楽園後編
高級なスーツに身を包んだ男が俺の前に座っていた。
「気分は?」
そいつは人懐こい笑みを浮かべて聞いてきた。
「さっきまで頭に麻袋を被せられて息苦しい思いをしたが今はそれを外してくれたんで少し快適だ。これで両手の縄を解いてくれたらさらに快適になる」
「それは大変に労力のいる行為だから嫌だ」
「ここまできつく縛ったのはそちらだろ」
「ああ。ナイフとかでほどくからきつく縛ろうが関係ない。その後に抵抗できないよう両手を切り落とすのが大変なんだ」
「このままでいいです」
「それがいい」
やべえ。こいつ。
「しかし、フールズメイトにならずにここまで来るとは」
「フールズメイト? チェスの?」
「そうそう。普通は捕まって撃たれて終わりだから」
フールズメイトは二手でチェックメイトになるチェスの用語だ。
「クリスに捕まる奴は大抵はフールズメイトさ。だから珍しい。たかが密入国者を俺の前に連れてくるなんて」
こいつ絶対にチェックメイトをかっこよく言う練習してるよ。
「俺は貨物船に無理矢理乗せられただけなんだ。あんたがやってるヤバめな仕事なんて知らんし、邪魔する気や興味もない。ただ日本に帰してほしいだけだ」
「それだ。こちらとしてはお前を日本に帰してもメリットがない。本質は商売人な者でね」
なるほど。報酬というわけか。だが、
「俺は貧乏なんだ。金がない。帰国してもあんたが満足する報酬は払えない」
はっきりそう言ったら男は笑った。
「ハハハハッ。気持ちいい奴だなお前は! 下手に言葉をゴタゴタ並べる奴より好感が持てる」
「そりゃどうも。それで話の続きがあるんだが」
「なんだ? 金とは別に支払える物でもあるのか?」
「まあ、まずはあんたの部下のクリスから聞いたんだがあんた退屈してんだろ? あんたが俺の帰国の準備をする間、一緒に遊んでやるよ。なかなか俺と遊ぶのは面白いと思うぞ?」
男は口を開けたまま呆然としている。俺は続ける。
「お互いに遊んで友情を育んだ俺達は友人になる。俺は職業は探偵なんだが、なんか探偵が友達とか、かっこよくないか? 俺も裏組織のボスと友達とか言えるし、お互いに悪くないだろ?」
男は口を大きく広げ、爆笑した。そこで俺も笑う。
お互いにひとしきり笑った後に男は言った。
「面白いな! 両手を縛られて周りにお前に銃口とナイフを向けている俺の部下がいるってのにお前はそんな事を言う!」
「悪くない提案だと思うんだが」
「そうだな。悪くない。お前の名前は?」
「そうさな。生憎と多種多様な名前を名乗っていてね。この島ではシャーロックホームズと名乗っておこうか」
「ハハッ。では俺はモリアーティと名乗っておこうか」
「そいつはまた面白いな。主人公の探偵と最大の悪党が友達になるってわけか」
「そうだろ? この近くに飛び込むのにちょうどいい滝があるから二人で落ちてみるか?」
「そいつは面白そうなアクティビティだ。うっかり命を落とさないようにしないとな。お互いに」
「「ハハハハハハッ!」」
「俺からはそうだな。日本の遊びとパソコンのゲームを教えよう」
「日本の遊びか。興味深いな。パソコンのゲームってのはなんだ?」
「世界中の人が遊んでいるゲーム。そう。オンゲーだ!」