表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

島の底より

作者: 祐喜代

 天を目指して海から上がってきた珊瑚たちが干上がって、寄りそうように死んで出来た小さな島がある。

 周囲の穏かな海面の真下に獰猛な潮の流れと暗礁を隠して、近隣の島々からぽつんと孤立した状態のその島は、南海特有の色彩豊かな動植物を囲って楽園のような情緒を放ちつつ、その見た目の眩さとは裏腹に、島の人たちが島から授かる恩恵はとても貧しく、生きていくのに最低限な収穫を皆で分け合って慎ましい暮らしを続けていた。 

 時に非情な大嵐が島の暮らしをかき混ぜていく事もあるが、長い年月を自然と共存して来た彼らの根底には、どれほどの災いもどこかあっけらかんと見守り、黙って笑みを浮かべながら耐え続けるような気概があった。

 それは島が神代の自然を残し続ける限り、自分たちの暮らしもそこに約束されるという強い信仰の表れでもあり、大きな繁栄はなくても、日々の淡々とした暮らしの継続こそがこの島の最大幸福だからだ。

そんな島にまた豊年を願う暗い時期が来た。王国に献上する”ザンノイオ”を求め、島が叫ぶ。

「ニーレスクより来たるマレピトよ。島の願い聞き届け、ザン連れてりよ」

 広場の篝火が爆ぜて、静かに闇が降りる。島民たちがマレピトと呼ぶ来訪神の登場を待ち、警備役の若者たちが俄に殺気立った。

 豊年の祭りはこの島だけの秘め事だ。島以外の者たちには神の姿はもちろんの事、その名前すら知られてはいけない。秘密を洩らせば、島全体から容赦ない制裁が待っている。そのために命を落とした者の数も少なくはない。

 この日は一日中島の高台の警備役が外海から船で島に侵入しようとする者を監視する。祭りの舞台となる社の広場には、槍やら手斧などの得物を持った警備役が大勢張り付き、一人の不審者も見逃さない厳重な態勢が敷かれ、祭りの本舞台にただならぬ緊張感を孕んだ。

 広場に用意された大甕から柄杓で皆に廻されるニガヨモギの酒が強烈な酔いを誘って、時折発狂しかけた島民たちの高笑いを広場に響かせ、本舞台に張り付いた耐え難い緊張を濁す。

 島にもたらされるものが幸か災いかを決めるのはマレピトの機嫌次第だ。マレピトはとても気難しい神で、豊年祭は騒ぎ過ぎてもしめやか過ぎても成立しない。

夜の帳が完全に降りた頃、社の裏手にある大きな洞穴ガマに続く草むらの道がふいにざわついた。来訪神の気配を受けた囃子役の若者たちが太鼓の音を轟かせ、警護役の若者たちも手にした得物を地面に叩きつけ、その音頭に合わせた。その鈍重な音を聞いた島民たちの神経が一斉に尖る。

神域の道を覆うアダンの刺の葉を掻き分けて、異形の仮面をした二柱のマレピトがひょっこりと広場に飛び出した。

神というよりも魔物と呼ぶ方が相応しい姿をしたニーレスクからの来訪者。

 縦長の鼻の両側にぽっかりと穿たれた丸い大きな目と、ギザギザに彫って剥き出しにされた異様に鋭い歯。仮面の頭部にはクロツグの葉を逆立て、全身はブドウの葉を編んだ物で蔽われていた。一見滑稽な印象を持つその木彫りの仮面に生気はなく、島の大洞穴の底をのぞき込むような虚ろさを見る者に植えつけた。

 囃子役が打ち鳴らす太鼓の音に合わせて、二体のマレピトが奇妙な舞いを踊り始めた。酩酊する島民たちを翻弄するように太くて長い棒を乱雑に振り回し、縦横無尽に広場を飛び跳ねる。

母と子。二体の仮面が織り成すこの島独特の舞いは、遠い昔に悲しい再会を果たした親子の物語を起源とする。

ある満月の夜。大潮で引いた海にシャコ貝を採りに出かけた子供が、そのまま戻って来なかった。子供が社の森の奥に入っていくところを見た者がいたので、島の人たちは子供がニーレスクに呼ばれて行ったと噂した。

