1章ー9話 「初級魔法の使い方」
「セシュリアさん、まだ寝てるのかな?」
「あいつ、平時は12時間睡眠が基本だからな。昼飯頃には起きてくんだろ」
庭で午前中の剣の稽古をしながらの会話。
最近はアイリスの基本的な型が出来上がってきていたのでより実践的な稽古になってきている。
アイリスの上達速度はグリシラの見込み通り、いや見込み以上であり今では適当な一撃で木剣を飛ばされることもほぼなくなっていた。
これは午後の腕力強化の特訓のお陰であるといえるだろう。他にも持久力も上達し、10分程度の剣の打ち合いでは体力切れをおこさなくなっていた。
パンッという木剣の音が庭に木霊する。この音はこの一か月で二人にはもっとも聞き慣れた音になっていた。その後何度か打ち合いを終えたとき、
「よっしゃ、今日はこの辺にしとくか」
グリシラがそう言って木剣を肩に担ぎ稽古の終了を告げる。その様子を見て、額に汗を浮かべたアイリスが怪訝な顔をした。
「ん、今日ちょっと早くない」
「おう、今日は午後から初めての魔法授業だしな。ちょっと早めに切り上げるぞ」
「別にそんなこと気を遣わなくていいよ。前も言ったけど剣の方、疎かにするつもりはないよ、あたし」
真面目な顔で反論するアイリスの頭をグリシラがクシャクシャと撫でる。
「別に疎かにするなんて思っちゃいねーよ。ただ、魔法の訓練とか初めてやることだしちょっとぐらい体力貯めててもいいだろ。よし! これで話は終わり、飯にしよーぜ」
そう言うとグリシラは家まで歩き出す。そして、アイリスも一瞬何か言おうとした後「うん!」と頷き、その後について歩き出した。
*****―――
「相変わらず君の料理は味付けが濃いね~。がさつな性格が滲み出てるよ~」
「うっせーよ。文句言わずに食え、居候魔法使い」
「まあまあ、これはこれで味があっておいしいしね」
「ほれ、うちの娘を見習いなさい」
「おいしくないとは言ってないだろ~」
テーブルでは昼食ができたと同時に部屋から目を擦りながら出てきたセシュリアを加えて、三人での会話が展開されていた。
今日の料理当番はグリシラ。料理は傭兵団時代に多少こなしていたが、目分量で味付けをするため味がたまに濃すぎてしまうことがあった。
「そういえばセシュリアさん、昨日あたしの魔力量が王族とか弟子くらいとおっしゃってたんですけどあれってどういうことなんですか?」
会話が一段落したところでセシュリアにアイリスから質問が飛ぶ。その質問にセシュリアはめんどくさそうにしながらも、
「直系の王族は例外なくそこそこの魔力量を持って生まれてくるんだ~。それこそ500年前の最初の王子から今代の王子や王女に至るまでね~。直弟子はあれだね~、偶然高い魔力量を持って生まれてそこから魔法の才を発揮した十人のことだよ~。まあ直弟子と言っても僕は基礎を教えただけであとはみんな勝手に育っていっただけなんだけどね~」
そこまで言って、セシュリアはフォークで昨日の残りの魚でつくった揚げ物をさして頬張る。
「まあ、簡潔に言うと持ってる魔力量だけで言えば君は相当だね~」
「そういうことだ。その直弟子の大半に魔剣の鑑定とかで会ったことはあるけど、どいつもこいつも有名人だぜ」
「へぇー、じゃあかなり凄いんだね」
「だな、さすが俺の娘! というか俺は手紙にはああ書いたけど今回は弟子の誰かを派遣して教えさせるんじゃないかと予想してたんだ、ものぐさのお前の事だしな。いったいどういう風の吹き回しだ?」
「親バカ発揮してるね~。まあこればっかりはカンとしか言えないな~。僕が行くべきな気がしたんだよね~。……っとそれじゃあそろそろ始めよっか~」
そう言ってセシュリアは立ち上がる。
グリシラがテーブルの上を見るといつの間にか料理はすべて食べつくされていた。
そしてセシュリアは「うーん」と背伸びをし、
