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1章ー16話 「天命」


「というか俺も驚いたんだけど治癒術って生物以外にも効くんだな」


 模擬戦を終えての家までの帰り道、一番先頭を歩くグリシラがふとつぶやいた。

 実はこれまで聖道院の治癒術をグリシラは何度も見てきたが、先程のシオンのように魔法を治癒術の力で増幅させるようなやり方は初めて見たため内心かなり驚いていた。


「あー、あれね。できるのはたぶん私だけだよ。もしかしたら師匠あたりはできるかもしんないけど」


 シオンが軽く言ったその言葉にグリシラとアイリスは絶句する。


「聖道院の治癒術には結構人それぞれ違いというか特性があるの。例えば、病気にだけメチャクチャ効いたりとか怪我だけにメチャクチャ効いたりとかそんな感じで。で、私の治癒術は万物に作用するって特性があるわけ。だからもちろん他の人みたいに人にも使えるよ」


「でも、ちょっと待て。その話は確かに聞いたことあるけど、そこまで露骨な特性が出るのは聖道院の中でも上位のやつらだろ」


「シオンさんって何者なんですか!?」


 興味津々といった様子の二人にシオンは自慢げに胸を張る。

 ちなみにアイリスは帰る前に自分の火の魔法で衣服を乾かしたため、もう水に濡れてはいない。


「まあ、一応元『聖女』候補だったんだよ。フフン、凄いでしょ」


 かなり得意げで『どう、驚いたでしょ』と言わんばかりのシオン。

 実際にグリシラは本当に驚いており、言葉が出ない様子だ。


「凄いです、シオン姉さん。強いわけですね!」


 対してアイリスは素直に賞賛し、瞳には尊敬の念が浮かんでいる。

 それを見てシオンも「アイリスは可愛いなー」と上機嫌にアイリスの頭を撫でる。


「ん、でも元候補ってことは今は違うんですか?」


「うん、それね。私の後輩でさらに凄い子が出てきちゃったから、今はその子が候補、というかほぼ内定かな」


 そう語るシオンの表情は少しだけ哀愁を含んでいるようにアイリスは感じた。

 しかしそれを問う前にシオンは一瞬でその表情を笑顔に変えて、


「歳はアイリスより少し上くらいで小っちゃくてかわいい女の子だよ。もしかしたらいつかアイリスと会うかもね」


 そう言って再びアイリスの頭をくしゃくしゃと撫でた。


*****―――


 この日の夜。疲れはてたアイリスがすぐ寝てしまい、残された二人はリビングで談笑していた。


「まさか、おまえが『聖女』候補だったとはなー」


「おー、妹の知らない一面を見て胸キュンですかな」


「うっせ、つーかおまえどうやって聖道院に入ったんだ」


 グリシラはこのことがずっと気にかかっていた。おそらくシオンが聖道院に入った時期は10代の後半あたりだろうと容姿から推測ができる。

 グリシラの知る限り聖道院は入るために厳しい条件が存在する。もちろんシオンが自分から直接門をたたき、その条件をクリアした可能性もある。しかしどうもグリシラはこの妹が自分からそんなことをするとは思えなかった。そして案の定、


「それは兄ちゃんでも秘密。約束だから。……でも、兄ちゃんもいつかわかるかもね」


 そんな意味深な言葉で煙に巻かれてしまった。


「…ねぇ兄ちゃん。天命って信じる」


 不意にそんなことをシオンが言い出す。

 いきなりの問いにグリシラが首を傾げるとシオンは返答を待たず言葉を続ける。


「実はね、母さんと相談して私の推薦でアイリスを十歳の誕生日に聖道院へ行かせる予定だったんだ」


「……そうだったのか」


「そうでもしないと兄ちゃんみたいに出て行っちゃいそうな予感がしてたから、私も母さんも。なら安全な聖道院がいいかなって。でもそんな時、いきなり二十年ぶりくらいに現れた兄ちゃんがアイリスを娘にするって言い出したわけだからね。あの時はホント驚いたよ」


「確かに凄い偶然だな。それが天命か…」


「うん、母さんもアイリスは才能を秘めてるって言ってたしね」


 その言葉はグリシラにも聞き覚えがあった。

 アイリスを引き取ると決めた夜に院長から言われたことだ。


「まー、でも天命は置いといても実際にアイリスの才能は花開いたわけだし、兄ちゃんといて幸せそうだし、ホントよかったよ。結果オーライ」


 そう言って笑うシオンの横顔は本当に嬉しそうだった。

 そしてグリシラの目にはその笑い顔が少しだけ記憶の中の昔の風景と重なって見えた。


「おまえ、ババアに似てきたな」


「え、母さんに? そっか…それは嬉しい」


「いや、嬉しいのか?」


「うん。そりゃ嬉しいよ。ずっと育ててくれた人だしね、っと」


 まったく躊躇いなくそう言い放って、シオンは座っていたソファーから立ち上がった。


「んじゃ、私も今日は久しぶりに戦って疲れちゃったから寝るね」


 「うーん」と背筋を伸ばし、自分の部屋へ歩いていくシオン。

 ドアの前まで行ったところでグリシラに向かって振り返る。ニヤニヤしていた。


「一緒に寝る?」


「そうだな。一緒に寝るか」


「えぇっ!!??」


 予想外の返事に混乱と焦りと羞恥が入り交じったような悲鳴を上げて、真っ赤になるシオン。

 さすがにそこまで大きく反応されるとは予想外で言ったグリシラも若干焦る。


「いや冗談だよ」


「――言っていい冗談とだめな冗談があるでしょ」


「ごめんなさい」


 ちょっと予想外のドスの利いた声に思わず丁寧語で謝るグリシラ。そしてそんなグリシラを見てシオンも笑顔になる。


「んじゃね、おやすみ」


「ああ、おやすみ」


 シオンの部屋が閉まり、リビングに一人残されるグリシラ。

 立ち上がり窓から外を眺めると星が一段と輝いて見える。


「――娘に母に妹に、俺は家族に恵まれてるな」


 そんな呟きが口から洩れた。

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