2章ー1話 「一人旅の夜」
丘の上の一軒家から少し離れた所にある街、シャンゼン。
その街の中央付近に構える宿の一室にその少女はいた。
先程この宿には着いたばかりで、すでに一泊分の家賃は払っている。少女は腰につけたいくつかの布袋をテーブルの上に置き、腰に差している木剣を外すとそのままベッドに倒れ込んだ。そして、
「……あー! やばい、さびしい…」
室内で一人ぼやいた。
初めての一人旅を始めて2日目の夜。アイリス・リーヴァインは早くもホームシックになっていた。
この五年で改善傾向にはあるが、アイリスは少し人見知りである。そして友達を作るのが苦手だった。
慣れればすぐ話せるようにはなるのだが、孤児院にいたころは初めて話す人とはうまく話せず、どうしても口が悪くなってしまうことがあった。
グリシラと初めて会った時も、生意気な口調で話したが実は内心は少しビクビクしていた。
旅を始めて一日目。つまり昨日は、グリシラとアイリスが初めて昨日まで暮らしていた家へ行く道中で盗賊に襲われた際に一日滞在したあの村に泊まったため村人はみんな優しくしてくれたし、初めて行った時の他にも村へは何度か足を運んでいたため顔見知りも数人いた。
しかし今日は、否今日からは誰も知ってる人のいない場所を一人で進んでいかなくてはならない。
それを考えるとかなり気が滅入っていた。
「…親父何してるかなー」
二日前に分かれたばかりの父親の顔を思い浮かべる。
そして、「うん」と一人決意を新たにして、ベットから立ち上がった。
こんな出発地点からつまずいてはいられない、まずは眼前の問題を解決しなければ。それは、
「お腹すいた」
アイリスのお腹がぐーっと可愛らしい音を出した。
部屋を出て、階段を降りる。
外食は五年の間でそれほど、多かったわけでもなく少なかったわけでもない。
食料や衣類の買い出しの際にするくらいだった。
その際はグリシラが適当な目についた店を提案し、アイリスもそれに頷くといった感じだった。
しかし、今はその時とは状況が違う。アイリスの初めての一人外食の幕が開けようとしていた。
正直、食事する店にこだわりはなかった。そのためグリシラ同様に目についた店に適当に入ろうと考え宿を出る。
そして、来るときは気づかなかったが宿の前には路地を挟んで二つの飲食店があった。
片方は酒場を兼ねているのか冒険者、傭兵と思しき武器を持った者が出入りしている。
片方はおしゃれな店の雰囲気を纏っており、身だしなみの整っている心なしか裕福そうな人物が出入りをしていた。
「うーん」と顎に手を当て悩んだ末、アイリスは選んだ店のドアを開けた。
「いらしゃ…い?」
ひげを蓄えた店主の声が店に響くが途中で疑問を含んだような声になる。
店の客たちも少女が一人で入ってきたのを見て物珍しそうな顔でアイリスを見る。
注目を浴びているアイリスもどこか落ち着かない様子でカウンターまで行き空いている席に着く。
「お嬢ちゃん、冒険者かい? ずいぶん若いな」
「冒険者? あー、一応そうなのかな。うん、そんなところです」
店主の疑問にアイリス自身も少し疑問調で答える。それを見て「ほー」と興味深そうに唸ると店主は「注文は?」と聞いてくる。
「じゃあ甘い飲み物と適当に夕飯になるようなものを。…あっ、お酒じゃないやつで」
慌てて補足するアイリスに店主は「わかってるよ」と笑うとテキパキと料理を始める。
そんな様子を黙って見ているアイリス。色々な席でそれぞれ笑う声が聞こえる。
こういう酒場へは何度かグリシラと来たことがあったためこの雰囲気には慣れていた。
少し時間が経ち、店主が魚と何種類かの野菜を米と共に焼いて味を付けたような焼き飯と柑橘系の果実を絞ったジュースを「おまちどう」とアイリスの前に置いた。
おいしそうな匂いが鼻孔を刺激する。その香りに誘われアイリスは行儀よく両手を合わせ「いただきます」と感謝を述べて、夕食を食べ始めたのだった。
「なあ、お嬢ちゃん。どっか目的地はあるのか?」
アイリスがほぼ食べ終えた頃、店主はふとアイリスに問いかけた。
「とりあえず王都まで行こうと思ってます。あー、ちょうどよかった、ここからだと徒歩でどれくらいかかりますかね?」
「…王都か。通常なら歩きだとひと月程だ。でもお嬢ちゃん、悪いことは言わねーからやめとけ。死んじまうぞ」
突然の主人の物騒な言葉にアイリスは眉を顰める。
「最近、といってもここら数年だが王国の魔物の出現率が跳ね上がってる。もちろん王都へと行く道もそうだ。その影響で冒険者や傭兵は賑わってるがな」
「…魔物ですか」
アイリスがジュースを飲みながら相槌を打って答える。
「ああ、それにもちろんだが盗賊も出る。お嬢ちゃんみたいな若くて可愛い子はいい標的だぞ」
店主の顔から本気で心配しているのがアイリスにもわかった。
そして見ず知らずの自分をこれだけ心配してくれるこの髭の店主は善人なんだと思う。
「護衛を雇って、馬車で行くのが一番安全だ」
そう忠告する店主だったが、アイリスは空になった皿を前に手を合わせ「ごちそうさまでした」と呟き、
「美味しかったです。あとお気遣い感謝します。でも、心配無用ですよ。あたしの親父曰く、あたし結構強いらしいんで」
そう言うと代金を店主に渡し、アイリスが席から立ち上がり店から出ていく。
その背中をポカンとした顔で店主は見送った。
「ひと月かー」
店を出たアイリスは一人つぶやく。
店主の言うように馬車を雇えば期間は短く済むが、出来るだけ出費は抑えたかったし歩くこと自体も好きだった。
グリシラから結構な量のお金は渡されているがそれも何かあったときのために節約するつもりだ。
「それに魔物…。やっぱ昔に親父の言ってた通り、酒場で結構重要な情報が得られたな」
アイリスがこれまで魔物を見たのは一回だけ。グリシラと馬車に乗っていた時だ。
正直強さは分からないが全力で戦えば何とかなるだろう、そんなことを思いながらアイリスはすぐ前の宿へと戻った。
部屋まで行き、再びベットに倒れる。
「むー、でもやっぱり、一人だとちょっとさびしいな。話し相手欲しい」
再びそんな愚痴を言いながらアイリスはベットでゴロゴロする。
五年間ほぼグリシラと一緒に行動していたため、やはりあまり一人には慣れない。
「偶然、王都まで一緒に行くやつとかに出会わないかな~。出来れば同世代で~。もっと贅沢言えば同性で~」
暇すぎてセシュリアの話し方のまねをするアイリス。
ごろごろしてると不意に睡魔が遅い、そのままぐっすりと眠ってしまった。
――しかし、このアイリスの願いは翌日思わぬ形で叶うことになる。




