2章ー3話 「金髪の冒険者と銀髪の王女様」
今から一週間前の夜。シャーリー・サリスタンは王城から出て、そのまま王都を飛び出した。
父―つまり今のサリスタン王国国王に外出の許可はもらっていた。しかし、シャーリーは夕飯後に父の部屋へと赴き、許可をもらってからすぐに王城を出た。
荷物はあらかじめ準備しており、すぐに出発できる手はずを整えていたのだ。
もちろんこうしたのには理由がある。
第一に父には詳しいことは言わず見聞を広めるための外出という名目で許可をとっている。そのため、父は護衛を伴いながら、十分安全に配慮してシャーリーが少しの間旅をすると思い込んでいるのだろう。
それにもう一つは、このことを父以外に知らせるつもりは無かったからだ。母は心配性なため王都の外に出るとなると止めに入る可能性が十分に考えられた。
母には悪いが、明日の朝にでも父から王都の外へ旅に出たと事後報告してもらうしかない。
なんとしてもばれることなく、許可が出ているという合法のもとシャーリーは外の世界へ出てみる必要があった。
そのため夜の庭でミレンに遭遇したことはシャーリーにとって一番の誤算だった。
なんとかそのまま王城の外に出ることは出来たが、ミレンがこのことを黙っている保証はないと外を歩いている最中に思い直す。
シャーリーはそのまま王都に一泊せず、空いている馬車があれば馬車を使いその日のうちに外へ出ることにした。
馬車乗り場の場所は以前に王城で働く者からさりげなく聞いていたので迷わずたどり着けた。
馬車乗り場は夜ということもあり、ほとんど人がいなかった。しかし、運よくシャーリーは女性の御者の運転する馬車を見つけることができた。
最初は高価な衣類に腰に差した剣、身元がばれないように眼深に被ったフードを見てその御者は不審そうな目で見てきたが、シャーリーが布袋に入れた大量の金貨を見せると目の色を変えて出発準備に取り掛かった。
この金貨は今までのシャーリーの貯金だ。父は子ども達に甘くお小遣いが月にたんまり渡されていた。しかし、どうもシャーリーは物欲が薄くそのお小遣いは貯まっていく一方だった。
御者に前金を渡して行先を指定する。
シャーリーが指定したのは、シャンゼンの街。王都から徒歩で一月ほどの街で馬車でなら一週間ほどだろうか。
御者はかなりの遠さに一瞬渋い顔をしたものの最後には頷き、荷台にシャーリーを乗せて走り出した。
*****――
「ハァ…ハァ。ハァ…ハァ…」
息を切らしながらも、足は止めない。いや、止めることはできない。
心臓の音が走りながらでもよく聞こえる。
そして、背後からは足音が迫ってきていた。追いつかれてつかまった後のことなど考えたくもなかった。
こんな状況に陥ったのは、自分の過失そして油断が起因してるのだから自分でなんとかするしかない。それは、昨日のこと――
シャーリーを乗せた馬車は滞りなく進み、シャンゼンの前の街――水遊都市アクリエルまで来ていた。
ここまで一緒に行動しわかったことだが、スーリンと名乗った女御者は意外と面倒見がよく、シャーリーに行く町々で名産品などを紹介してくれた。
しかし、アクリエルまで到着した時スーリンの口から飛び出したのは予想外の言葉だった。
「…申し訳ないけど、ここまでにしてくれないかい」
その言葉にシャーリーの表情が困惑に染まる。そして、その理由を説明するようにスーリンは言葉を続ける。
「ここから、シャンゼンまでの行くには大きな森林を抜けなきゃならない。来る途中途中で情報収集してみたけどどうやら盗賊の住処になってるらしい。それにあんたも知ってるだろうけど最近は魔物の出現率も上がってる」
「で、でもここに来るまで一回も襲われてないじゃないですか」
「ああ、アタシも驚いた。何回か大急ぎで逃げることになるのは覚悟してたしね。でもこれまでの道中、魔物に一回も襲われなかったのは奇跡に近い。君も別にどうしてもシャンゼンまで行きたいわけじゃねーんでしょ。あの森林へは近づかない方がいい。あっ、もちろん代金は減らしていいよ、依頼は完遂できなかったわけだしね」