ニーレスクは島民たちが信じる、地の底にある理想郷だ。社の裏の森から辿る海岸の大洞穴の遥か地下に、大きな海が広がっていて、自分たちが住む島と姿形がよく似た島が存在する。家も人もこの世の島と全く変わらずあり、ただ一つニーレスクがこの世の島と違うのは、そこで暮らす島民全てが永遠に幸せでいられる事だった。

 老いも若きも病とは無縁で、天災も争い事もない。漁師が海に出れば魚も貝も欲しいだけ採れ、作物を育てる家があればその作物はどれも見事に実る。この世の島民たちの心配事や不安はニーレスクの島民には一切無かった。

いなくなった子供は母親と二人で暮らしていた。ニーレスクに行けば母親と二人でずっと幸せに暮らせる。そんな願いが子供をニーレスクに呼んだのかもしれない。

 一年が過ぎ、二年が過ぎても子供は帰らなかった。島民たちがすっかり子供の事を忘れても、母親だけは毎日ずっと社で子供の帰りを待った。

幾年を過ぎたある日の晩。子供はいなくなった時の姿のまま、ひょっこりと母親のところに帰って来た。面影は確かに自分の息子だったが、顔に生気はなく、元気の良い褐色の肌が透けるように白くなっていた。

 物言わず母親の前に立つその子供は亡霊で、一晩母親と過ごしたきり、翌朝にはまたいなくなった。母親は夢かと思ったが、子供が寝ていたはずの枕元には山ほどの魚や貝、それにタロイモが置かれていた。それは子供の亡霊が置いていったニーレスクからの土産物だった。

 母親はそれから毎年、子供がいなくなった晩と同じ夜に社へ子供を迎えに行った。それから子供が帰って来た年は島で魚が大漁に採れ、作物もよく実るようになり、帰って来ない年はわずかな魚しか取れず、作物の実りも悪かった。

いつしか子を待ち続ける母親も年老いてこの世を去り、子供の帰りを待つ母親の行為は島民たちに受け継がれ、いつしか形を変えて豊年を願う儀式になった。

 島民たちは再会を果たした親子を赤と黒の二体の仮面で表し、ニーレスクから稀にやって来る客”マレピト”として崇め、毎年恩恵が得られるよう丁重にもてなした。

無数の暗礁に守られる形で外との接触をほとんど持たずに孤立してきた島に、突如王国の船がその横暴な威厳で介入して来た時から、儀式は島にとってより切実なものになり、来訪神の舞いは必ず成立させなければならないものになった。

熱気を帯びた広場の輪に二体の仮面が組んず解れつして、より激しい舞いを繰り広げる。黒のマレピトが赤のマレピトを地面に押し倒し、馬乗りになって上下に揺れ動く奇態な動きがあったと思えば、四つん這いになった赤のマレピトに黒のマレピトが背後から腰を当てる仕草など、舞いが次第に男女の淫らな行為を連想させるものへと変わっていった。

 儀式を見守る島民たちの息は荒く、ニガヨモギの酒を喰らって発散された汗のツンとする臭気が舞いと共に広場に渦巻いた。

胃が焼け、脳が痺れるほどの強烈な酩酊を約束するニガヨモギの酒は、大嵐によってこの島に難破した異国の船がもたらした。

 積み荷だった食物の種が、船底に身を寄せ合って果てた船員たちの側でひっそりと芽吹き、船員たちの命を吸い取るように力強く自生したその南蛮の植物を島民たちが珍しがって島の土地に植え替えた。それを発酵したヤシの実の汁に漬け込んで大甕の中で寝かせたのがニガヨモギの酒だった。

 一年に一度の豊年祭の時にだけ島民の前で開封されるニガヨモギの酒は、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶ島民の麻酔薬として、儀式の場に絶対欠かせない物となった。島には代々ニガヨモギの酒だけを作る役目を担った家があり、人目を避けるような囲いを設けた敷地の中で大甕いっぱいの神聖な酒が醸造される。

 ザンノイオがまだ一匹も獲れていない今年は殊更に麻酔が切れるのを怖れ、島民たちは皆競うようにして酒を煽った。

目つきの危うい見物の座を割って、社で物忌みを済ませた少年が二人、舞いを絡める二体の仮面の前に赤い鉢巻きと褌姿で跪いた。

巫女の神託により仮面のマレピトからニーレスクの土産物を受け取る役を担った、ジタラとイザカイだ。

 島特有の褐色の肌に黒真珠を嵌め込んだような大きな瞳を持つ活発な二人の男の子たちは、兄弟ではないが顔も背格好も良く似ている。外から孤立した小さな島ゆえに血縁は自ずと濃いものになり、島の者たちは皆どことなく親兄弟のように似た面影があった。

