1章ー10話 「七色の素養」
「じゃあ説明と見本の見学が終わったところで実際に魔法を撃ってみよ~」
陽気な声でセシュリアが告げる。困惑しつつもアイリスは先程のセシュリアのように、手を前方に向けて呪文を口にしようとする。しかし、そこに静止の声がかかった。
「ちょっと待った。うちのアイリスがお前をはるかに凌ぐ超天才児でさっきよりもでかい火球が出来てしまった場合に空中へ打ち上げられるように、また俺は離れていた方がいいんじゃないか?」
「心配するな親バカ男~。僕の場合、魔法で生み出した炎を球状にコントロールした上で君に向かって放出したんだ、だからどんなに才能に溢れていようといきなりさっきみたいにはならないのだ~」
「なるほど。それと誰が親バカだ、俺は事実を述べただけだが―」
「ちょっと、すんごい恥ずかしいからやめて!」
アイリスが顔を朱に染めながらグリシラの方へ振り向く。
しかし、すぐ気を取り直し集中するため首を振り、フーっと大きく息を吐いて呼吸を整えた。そして、
「『ブラスト』!!」
火属性の初級魔法を大声でしっかりと唱える。アイリスの声が辺りに響く。
変化はすぐに起こった。アイリスの掌のほんの少し先の空中で炎が放出される。範囲は一メートルほど。
そして三秒ほど経つと、その炎は空中で掻き消えた。
空気を沈黙が支配する。
セシュリアはその様子を興味深そうに眺めており、グリシラはポカーンと呆気にとられている。
「……えーっと、これってどんな感じなんですかね?」
そう言って沈黙に耐えかねたアイリスが気まずそうに尋ねる。
その疑問にいち早く反応したのはセシュリアではなくグリシラだった。その顔は驚きから賞賛に移り変わっていた。
「これメチャクチャ凄いぞ! ここだけの話、俺はガキの頃何回かやってみたけど火が出るどころか何の変化もなかったぞ」
「比べる対象が恐ろしく低すぎだ~。でも確かにこれは中々のもん、火の適性は◎だな~」
二人のその反応にアイリスは喜びを露わにし「やった!」と拳を握りしめた。
「んじゃ、次は水いってみよっか~」
火の魔法の適性が見終わったのもつかの間、セシュリアが呑気にそう告げた。
今日中に七属性すべての適性を見るつもりらしいのでアイリスとグリシラもこれに従う。
「まあ正直に言うとあれだけ火属性の素養があれば、それだけ極めてもそこそこレベルの魔法使いにはなれるけど一応全属性調べてみないとね~」
「はい! じゃあいきます」
そう言うと、再びアイリスは息を整えて水属性の初級魔法を頭に浮かべる。
「『アクリス』」
先程、大声で詠唱したのが少し恥ずかしかったのか、今度は呟くようにしかしはっきりと水属性の初級魔法を唱える。
先程と同様変化はすぐに訪れる。瞬間的にアイリスの眼前に大きな水の塊が出現する。そしてその水球はそのまま重力に従い地面に落下する。
「うげっ!?」
必然的に地面に当たり跳ね返った水は一番近くの魔法を撃った本人であるアイリスにかかり、服がびしょ濡れになってしまう。
アイリスが濡れた顔を袖で拭いながら振り返る。
「…冷たい。で、これは適性はありですか?」
「◎、ありだね~。っと風邪ひいちゃうね、『ブラスト』」
「え、ちょ!?」
唐突なセシュリアの自分に手を向けた魔法の発動にアイリスはビクッとするが、セシュリアの手から炎が出ることはなく温かい熱風が出てきた。
その熱風は通常ではありえないほどあっという間にアイリスの服を乾かしてしまう。
アイリスが疑問を口にする前に説明が割り込む。
「今のは火の魔法に軽く風の魔法を付加させてやったんだよ~。慣れればこんなこともできるってこと~」
セシュリアはにっこり笑う。そして横に立っているグリシラが興奮したように「おー」と感嘆の声を漏らす。
「でも正直ちょっと驚きが高まって来たかな~。これはもしかするともしかするかもね~」
そんな意味深なことを呟くセシュリア。しかし、一瞬で今までの雰囲気に戻すと、
