1章ー幕間1 「王族の血を引く者達」
これはアイリスが一人旅立つ一週間前の出来事。
場所はサリスタン王国王都の中心に位置する王族たちが暮らす王城。
夜、その静まり返った広い庭でこそこそと怪しく動く影があった。
年のころは13歳くらいだろう。背はあまり高くなく、体の線も細い少女だ。
銀髪の長い髪に碧眼。その顔立ちにはどこか気品が漂っており、身に着けている衣類も高級そうなものばかりだ。
しかし、その見た目とは不釣り合いな一本の剣を少女は腰に差していた。
体力があまりないらしい少女は、今も「ハァ、ハァ」と息を切らせながら走っている。
夜の王城の庭でこそこそ人目を気にしながら動く少女は泥棒に見えなくもないが、少女の向かっている方向は王城とは逆方向の外へ出るための門だった。
その顔には心なしか焦りの色が見てとれる。
少女はなんとか門までたどり着いた。息も絶え絶えな少女だが門を目に映し安堵の顔を浮かべる。
しかし、
「――何をしてるんだ。シャーリ―」
「っ!?」
突然背後から声がかかる。夜の暗闇ということもあり、少女は心臓が止まるほどの衝撃を受ける。
そしてその声は少女のよく知る、そして心から軽蔑している人物の声だった。
振り返る少女。そしてそこには頭に思い描いた通りの人物が立っていた。
年齢は18歳くらいだろう。耳を隠す程度の長さの金髪、紅に輝く瞳。整った顔立ちをしているのだが、浮ついてるような瞳と傲慢さが溢れ出しているその顔を少女は嫌っていた。
「――余は剣なぞ持ってこんな夜更けに何をしているかと聞いているんだ。シャーリー・サリスタン第二王女」
少女――シャーリーが黙っているせいか少し不機嫌そうな声音で男は再び尋ねる。
この威圧するようなしゃべり方もシャーリーは嫌っていた。
「いえ、これから少しの間、力を付けるため王都の外へ出ようと思ってさっそく行動に移していた次第です。ミレン兄様」
「…ほう。しかし、変だなシャーリー。なぜこんな夜更けにわざわざ出る必要がある。明日まで待てばよかろう。もしや無断でそんなことをするつもりか?」
その不遜な返答を不快に思ったのか、ミレンと呼ばれた青年は軽く眉を上げてそんなことを指摘する。
実際その指摘はもっともでシャーリーには何か今ではなくてはいけない理由があるように思えた。
しかし、シャーリーも負けず切り返せる武器があった。
「ミレン兄様の心配には及びません。このことはすでにお父様から許可をいただいております」
「なに!?」
ミレンが驚きの声を上げる。そしてシャーリーにもはっきりと聞こえるくらい大きな舌打ちをした。
これが仮にも一国の王子のすることだろうか、とシャーリーは思う。
そして、そのまま「失礼します」と断って門へ歩いて行こうとする。
「待て」、後ろから静止の声がかかる。
「力を付けるとそう言ったな。…もしやおまえ、次の王位を狙っているのか?」
シャーリーはすぐには言葉が返せなかった。そして、ミレンはそれを肯定と受け取ったようで、
「フフ、ハハハハハッ! 図星か、何を考えているんだ! 次の王は余に決まっているであろう、無駄な努力だ。おとなしく部屋に帰れ」
その笑い声を聞き、シャーリーの心には勿論怒りは湧いた。しかし同時に呆れも湧いていた。
まさかこの兄が未だに王になれる気でいたとは思わなかった。
王都の市街でも自分の悪評が出回ってることを知らないのかもしれない。
「可能性はゼロではありません。もし『選王の儀』が行われれば私にもチャンスはあります。それに備えて準備しておいて悪いことはないはずです。何年後かは分かりませんが私はそのために力を付けます」
「…おまえ、本当に外へ行く気か」
シャーリーの強い決意の籠った言葉に本気で言っていると理解したのか今度はミレンが呆れたような声を出した。そして、豪奢な着物の中から金色の宝石のようなものを出すと、シャーリーに向かって投げる。
シャーリーは反射的にそれを両手でつかんだ。
「余がこの間知り合った女から送られた宝石だ。もし外で懐が苦しくなったら売るがいい。まあ、おまえが本当に王族としての気品を持っているなら、そんなもの売らずに旅が終わった後にでも余に返しに来るがいいさ」
そう言って、ミレンは嫌らしく憎らしくニヤリと笑った。
この王子が夜な夜な多くの女性と密会しているのは有名な噂話だ。そして、どうやらそれは本当だったらしい。シャーリーは衝撃を受ける。
とても気品のある者の行動ではない。
シャーリーは腸が煮えくり返っていた。この場でこの宝石を地面に叩きつけたい衝動に駆られるが、その感情を飲み込み冷静に怒りを鎮める。
ここで怒りにまかせて行動していてはあとでどんな難癖をつけられるかわからない。
それにミレンは第一王妃の子、シャーリーは第三王妃の子。王は三人の妻を平等だと言っているがやはり王城での立場は弱い。
「……ありがとうございます、ミレン兄様」
宝石を衣服の胸ポケットにしまうシャーリーを見て満足げに頷くミレン。
そして何も言う気はないのか、そのままシャーリーに背を向ける。
それを確認し、門まで歩き出す。
門番の衛兵に父からもらった、書状を見せる。
初めは困惑していた衛兵だったが「行ってらっしゃいませ、王女様」と敬礼をした。
夜風が肌を撫でる。しかし、シャーリーは止まるつもりは無かった。
今日はひとまずここから少し離れた王都の宿で一泊しよう、そう決めるシャーリー。そして、
「――待っててね、母さん。私は王になってみせる」
そうひとり呟いた。
そして、門から歩き出すその背中を紅の瞳がじっと見つめていたことにシャーリーは気づかなかった。
「ふざけやがって…!」、怒りを押し殺したような声が王城の庭に響いて、消えた。