 この島の神話にある、大海嘯を逃れてこの島に辿り着いた男女の話が歴史的な事実だとしたら、島民は全て同じ血を引いている事になり、その近親婚によって続いてきた島民たちの系譜の末端がジタラとイザカイだった。

 普段気の向くままに所狭しと島中を遊び回っている二人にとって、不可解な動作を延々と繰り返す仮面の舞台の前にただ畏まっているのは苦痛以外の何物でもなかった。

 性行為というものをまだ知らない無垢な少年たちには、舞いの儀式がいかに島にとって重要で神聖なものであっても、醜悪な仮面の怪物たちが滑稽な戯れ合いをしているようにしか見えなかった。当然自分たちが神託によってこの場にいる事の意味もよく分からず、酩酊で我を忘れた周囲の異様な空気に、ただ恐怖を感じて強張っているしかなかった。

王国がこの島に課した税は、年二頭のザンノイオと島の麻で作った織物だ。ザンは島の神が最も愛でる神聖な魚ゆえ、年中海に出る猟師でさえその姿には滅多にお目にかかれない。ザンは人に似て、その肉を食べた者は不老不死の力を得るという。またその骨を粉末にして飲み下せば万病を完治させる妙薬になるという。

 ザンが天寿を全うし、浜にその亡骸を静かに打ち上げる時にだけ、島民はそれを神の贈り物として受け取り密かに食べたが、決して生きているザンに向かって釣り針を落としたり、網を投げたりはしなかった。

南蛮諸国との貿易で莫大な富を得た王国が領土を拡大し、その覇権を南の海域に属する島々に伸ばすようになると、不老不死を授けるザンの噂が王の耳に届いた。

 王国は瞬く間に高圧的な外交でこの島を支配下に置いては、年に一度必ずザン二頭分の肉と骨を納めるよう島に要求した。島がその要求に応じなかった場合は、島民の男手が王国が資源獲得のために所有する未開の巨大島に連れて行かれ、欝蒼とした密林を切り拓いて広大な耕地に変える過酷な労働に従事させられた。 

 島を一度離れた者たちが再び故郷の砂地を踏むことはなく、その生死さえも残された島民たちには知らされない。

ザンは神の恩寵。神の許しがなければザンを獲ることは出来ない。しかし王国の脅威にさらされている現状では、たとえ禁忌を破ってでも島民たちはザンを欲しなければならなかった。仮面の儀式が以前よりずっと厳格で緊迫した様相を見せるようになったのもそんな事情があったからだ。それまでは一年の豊漁、豊作を皆で陽気に祈るだけの健全な祭りだった。

「アコォとクロォ、どっちのチラが男か女か、イザカイは知っとうかぁ?」

 長い時間居住まいを正して畏まっている事に痺れを切らしたジタラがイザカイにこっそり話しかけた。巫女ノロのお婆が二人の様子をどこかでしっかりと見張っているような気がしたのでジタラは顔を正面の舞からは決して逸らさなかった。

 普段は面倒見の良い年上の温厚な青年たちも、警備役を担った今夜に限り、人喰い鮫にでもなったように鋭い監視の目を二人に突きつけて来る。

 ヘタに動くとどんな仕打ちに遭うか分からない。来訪神の前であからさまに姿勢を崩す行為だけは絶対に避けなければならなかった。

「クロォが男さぁ。だってよぉ、苛めてる方が男じゃないとおかしいさぁね」

 イザカイが周囲を気にしながら声を潜めてそう言った。目の前の二体の仮面の虚ろな眼球が篝火に照らされる度に夜光貝のように怪しく光った。その光を受けたイザカイがジタラとの私語を見透かされたと思い、くの字になった背筋を直立させ、改めて気を引き締めた。