「じゃあ、風いってみよっか~」
そう言って呑気な間延びした声で促した。
*****―――
「僕は今すっごく驚いているよ~。今年一番驚いてるよ~」
すでに空がオレンジ色に染まり始め、肌を撫でる風は少し冷たい。
セシュリアが魔法を教え始めてからかなりの時間が経過していた。それと同時にアイリスの魔法属性の適性検査も終了していた。その結果は、
「『火』『水』『風』『土』『雷』『光』『闇』の全属性の適性が◎だとはね~。いやはや、ホントに驚いたよ~」
「お前のしゃべり方だといまいち本当に驚いてるか分かりにくいんだよな。因みに俺はおまえの百倍驚いてる!」
「それは見ればわかる、というか君は分かりやすすぎるかな~」
そんな二人の会話に先程、闇の魔法を試したアイリスの声がかかる。
「でも、自分じゃあまり実感がないんですけど。セシュリアさんと親父のリアクション見る限りは相当珍しいんですよね、七属性全てに適性があるのは」
「うん、これだけ高いレベルで全属性に適性持ってるのは僕の知る限りアイリスちゃんを除いてこの世界には4人しかいないよ~」
「4人!?」
セシュリアが軽く言った言葉に絶句するアイリス。そんな様子を見てセシュリアは楽しそうに笑う。
「まあこれから毎日訓練して実践で使えるようにしてかなくちゃいけないんだけどね~。アイリスちゃんなら真面目そうだしきっと大丈夫でしょ~」
「はい、頑張ります! ってあれ……?」
アイリスがグッと拳を握りしめ元気に返事をする。
しかし、次の瞬間アイリスの足元が揺れ地面に倒れそうになってしまう。それを間一髪でグリシラが両手で受け止める。
「おい、大丈夫かアイリス!?」
「あーごめん親父、なんかメチャクチャ眠い」
「あちゃ~、やっぱいきなり七属性使ったから疲れが出ちゃったね~。まあ今日はこの辺で終わりだしゆっくり寝て大丈夫だよ~」
セシュリアの言葉が終わると同時にグリシラの腕の中でアイリスはスヤスヤと寝息をたてだしたのだった。
*****―――
「しっかし君が父親してるとは、昨日も言ったけどホントにビックリだよ~」
「アイリスの適性が一番驚いたんじゃねーのかよ」
自宅への帰り道、アイリスを背負ったグリシラとセシュリアの会話だ。
二人はゆったりとしたペースで並んで歩いていた。
「ハハッ、それに勝るとも劣らないかな~。でも実際アイリスちゃんには驚かされたね~。僕と『聖女』とシャリアナとデイジーの四人しか持ってない『七色の素養』を持ってたわけだしね~」
「そんな正式名称があったのか。つーかそのメンツ全員女だな。なんか関係あんの?」
「いや、それといったものはないかな~」
そこで一つ話の区切りを迎えたことでセシュリアの目に真剣な色が宿る。すぐにグリシラもその変化に気づく。
「そういや例の件ほぼ確定みたいだぞ~」
「……やっぱそうか。いつ起こるかまではまだ正確にわかってないのか?」
「僕の得た情報と王都の情報をすり合わせると十年以内には確実に起こると思うよ~」
「十年ね、…アイリスは20歳かー」
「いの一番に出てくるのがそれってホントに親バカになってるよね~」
「うっせ!」
そう言ってグリシラはセシュリアのこめかみにデコピンする。長年の付き合いからこの魔法使いは近距離の不意の攻撃に弱いことを知っている。
「痛い~」と両手で額を抑えるセシュリア。真剣な会話の空気もそこで打ち切られてしまう。
「で、とりあえずおまえあとどれくらいここに残るの?」
「うーんとアイリスちゃんが七属性全てを実践で使えるくらいになるまではいようかな~。あと付加魔法も教えるつもり~。まー僕の予想だと結構すぐそこまではたどり着くと思うけどね~」
「ああ、天才だからな。剣で戦いつつ魔法も使える魔法剣士。凄く斬新じゃないか!」
「テンション上がってるとこ悪いけど別に斬新ではないな~」
夕暮れの丘ではそんな会話劇が繰り広げられていた。