そこまで言うとスーリンは話はここで終わりとばかりにそう言った。
シャーリーもここまで運んでくれたことは純粋に感謝していたので、これ以上何も言わずスーリンに一礼し、お金を払うとその場を後にした。
「アタシはちょっとの間はこの都市にいるから、帰りたくなったらまた言えよ。帰りはお詫びに格安にしてやるから」
そんなスーリンの気遣う声がシャーリーの耳に届いた。
「すみません、スーリンさん」
一夜明けた朝。シャーリーは悪いと思いながらも忠告を無視し、森林の入口に来ていた。
たしかにどうしてもシャンゼンまで行きたいわけではなかった。しかしここまで来たのだから、と軽い気持ちでシャーリーは一歩を踏み出した。
辺りは草木が生い茂り、確かに盗賊の住処にはもってこいに思えた。
人や馬車の気配はなく、シャーリーが少し不安を感じながら進んでいたそのとき、左手の草木が揺れる。
そして、その中から三人の男が現れた。
男たちはその眼でシャーリーを捉えるとニヤリと唇を歪め、その瞳を好色に染めた。
小汚い服装にボサボサの髪。腰にはサーベルを指している。
その様子を見て、シャーリーは悟る。
――盗賊だ。
その瞬間、恐怖が体を支配し先程までの浅はかな自分を憎む。
「ヘヘッ、こんなところでなにやってんだ、お嬢ちゃん」
三人のリーダー格のような男がシャーリーに話しかける。
その粘り付くような声が本能で生理的嫌悪感を呼び起こす。
シャーリーは一目散に男たちが出てきた方とは反対方向―右手の草木が生え茂るところへ飛び込んだ。
「お嬢ちゃん、逃げられると思ってるのかなー」
背後でそんな声が聞こえ、足音が迫ってきた。
そして、現在に至る。
服が草木に引っ掛かり袖や裾が破ける。転んで顔に泥がつく。
腰の剣に手をかけ、迎え撃とうか。そんな考えが過ぎるが一度も人に向かって剣など振ったことがないため、その考えを放棄する。
「どうしよう……」
その声は震えていた。眼のふちにも涙がたまる。
なんて自分はバカなのだろう。そんな後悔が胸に溜まる。
しかし、そうしている内にも足音は近づいてくる。
目の前に光が見えた。おそらく自分が通っていた道とは違う道に出るのだろう。
そんな考えのもとシャーリーはわずかな希望を持って、その道へと飛び出す。
そこには一人の少女がいた。
年齢は自分より少し上だろう。美しい金髪に深緋色の瞳。腰に差した木剣と服装から冒険者だろうとシャーリーは悟る。
その少女も、心底驚いた様子でシャーリーを見ていた。
驚きすぎな気もするがいきなり草木をかき分け少女が出てきたのだから無理はないかもしれない。
しかしそんなことは今のシャーリーにとっては些細なこと。いきなり降って湧いた希望にシャーリーは瞳に涙を溜めて、
「お、お願いします! 盗賊に追われてるんです、助けてください!」
少女はハッとしたようにシャーリーの顔を見る。
するとすぐさま、背後から先程の盗賊たちが姿を現す。
「おいおい、こりゃいいや。獲物が増えてるじゃねーか」
嬉しそうな声が耳に届く。そして、その言葉を聞いた瞬間シャーリーに先程とは別種の恐怖が生まれる。
もしかしたら、自分のせいでこの少女を巻き込んでしまったのではないだろうか。
相手は男三人。この少女が冒険者だとしても勝てる見込みは薄い。
自分は王女であるのに、守るべき民の一人である少女を危険にさらしてしまっているではないか。
シャーリーの心中が自己嫌悪に支配される。
肩が震える。何をやっているんだ、と自分で自分を責める。
そんな少女の頭をポンポンと金髪の少女――アイリス・リーヴァインは撫でた。
そしてシャーリーの心を安心させるかのようにとても優しい声音で、
「――わかった、あたしに任せなさい」
シャーリーを守るように盗賊たちの前に立ちふさがった。