無限に続くように感じられる得体の知れない儀式に、イザカイほどは恐縮していないジタラが舞の隙を窺って再び口を開く。

「社の裏にある大洞穴の底によ、ニーレスクがあるのは知っとうか? こことそっくり同じ島で、こことそっくり同じ顔の人が住んでるばよ」

 ニーレスクの話ならイザカイも自分のお婆によく聞かされて知っていた。お婆が「死ぬまでに一度は行ってみたい」と、笑顔を浮かべて話していた夢のような島。お婆だけでなく、島の年寄りたちは皆ニーレスクに憧れを抱いていた。

「この仮面のマレピトも、ニーレスクから来るんよね? 大洞穴ガマの下の、もっと下から来るんよね?」

「それは島の大人たちがそう信じているだけで、本当は違うばよ。この仮面のマレピトはニーレスクから来た神サマなんかじゃないば、ボク、今日社の中でこっそり見てしまったんだけどよぉ、この仮面の二人はなぁ、ケンタツの兄様とネザマの姉様よ。二人が仮面被って神サマのフリしてるだけさぁ」

「ジタラ……それ本当かぁ?」

「うん、間違いない。ボク社ではっきり二人の顔見たさ」

 二人の会話を察知し、それを遮るように仮面の虚ろな眼球が光る。仮面にどのような細工がしてあってその眼球が光るのかは分からないが、仮面の来訪神が持つ神秘性をこの光が全て担っていると言えるくらい周囲を圧倒する力を発揮していた。来訪神の前ではいかなる粗相があってもいけないと巫女ノロのお婆も何度も忠告していた。島民全員が一丸となって丁重に来訪神を扱わないと、来訪神の機嫌はすぐに曇る。

「マレピトの土産だって、ホントは兄様たちが掟を破ってこっそり獲ったもんだとボクは思うんよね。マレピトにもらった事にすれば島の人がザンの罰被らんで済むだろよ?」

 ジタラの退屈と鬱積が来訪神への畏怖の念を徐々に忘れさせ、気付くと人目を憚らずしゃべり続けていた。

「ニーレスクもマレピトも嘘。巫女のお婆が怖くて、みんな仕方なくこんな変な祭りをやってるだけよ」

 二人の背後に控えている警備役の青年たちが聞いたらとんでもない仕打ちを喰らうような事をジタラは平気で言い放った。イザカイはただ戸惑いながら、ジタラの勝手な独り言として黙って聞き流した。

赤の仮面に圧し掛かった黒の仮面が全身を激しく震わせて、精も魂も尽きたようにピタリと動きを止めた。島民たちが歓喜の声を張り上げて、長きにわたって繰り広げられた舞いの儀式が幕を閉じる。

「それでは皆の者、マレピトがニーレスクに帰られる。別れの用意はいいか? 警備の者はマレピトを先導して、共に洞穴ガマへ向かえ。ジタラとイザカイはマレピトの後ろに続いて洞穴でマレピトからザンを頂戴してまいれ」

 祭りを取り仕切る役目である最長老の老人が号令をかけ、輪になった島民たちがマレピトに別れを惜しむ歌を歌った。島民の年寄りたちの中には声を震わせ、目から大粒の涙を流して歌う者もいた。母と子が束の間の再会を果たしてまた別れる祭りの終焉。それは島民たちが死別した血縁の者への悲しみを表しているようにも聞こえ、また新たにこの世に生を受ける者への喜びのようにも聞こえた。そして島民たちの声が嗄れる頃には、マレピトの姿は森の奥へと消えていた。

警備役の青年三人を先頭に、男女のマレピトとジタラ、イザカイの一行が大洞穴までの細く荒れた道を整然と歩く。全身を葉で覆ったマレピトの大きな背中を追うジタラとイザカイの目には、前方のマレピトが森そのものがずるずると移動しているように見えた。

足取りの重い少年たちの足跡を鈍足のセマルハコガメとヤシガニがのそりと追う。何でも喰らう雑食性の小さな彼らは島の陰気な事情を知っている。彼らが這いずって群がった後にはきれいな骨しか残らない。

夜空には幾つも星が瞬いていたが、一行の足下は暗く、ゴツゴツした石や地中にビッシリと根を下ろしたつる草が幼い二人の足取りを時折掬った。

躓いて転んだら森にとり殺される、ジタラとイザカイはそんな気がして慎重に歩を進めたが、先頭の青年たちが足音だけを派手に鳴らして森の奥に姿を消すと、遅れを取るまいと、躍起になってついて行った。