「ご飯代分の指導はしないとね~」
*****―――
三人は魔法の指導ができるよう丘を降りた庭よりずっと広い平地に来ていた。ここならば 実際に魔法を使っても周囲には何もないため安全だ。
風が吹き、セシュリアのローブが揺れる。
「魔法使いになるには二つ必要不可欠なものがあるんだ~。一つはさっきも話してた持って生まれた魔力量~。ちなみにグリシラはありえないぐらい魔力がカラッカラだよ~」
「その情報いる?」
グリシラの疑問をセシュリアは華麗にスルー。
「もう一つが実際に魔法を行使する才能だよ~。ちなみにグリシラはありえないぐらい才能もカラッカラだよ~」
「その情報いらなくね」
グリシラの指摘をセシュリアは再び華麗にスルー。
そんな二人のやりとりをみてアイリスは『実は仲良しなんじゃね』と、この二人の関係を推察する。
「アイリスちゃんは魔力のほうは大丈夫だから後はそれを行使する才能があるかだね~。これを確認する方法はすごく簡単だよ~」
そこまで言うとセシュリアは近くまで来いとアイリスへ手招きし、ローブの中から図の書かれた紙を出して見せる。
「魔法の基本の属性は『火』『水』『風』『土』『雷』『光』『闇』の七つだよ~。このそれぞれに呼応する一番初級の魔法を打ってその威力を見ればいいのだ~。ちなみにこれは魔力とは違い訓練で伸ばせるから向き不向きを見る感じだね~。その中で通常は適性のある何属性かを伸ばしていく感じかな~」
セシュリアが出した紙にはそれぞれの属性の初級魔法が記されていた。それを見てアイリスが疑問を口にする。
「その呪文を言うだけでいいんですか?」
「そうだよ~。と言っても大体最初は火の初級魔法なら煙草に火をつける程度の火が出れば適性はそこそこな感じだよ~。でもね~」
そこまで言うとセシュリアはアイリスに悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「グリシラ~、ちょっと離れた所に立ってみて~」
「ん? わかった」
そう言われグリシラは頭に疑問符を浮かべながらも言われるがまま50メートル程離れた位置まで移動した。それを確認しセシュリアは、
「見ててね~、『ブラスト』」
そう言って火属性の初級魔法をグリシラに向かって手を向けながら唱えた。
セシュリアの手にアイリスの頭ほどの火球が現れる。すぐ近くにいるわけではないアイリスにまでその火球の熱気が伝わってくるほどだ。
そして次の瞬間その火球はセシュリアの手元を離れ、とてつもないスピードでグリシラへ一直線に向かっていく。
アイリスも驚いたが、この状況に一番驚いていたのは火球の標的となっているグリシラだ。自分に迫ってくる火球にギョッとした表情をすると、すぐさま腰の布袋に手を伸ばし巻物を掴む。
「――ッ、解放、『セルミレス』」
火球がグリシラの目前に迫った瞬間、グリシラは右手に出現した刀身が淡い青色の美しい剣を垂直に振り上げる。激突した火球はそのまま頭上へ飛んでいき、はるか空中で燃え尽きた。
その様子を「うんうん」と満足げに見ていたセシュリアは再びアイリスに視線を戻す。
「鍛え上げるとこれくらいの威力になるんだよ~」
全く悪びれていないセシュリアにアイリスが呆気にとられていると、こちらに向かってグリシラが全速力で駆けてきた。
「殺す気か!」
「何を言ってるんだ~、あんなくらいで君が死ぬわけないだろ~。剣の名前を呼ぶ余裕もあったじゃないか~」
「いつもなら『弾斬魔剣』とまで言ってから開放してたっつーの!」
よくわからないポリシーを語るグリシラにセシュリアはやれやれと何故か自分が悪いのに呆れたように首を振った。
さっきの出来事をまるでホントに大したことのない様に語るそんな二人の様子を見てアイリスは、
「セシュリアさんと親父って仲良しなんだね」
そう確信し、つぶやいた。