1章ー14話 「聖道を修めし者」
「さー、アイリス! どっからでもかかってきなさい!」
空は快晴。風もほとんど無く過ごしやすい気温の午前中。
よく響き渡るハキハキとした声が魔法の練習の時も使用している平地に聞こえている。
声の主であるシオンは、何故か昨日の寝間着とは少し違う教会で実際に修道女が着ている修道服姿で両手を挙げて構えを取る。
「…えっと、ホントに全力で攻撃して大丈夫ですか?」
対してアイリスはやはり実力未知数であり、孤児院で一時だが一緒に暮らしていたシオンへ攻撃するのは抵抗があるようで少し顔に不安の色が出ている。
木剣は腰に差してあるが、まだ手に取る素振りはない。
昨日シオンの言っていた通り、本来やるはずだった魔剣を使った初めての稽古を中止となってこれからアイリスとシオンの模擬戦が始まろうとしていた。
「まー、実はシオンがどうしようもなく弱くてアイリスの攻撃で危険に陥っても俺が割って入って助ける。だから安心して全力でやっていーぞ」
「おー、それはそれで役得展開。でも、母さんに真面目にやれって言われてるし今回は遠慮するかなー」
グリシラの軽口にシオンが同じく軽口で返す。
そしてその会話を聞くことでアイリスの緊張した空気が緩み、肩の力が抜ける。
もしグリシラの言ったような展開になっても大丈夫という安心感が生まれ、瞳に決意の光が宿る。そして両手を前に突き出し、
「――いきます」
「よしこい! お姉さんが胸を貸してやろう」
お互いが戦いの始まりを認識する。
「『ブラスト』!」
火属性の初級呪文。アイリスの両手から魔力が生まれ、炎の球が出現する。
イメージしたのは最初にセシュリアが見せてくれた火球。そして生まれた手のひらほどの大きさの火球が一直線にシオンへ向かう。
「フフッ。『アクリス』」
対して水属性の初級呪文。シオンは全く焦る様子を見せず詠唱する。
シオンの前方に水の壁が出現し、火球を阻む。
「うん、結構熟練されてるね。もっと色々使っていいよ―っと!」
視界が晴れ、余裕綽々で話しかけたシオンの声が止まる。魔法がぶつかった瞬間にアイリスはシオンに向かって駆け出し距離を詰めていた。
「『アクリス』、『リファル』」
続けざまの詠唱。アイリスの右手から水の槍が左手からは風の槍が三本ずつ出現し、左右からシオンに襲いかかる。
先程よりも距離が近いためシオンへの到達も早い。
「やるー、『フォルアクリス』」
それでもシオンの余裕の笑みは崩れない。シオンの左右前方に先程より大きな二つの水壁が出現する。
その二つがアイリスの魔法とぶつかる。
相殺したと思われたがアイリスの風の槍の一本が水壁を貫通する。
「む、相性不利とはいえ中級を貫通するんだ」
とはいえ衝突でスピード、威力共に落ちている風の槍。シオンはヒョイっと右へジャンプして避ける。
しかしここでシオンの顔が初めて驚きをあらわにする。
アイリスがすでに木剣がすぐ届く範囲まで接近していた。
2回魔力のぶつかり合いがあったとはいえ相当なバネだ。そして、もう一歩踏み込みアイリスが木剣を振るう。
首に木剣を寸止めで終わり、アイリスはそう確信した。
しかし次の瞬間、
――アイリスの目の前からシオンの姿が消え去った。
アイリスの顔が驚きに染まる。遅れて自分の右脇腹の辺りへ向かって足が飛んでくるのを視認する。
一瞬の判断で木剣で右脇腹をガード。衝撃が手に伝わり、アイリスが後ろへ距離をとる。
「やるね、凄い反応速度。一瞬で防御が吉と判断したね」
蹴りを放ったシオンが感心する。その表情は攻撃をくらいそうになった焦りなどは微塵もなかった。
その様子を目にして、眼前にいるシオンは強者であるとアイリスは確信した。
それを見て、二人から少し離れたところで念のためいつでも止めれるように構えていたグリシラは呆れたような顔をする。
「あー、なるほど…。近接でのあの動き。さてはシオンのやつ『聖女』から直々に教わってやがるな……」
アイリスが再びシオンとの距離をとり、木剣を素早く腰に指し直して両手を前に出す。
まだシオンは二回しか魔法を使っていないから確証はない。しかしこの二回の攻撃を防ぐときに使用したのは水魔法だった。しかも相性の悪い風魔法に対しても。
「『リファル』」
先程と同様の風の槍が六つ出現。今度は正面から一直線に射出される。
「『フォルリファル』」
そして風の槍が手元を離れた瞬間に、風の中級魔法を詠唱。今度は形を固定せずそのまま風の塊として前方へ打ち出す。先に放たれた風の槍がさらに加速する。
「ありゃ、これは私の魔法じゃ受けきれないね」
シオンは諦めたように手を下ろす。アイリスの読み通りシオンが実戦で扱えるのは水魔法だけだった。
そして、風の槍とそれを押した風の塊がシオンのいた地点へ激突する。
轟音が鳴り、砂煙が舞う。
「……やっちゃった」
そしてアイリスの頬に冷や汗が流れる。
思いっきり魔力を込めた魔法がシオンに打ち込んでしまった。
「いや、大丈夫! 親父が間に入って防いでくれてるはず」
「自分の魔法をさらに自分の魔法で被せたのか、凄い威力だな」
そんなアイリスに近くに来た呑気なグリシラの声がかかる。アイリスが目をむく。
「何やってんの! シオン姉さんが危険だったら助けに入るんじゃなかったの!?」
「大丈夫、大丈夫。安心しろ」
シオンのことが心配で焦るアイリスだったがグリシラの呑気な声は崩れない。
「――王都には昔から三つの有名な組織があるんだ」
「え?」
いきなり脈絡のないことを言い出したグリシラにアイリスが混乱する。
「一つ目は王都の騎士たちが集まる『近衛騎士団』、二つ目は王都の魔法使いが集まる『中央魔道局』そして三つ目が、」
ここでグリシラが言葉を切り、先程シオンのいた場所に目を向けアイリスもそれに倣う。
段々と砂埃が晴れていく。そこには、汚れひとつない修道服のまま得意げに笑うシオンの姿があった。
そして、その周囲はよく目を凝らさなくては見えないほどの半透明の壁でシオンを守るように覆われている。
その様子を確認し、グリシラは言葉を続ける。
「魔法とは違う聖道って名前の結界術と治癒術の専門家を育成する『聖道院』だ」