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1章ー18話 「育まれた絆」


 屋上には木剣がぶつかり合う音が響いていた。


 スッと風を斬るように木剣が振るわれる。

 振り終えてから次の攻撃への繋ぎも流れるようで、さらに一撃一撃の剣の重みもはるかに増している。

 アイリスの剣は五年前とは雲泥の差だった。


 あの時は才能だけで振るっていた剣が、そこに剣技と腕力が加えられることで今は剣術へと昇華していた。

 その成長を間近で見てきたグリシラは打ち合いの最中であるが、ふと笑みがこぼれる。


「隙あり!」


「おっと」


 右下から打ち上げるような鋭い一撃が振るわれるが寸前で右手の木剣を打ち付けて止める。

 これも前ならばただ剣を受け止めるだけでよかったが、今はこちらも力を込めなければもっていかれてしまいそうになる。


「真剣勝負中に笑うとか余裕だね、親父」


 口を動かしながらも、手を休めることなく剣戟を続けるアイリス。

 その剣を受け止めつつ自分からも攻撃を加えるグリシラ。

 さすがにまだ腕力はグリシラの方が圧倒的に上だが、全ての攻撃をアイリスは受け流すようにして威力を殺しながら立ち回っていた。


「ハハッ、逆だぜ。余裕がなくなってるから笑ってるんだ」


 もちろん、これは稽古であり相手は愛娘だ。実際の敵との戦闘程本気で剣を振っているわけではない。

 しかし全力であるのはまぎれもない事実だ。

 その全力をもってしてもアイリスはグリシラの剣を受け、自分から打ち込み、戦いが成立している。


 おそらく持って生まれた剣の才ならアイリスの方が上だろうとグリシラは思う。

 しかし、父親の意地もある。


「でも、まだ負けるわけにはいかねーな」


 どれくらいの時間が経っただろう、交わった剣の回数は百を超え、なおも一進一退の攻防が繰り広げられていた。

 だが、決着は突然訪れる。


「くっ!」


 グリシラの剣を受けたアイリスが少し威力を流し損ねて怯む。その一瞬の隙を見逃すグリシラではなかった。

 アイリスから見て左前方から木剣が振り降ろされる。

 これで決まるとグリシラは確信した。

 

 しかし次の瞬間、アイリスの木剣が今までより一段と流れるように動いた。一瞬の出来事だった。

 再び木剣が交わる。打ち込んだのはグリシラ。しかし、その瞬間にグリシラの剣の威力が今までにない程に完全に殺さるのがわかった。さらにそこにアイリスの木剣の力が加わる。


 ―――やばい。


 瞬間的にグリシラが悟る。そして、そのまま木剣が弾き飛ばされそうになった瞬間、


 バキッ、という音と共にアイリスの持つ木剣が砕け散った。


 沈黙が屋上を包む。そして、


「…えーと、あれだな。今回は引き分けにしとくか」


 このときアイリスは、初めてグリシラとの剣の勝負で負け以外を経験した。


 

 数分後二人は屋上で並んで寝転がりながら空を見上げていた。

 すっかり暗くなり、空には星が輝いている。


「――アイリス、おまえホントに強くなったよな」


「…でも、結局勝てなかったけどね」


「木剣が砕けるって緊急事態がなかったら俺が負けてたかもしんねーんだぜ、十分過ぎる。最後は焦ったぜ」

 

 グリシラがからりと笑うがアイリスは黙ってしまう。


「なあ、アイリス。お前はもう十分強くなったよ。正直将来的には俺よりも強くなるかもしれない。だからさ、」


「違うよ」


 言葉をアイリスの否定が遮る。

 それの否定を皮切りに、止めようとしても思いが言葉となって漏れ出す。


「本当はそんなの建前でしかない。……あたしは、まだ一緒にいたかっただけなんだ。初めてだったの、こんなに心から楽しいと思えるような毎日は。それがなくなってしまう、もう手に入らなくなっちゃう。それが嫌だったの。ただそれだけ…」


 声は落ち着いており、言葉を言い終えたアイリスの顔はどこかすっきりしていた。


「…なんかダメな娘だよね」


「そんなことねーよ」


 自嘲気味のアイリスの言葉に即座にグリシラは答える。ハッとしてアイリスが横を向くとなぜか楽しそうに笑っているグリシラの顔がそこにあった。

 アイリスが首を傾げると、


「ハハッ、そうかそうか。そんなこと思ってたのね。そりゃ父親冥利に尽きるな。…まあ、正直俺も同じ気持ちだよ、アイリスと過ごした五年間はホントに楽しかった」


 そこまで言って、グリシラは上体を起こす。


「今日で最後だしぶっちゃけるけど、俺は正直おまえのことが可愛くて可愛くて仕方がない。間違いなく世界で一番の娘だと確信してるな」


「えぇ!?」


 突然のグリシラのカミングアウトとべた褒めに顔を赤くするアイリス。まあ、自分の父が親バカと呼ばれる部類に入ることは薄々気づいてはいたのだが…。


「ああ、鼻の穴に入れてもまったく痛くない娘だ」


「…眼でよくない?」


「でもな、」


ここまで言って、グリシラは言葉を区切り真面目な顔をする。


「初めて会ったときに俺に言ったこと、その気持ちはあの頃のままなんだろ」


 それが何を言っているのかはアイリスには当然わかる。

 「世界を変えたい」そんな他愛もない夢を少女は語った。

 そしてそんな他愛もない夢を聞いてグリシラはこの五年間を少女にくれた。


 アイリスは「うん」と決意の籠った光を瞳に宿して首を縦に振る。

 その反応を見て笑い、グリシラは言葉を続ける。


「おまえは強くなった。なら次は世界を見て来い。色んな物を知って、学んで、体験しろ。その先にきっとこの世界を変える何かが見つかる」


 そこまで言ってグリシラは右手でくしゃくしゃとアイリスの金色の髪を撫でる。

 

「だから、ひとまずはお別れだ」


「……また、会える?」


 声が震えていた。

 アイリスの眼が潤んでいた。


「当たり前だろ」


「絶対?」


「絶対だ。だからそれまでにもっと成長して、また俺を驚かせてみろ。なんたって娘の成長は父親の一番の喜びなんだ」


 ニコッと笑うグリシラ。つられてアイリスも泣きそうな顔で無理やり笑って見せる。

 そのまま泣き笑いのような顔でアイリスは頷く。


「うん、わかった。次会う時までに必ず親父を驚かせるくらいもっともっと成長してみせる。そして、」


 言葉を区切り、息を吐く。


「いつかあたしが―――世界を変えてみせるよ」


 決意を新たに瞳を燃やすアイリス。その決意を聞き届けたグリシラ。


 長い様で短かかった、父と娘の絆を育んだ五年間の最後の夜の出来事だった。

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