島で一番神聖な場所。ニーレスクへ続くと言われるその大洞穴が夜の波を抱きかかえる音が聞こえ、先頭の青年たちがジタラとイザカイ、そしてマレピトを待って、無表情で道の両脇に佇んでいた。

 巫女のお婆が言う「マブイを七つ落とした者は生気が抜けた顔付きになる」というのは、こんな顔の事だろうか? と、ジタラは思った。青年たちだけでなく、祭りの日は島の大人たち皆の人が変わる。我を忘れて狂ったように「マレピトッ、マレピトッ」と怪物じみた奇怪な神様に縋る気持ちがジタラにはまったく理解できなかった。

闇がぽっかりと口を開けた大洞穴に辿り着いたマレピトがゆっくりと振り返り、ジタラとイザカイに向き合った。

ニーレスクに帰るマレピトからザンノイオを受け取るためにジタラとイザカイはここまで付いて来た。

 たった二匹のザンノイオを受け取るのにどうしてこんな大げさな儀式が必要なのか?  事情のわからないジタラとイザカイは目の前に立っているマレピトを見て、自分たちを包み込もうとする島の闇と誰一人物言わない不穏な空気に怯えた。

ジタラは巫女のお婆に決してマレピトに声をかけてはいけないと言われていたが、目の前にいる相手が自分たちが良く知る人間だという事に確信を持っていた。二人が帰る場所はニーレスクではなく、この島で暮らす家だ。神でも魔物でもない二人の男と女に声をかけてはいけない理由なんてあるものかっ。

「ケンタツの兄様とネザマの姉様よ。そんなお面ば外して、はようボクらにザンをくれ。もう早う家に帰りたいよ。なぜボクらはこんな所に連れて来られたば?」

 不安を拭い去るためにジタラは悪びれずにそう言った。だが目の前のマレピトたちは何も答えず、微動だにしないまま、ジッとジタラたちを見下ろした。

「なんで黙っとるかぁ? 早くザンノイオ出してくりよ。ボク、社でこっそり兄様たちがマレピトになるとこ見たばよ。マレピトもニーレスクもホントはウソさね? 兄様たちの誰かが内緒でザンノイオを獲りよるんさね?」

「黙らんかジタラっ」

 青年の一人が怒気を孕んだ声でジタラを制した。マレピトへの無礼は絶対にあってはならない事。血相を変えた青年たちがジタラとイザカイを取り囲む。

「ジタラっ、お前は自分が何を言ってるか分かってるかぁ。マレピトの機嫌損ねたら島の暮らしは終わりぞっ」

「ボクには何がなんだか全然意味が分からんば。なんで兄様たちがマレピトのフリをして、あんな変な踊りを踊らんといけんば? ボクには島の祭りの日の島のみんなが全然分からんのよ」

 誰憚ることなく、ジタラは正直に胸の内を吐いた。

 自分たちはなんでここに連れて来られた……の? 

 夜の大洞穴の深淵が波の音を吸い込んで、ジタラがぶつけた疑問は容赦ない静寂に押しつぶされた。そして固く沈黙を保った青年の一人がジタラを羽交い絞めにし、側で見守っていたイザカイも他の青年たちに押さえ込まれて地に伏した。

「お前たちは何も知らなくていい。……何も知らない方がいい」

 マレピトが静かに口を開き、捕らえられたジタラとイザカイの前に立ちふさがった。そしてその場にひざまづいた二人を見下ろし、ゆっくり深々と頭を下げて

「ンジ・・・・・・チャービラ」

と、か細い別れの挨拶を告げた。


大嵐が過ぎ去ると、島の沖にまた王国の貿易船団が姿を見せた。海竜を模した煌びやかな装飾の巨大な船体を島の沖に停泊させ、荷積みの小型船が島に約束させた税を徴収する。規定量の麻の織物と塩漬けにした二頭分のザンの肉とその骨から得た粉末を本船に持ち帰ると、王国の貿易船団は満足気に帆を上げてその日のうちに島を発っていった。

島に豊年が約束されても、王国がそれを掠め取る運命にある限り、この島に彌勒世が訪れる事はない。深い底にあるニーレスクに憧れて島はただ淡々とその暮らしを続けて行く。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