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1章ー17話 「胸中の思い」


 始めはその日が待ち遠しくてたまらなかった。

 日々剣術や魔法を扱えるようになり、自分自身が強くなっていくのが実感できた。そしてその日を迎えるころには本当に世界を変えるに足る力を自分は得られるのでは、という未来への期待感が胸の大半を占めていた。


 いつからだろう? 

 早くその日を迎えたいという感情とは反対にその日になってほしくないという感情を一緒に胸に抱えるようになったのは。

 

 初めてできた父親という存在。気が付けばその父と一緒に過ごした時間は、自分を捨てた母や孤児院のみんなと過ごした時間よりも長くなっていた。

 そしてその時間と比例するかのように父との日々の生活に愛着が募っていく。

 

 朝起きて一緒にご飯を食べる。午前中は魔剣の稽古をし、午後は五年間ずっと続けている魔法の稽古。そしてそれが終わったらまた二人でご飯を食べ、夜はリビングで話したり、たまに夜釣りに行ったりもする。

 ときどき二人で食料や衣類の買い出しに近くの町まで行ったりもした。

 いつの間にかそんな日々がいつもの日常風景であり、最も大切な世界となっていた。


「…何やってんだろうな、あたし」


 慣れ親しんだ家の屋上で仰向けに寝転がり、夕暮れに染まる空を見上げながらアイリスは一人つぶやく。

 

 その顔つきは少し大人らしさを帯び、体つきも女性らしい起伏が出始めていた。金色の髪はシオンが泊まっていたとき、一緒にお風呂に入った際に『そのままの長さのほうがいいよ』と褒められたため切らずにそのままで頭の後ろで髪留めを使って括っている。


 明日でアイリス・リーヴァインは15歳の誕生日を迎えようとしていた。


*****―――


 この状況に至るまで時間は少し巻き戻る。

 

 明日で約束した15歳になる。そのことはもちろんグリシラもわかっており、今夜は盛大に祝おうかと町まで降りての外食を提案した。

 しかしアイリスはその提案を断り、いつも通りの日替わりのご飯を希望した。今日の当番はグリシラ。この五年間でその濃い味付けにも愛着が湧いてしまっていたのだ。

 

 グリシラもアイリスの気持ちを察してか、特に何も言うことなく張り切って調理に取り掛かりだした。その様子をテーブルに座り、いつも通り眺めているアイリス。

 そんな時に胸中にこの光景を見るのも今日で最後なんだ…という感情が不意に溢れ出した。そこにいままで感じていた感情も加わる。そして、


「…ねぇ、あたしさ、まだまだ全然だめだと思うんだ。魔法ではセシュリアさんに全く及ばないだろうし、剣術でも親父に敵わないよ。魔剣の扱いもまだ完璧じゃないしさ……」


「ん?」


 唐突に自分を卑下しだしたアイリスに困惑顔をするグリシラ。しかし言葉は止まらない。


「…だ、だからさ、ほらあと1、2年くらい一緒に」


 そこまで言ったことでハッとして言葉を止めるアイリス。グリシラも何が言いたかったのか気づいて真剣な顔をする。


「…なぁ、アイリス。おまえはもう――」


「あ、あたし。ご飯出来るまで屋上にいる!」


 そして、何かを言いかけたグリシラの言葉を遮ってアイリスが椅子から立ち上がると、ドタドタと音を立てて屋上へ行ってしまった。

 


 こうして一人屋上にいるアイリスへと繋がる。

 

「あー、めんどくさい娘だな、あたしは」


 起き上がる気にもなれず、そのままゴロゴロと寝転がる。そんなアイリスの目に屋上の入口の壁に立てかけられているものが映り込む。

 木剣だった。

 孤児院の時の習慣でたびたびこの家の屋上でも振っていた。こうすることで頭がすっきりするような気がした。


 アイリスは立ち上がり、そこまで歩き木剣を手に取る。

 昔は重かった木剣が今は軽く感じる。

 屋上の中央まで移動し、両手で持った木剣を頭の上まで持ち上げ一気に振り降ろす。

 シュッと空気を切り裂く音が鳴る。


「ふぅ…」


「――いい太刀筋だな。ハハッ、俺が教えたんだから当然か」


 息を吐くと同時に不意に後ろから声がかかる。声の主は確認するまでもなかった。

 アイリスが振り向くと同じく木剣を持ったグリシラが立っていた。


「屋上で一人木剣を振るうアイリス。後ろから声をかける俺。場所は屋上。時刻は…少し日が短くなって夕暮れだけどこんくらいだっただろ」


「…うん、そんな感じだったね」


 グリシラが懐かしむように空を見上げる。アイリスもグリシラが何を言おうとしているのかがわかった。

 この状況は二人が初めて会ったときと重なる。ならばこの先も。

 自然と剣を握る手に力が入っていた。


「まあ、色々と感じることがあるのは俺も同じだ。それはゆっくり話そうぜ。でもその前に、」


 言葉を区切り、グリシラが木剣を構える。


「最後の稽古をつけてやるよ。おまえのこの5年間の剣を全力で打ち込んでこい」


 ここまで言えば言葉はいらなかった。

 アイリスが踏み込み一気に距離を詰め、横薙ぎに木剣を振る。

 それに合わせて自らも木剣をぶるけるグリシラ。


 ―――パンッ!!


 木剣同士がぶつかる音が屋上に響いた。

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