゃん抱っこして逃げ出したのにはちょっと驚いたけど、諦めるのが結構早いじゃねーか」
そう言う男の言葉には油断と余裕が表れていた。
しかし、その様子に一切目もくれずに「よいしょ」とゆっくりシャーリーを地面に降ろす。
その態度に男たちは段々と苛立ちを見せる。
「―おい、金髪。おまえ自分の立場わかってんのか。俺らが怖くてここまで逃げてきたんだろうが、あぁ!」
その様子にアイリスはハァーっとため息を吐く。
その深緋の瞳が男たちを捉える。
「あのさ、あんな道の真ん中で戦えるわけないでしょ。他の人が通ったら邪魔になっちゃうじゃない。だからここみたいな開けた場所まで移動して来たの」
アイリスの言葉に男たちが絶句する。
それはシャーリーも同じで驚き顔でアイリスを見上げる。その顔には焦りが全くなかった。
何故かアイリスの顔を見ることでシャーリーの心の安心感が増す。
「ハッ、なるほどな、やる気なんだ。二人そろえてボスの所まで連れてくつもりだったがやめだ。てめぇはこの場所で俺らに逆らったことを心から後悔させてやる」
先頭の男が憎々しげにそう言い放つと顎で合図をする。それにより後ろの二人がアイリスとシャーリーを囲むように展開した。
そしてそれぞれがアイリスに向かって腰のサーベルを抜く。
「ったく、よくしゃべるやつらだな」
アイリスの口調が鋭くなり、そして男たちに敵意が向く。
「三対二、いや三対一だぜ。謝るならちょーっとだけ罰を軽くしてやるぜ」
ケタケタと笑う男たち。心配そうにしているシャーリー。
しかし、それらの周りの反応を全てを無に帰すように静かな、しかしよく通る声でアイリスは呟く。
「『フォルアクリス』」
体から魔力が溢れ出し、アイリスを中心にリングのような水の塊が出現する。
そしてそれは流動し形を変え、三つの水球になる。
男たちがギョッとし、その双眸から余裕が消える。
「―いけ」
アイリスの合図と同時に三つの水球それぞれが男たちに向かって射出される。そして、それと同時にアイリスは右手で腰の木剣に手をかけた。
多対一はアイリスにとって初めての経験であったため、実は少し不安もあった。そのため、アイリスは水球を射出する速さを普段打っている早さよりも若干遅めにし、それで体勢が崩れた男たちを一人ずつ確実に木剣で仕留める作戦に出た。
しかし、次の瞬間アイリスの予想外のことが起こる。
「ぎゃっ!?」「ぐはっ!?」「ごほっ!?」
三つの水球すべてが男たちにそのまま直撃して、そのまま後ろに倒れたのだ。
「……え?」
右手に木剣を構えたままで、呆気にとられるアイリス。そのまま倒す標的がいなくなったため構えた木剣は手持無沙汰に。
一応念のため先頭で小物くさいセリフを散々吐いていた男の所へ近づいて、その顔を覗き込む。
「…完全にのびてる」
男たちのあまりのあっけなさに戸惑うアイリス。
しかし、この光景は当然のことでもあった。
アイリスが五年間の修行中に戦い方を知ったのは、3人。
この国の最強の称号を持つ一人であるグリシラ。そして、その最強に片足を踏み入れかけたシオン。
そのうえ魔法を習ったのはグリシラと同じく最強の称号を持つ一人であるセシュリアだ。
この三人の怪物を知るアイリスにとって、ただの盗賊など相手になるはずもなかった。
アイリスは改めて自分がこの五年間どれだけ濃い日々を送って来たか実感した。
そして後ろを振り返るとシャーリーがそのアイリスの姿を、いつの間にか羨望を含んだ眼差しで見つめていた。
頭を切り替え、地面に座るシャーリーのもとへ歩いていくアイリス。
「あー、服がちょっと破れちゃってるね。怪我はしてない?」
男たちへの口調とは打って変わってその口調はとても柔らかい。
その態度にハッっとするとシャーリーは立ち上がり、しっかりと礼儀正しく頭を下げる。
「はい、怪我は大丈夫です。危ないところを助けていただき本当にありがとうございます」
「いやいや、そんなにかしこまらなくていいよ」
アイリスが苦笑いで応じる。
「いえ、見ず知らずの方を危ない場面に巻き込んで、そのうえ助けていただいたのです。これくらいは当たり前のことです。それにしてもお強いんですね」
「………」
「…えっと、あの―」
アイリスの返答がなく困惑するように言葉に詰まるシャーリー。しかし、すぐにアイリスはハッとして、
「あっ、ごめん、ちょっとボケッとしてた。でもホントに気にしないでいいよ。それにあたしが強いっていうよりこいつらが弱すぎただけだと思うしね」
木剣でのびている三人を指すアイリス。
これはアイリスの本心なのだがシャーリーは謙遜と受け取ったようで、手をギュッと握りしめて、
「いえ、私とそこまで歳も変わらないのに中級魔術を扱えるなんてあそこまで…凄いです。とてもお強いですよ!」
「そ、そうかな。ありがとね」
シャーリーの熱意の籠った言葉に圧倒されるが、少し嬉しそうなアイリス。
シャーリーはその様子を見て、自分のガツガツした行動を少し恥ずかしがり顔を朱に染める。そして、すぐにあることに気づき、慌てながら、
「ああ! すみません、助けていただいたのにまだ名前も名乗っていませんでした。私はシャーリー・クランセン、一人旅をしています。よろしければ貴女様の名前も教えていただけませんか?」
この旅の最中―といってもまだ一週間だがシャーリーは姓は母の旧姓を名乗っていた。もちろん王族だということがばれないために。
ちなみにシャーリーという名前はかなりポピュラーな名前のためそのままだ。
命を救ってもらった相手に偽名を名乗ることに抵抗はあったが、シャーリーはそう名乗った。そして、
「…うん。あたしはアイリス・リーヴァイン。奇遇だね、こっちも一人旅の最中なんだ、よろしくね」
目の前のアイリスはそう言ってカラッと笑い、シャーリーに手を差し出した。
その手をシャーリーは少し恥ずかしがりながら掴んで、
「はい、よろしくおねがいします」
数分前の絶望していた状況からは考えられないような笑顔で、ニコッと笑った。




