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1章ー19話 「踏み出した一歩」


「おー! メチャクチャ似合ってるじゃねーか」


「そ、そうかな?」


 一夜明けた朝のリビングでグリシラの感嘆の声と恥ずかしがるようなアイリス。

 これから長旅をすることになるため、グリシラが以前からこの日のために店へ発注していたアイリスの戦闘服を先程渡し、今ちょうどアイリスが着替えを終えたところだった。


 戦闘服は黒の上下。

 下は、動きやすい様ふくらはぎ辺りまでの丈のズボン。裾の辺りがキュッと絞ってある。

 上は、七分丈で袖は裾とは反対でゆったりと広がっていて、サイズはアイリスより少し大きめ。前は5つのボタンで留めてあり、腹の辺りで二つに分かれていた。

 そして上下の戦闘服の所々に金色と赤色で刺繍が入っていた。


「それに動きやすいだろ。結構いい素材みたいだしな」


「――おおっ。言われてみれば、たしかに!」 


 その場で体をくるくる回しアイリスがそれを実感する。

 

「あと、魔術加工もしてあるからちょっとやそっとじゃ破けたりしないし、もちろん汚れないぜ」


「それさらっと言ってるけど凄いことだよね!?」


「気にすんな、それくらい安いもんだ」


「うん、ありがと。大事にするね!」


 感心した後に、嬉しそうにお礼を言うアイリス。それを見て自然と頭を撫でるグリシラ。そして、

 

「じゃあ、そろそろ馬車に色々詰め込むから手伝ってくれ」


「りょーかい」


 二人の別れの時間はすぐそこまで迫っていた。



「つーか、これ全部孤児院まで送るのか?」


「うん、ここにある本は全部あそこになかった本だしね。喜ぶ子もいるだろうし」


 空に目を向けて笑うアイリス。

 今、二人はアイリスの本の数々を馬車まで運んでいる。この五年間でちょくちょく数も増えていき今ではそこそこな数になっていた。

 そんな様子を見て感慨深そうにグリシラは顎に手を当て、


「…いやーホントいい子に育ったな、アイリス。最初に会ったときは口がメチャクチャ悪かったのに」


「今になってそこほじくり返す!? …あれはいきなり現れた不審者丸出しの親父が悪いでしょ!」


「ハハッ、わるいわるい。冗談だ」


 過去を思い出し赤くなるアイリスを面白そうに見ながらグリシラの視線はふと自分の持っていた本に向いた。

 その本の表紙には見覚えがある。


「『英雄たちと魔神』か。つーか、なんでこんな有名な本も俺らの孤児院には置いてなかったんだろうな」


 それは王国設立から50年程経って発売された絵本で、今でも受け継がれて多くの人々に読まれている。 

 内容は500年前の初代五勇星と魔神との戦いを描いたもので、小さい子どもにもわかるように戦いの内容と初代五勇星の関係性が簡単に描かれている。


「まあ、別に孤児院の本の量も多いわけじゃないからね。仕方ないんじゃないかな」


「そんなもんか」


 話しながら歩いているとすぐに馬車の前に着いた。そしてこれが最後の運ぶ荷物だった。


「…これから親父は孤児院まで行くんだよね。その後はどうするの?」


「荷物全部届けたら南部の戦線だな。復帰するって連絡を出したらいきなり要請があったんだ。まったく人気者は辛いぜ」


「そっか…。絶対死なないでね」


「死なねえよ」

 

 そこまで言ったところでアイリスがグリシラにガバッと抱き着いてきた。

 いきなりの出来事に驚くグリシラだったが、そのまま動かず、顔をうずめるアイリスを見てそっと頭を撫でた。


「よし、これでもう一人で大丈夫」


 少し時間が経つとアイリスはそっと離れる。

 その様子に首を傾げるグリシラ。しかし、なにか吹っ切れた顔のアイリスを見て「おう」と笑って見せる。


「つーか、俺は自分のことよりお前のことの方が1000倍心配だ。ちゃんと巻物とか必要なもの持ったか?」


「大丈夫、問題ないよ」


 そう言ってアイリスはグリシラからもらったお揃いの腰の後ろにつけた布袋から魔剣の転移術式が書かれた巻物を取り出す。


「よし。でもまあ、おまえが魔剣使うほど手ごわい奴はそうそういないだろうけどな」


「そうかな? …あっ! 一個お願いがあるんだけど、いいかな?」


 唐突に何かを思い出したように声を上げ、そんなことを口にするアイリス。切実な願いであることが見て取れた。


「ん、なんだ。なんでもいいぞ」


「じゃあさ、親父の木剣ちょうだい」


「ん? 木剣…あー、なるほどな」


 予想外の願いに一瞬ポカンとしたグリシラだったが、昨日の打ち合いで自分が砕いてしまったことを思い出す。

 そして、すぐさま腰の布袋から一本の巻物を取り出すと「ほい」っとアイリスに投げ渡す。

 それをアイリスは空中で起動させ、木剣を取り出すと何度か振り頷くと、戦闘服の腰にその木剣を差した。


「うん、しっくりくる。ありがと」


「喜んでくれて嬉しいんだけど、なんなら町で新品買ったらどうだ?」


「これでいいよ。…いや、これがいいのかな」


「…そっか」


 アイリスの様子を見てグリシラは頷く。そしてポケットから一枚の紙を取り出した。


「まずは王都まで行くんだろ、これ持ってきな」


 差し出された紙を受け取るアイリス。

 そこには2つの住所が書かれていた。


「王都までついて何か困ったことがあったらどっちかに頼れ。上に書いてあるのがこの家をくれたボンボン。で、下に書いてあるのが俺らと同じ出身のやつだ、生真面目なやつだけど年下の面倒見がいいから頼るならこっちがおすすめだ」


 同じ出身。それが何を意味するかはアイリスにもわかった。

 その人物もあの孤児院で育ち、そして今は王都で暮らしているのだろうと。

 そしておそらくその人物も自分たちと同じリーヴァインという姓だと。


「うん、わかった」


 納得して頷く。そして、

 それを確認したグリシラは右手を上げる。一瞬首を傾げたがアイリスもそれに右手を上げた。


「――じゃあ、ひとまずのお別れだ。気を付けて行けよ、アイリス」


「――うん、そっちこそ戦場で油断とかして怪我しないでね」


 パチンと掌がぶつかり合う音が響き、それが別れの挨拶だった。



「ふー、行っちゃった」


 家の前で一人馬車を見送ったアイリスが呟く。

 最寄りの町まで送っていくと散々グリシラに言われたが、この家の前から一人で行く道を選んだ。

 そもそも王都と孤児院では方向が違う。


 憎いくらいに照っている快晴だった。

 5年前に無理やり立とうとしたスタートライン。

 そこに少女はしっかりと手順を踏んで今立った。


「よし、ここからだ。やるぞ、あたしは」


 少女は歩みだす。世界を知るために、世界を変えるために。


 ――やがて英雄へと至る少女の始めの一歩が踏み出された。

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