第四話「偽雷帝」
眩い光が視界を覆い尽くす。
強烈な既視感。
ああそうか。
此処に来た時と似てるんだ。
光に包まれて、意識が飛んで。
――だが、あの時とは状況は全く異なる。
恐らく、俺は今、死んだか、生死を彷徨っている最中で。
仮に一命を取り留めていたとしても、後遺症は残っている。
それ程のダメージを負っているはずだ。
何せ、雷に打たれたのだ。
雷は直撃も直撃。
当たった瞬間、尋常じゃないくらい激しい衝撃が全身を襲って、耐える間もなく意識が飛んだ。
「……人生、終わりか」
生と死の狭間だか涅槃だか知らないが……何も無い空間に漂っていると、自然と過去の思い出が溢れてくる。
長いようで短かった人生。
幼い頃から、今まで。
楽しい事も辛い事も沢山あった。
あーそういや、フィルトと最初に出会った時は本気でビビった覚えがある。
学校のトイレでふと鏡を見たら、背後であいつが浮いてて、腰を抜かして小便器に頭を突っ込んだのも、今じゃ良い思い出だ。
いや嘘。あれは今思い出しても地獄だ。
「やっと、面白いことが始まりそうだったのにな……」
変わらない毎日に飽き飽きして、安逸を貪っていた向こうでの日々。
あのくだらない日常が、ようやく終わったと、そう思っていたんだがな。
「フィルト……アイル……」
あの二人さえ生きていれば、後は向こうに残してきた両親と妹だけが心残りだ。
向こうの世界では今頃、俺は行方不明者として警察にでも捜索されているのだろう。
「父さん、母さん、百瀬……ごめん」
あの日。俺だけは居なくならないと決めたのに。
もう二度と、誰にもあんな想いはさせないと、誰よりも自分に誓ったのに。
「ああクソッ。やっぱりまだ死にたくねぇな……」
──お前は、自分がもう死んでいるとでも思っているのか?
突然、頭の奥に低い声が響いた。
「!」
突如、何も無かったはずの空間に重力が生じて、俺はよろめきながらもその場に降り立った。
「──俺の名は『偽雷帝』」
目の前に全身が漆黒の鎧に包まれた騎士が立っていた。
現代っ子の俺には、その騎士姿にはかなり違和感がある。
が、眼前のそいつには、ただのコスプレとは思えない貫禄があった。
今思い出したが……この騎士の声は、さっき雷に打たれる直前に聞こえてきた声と同一のものだ。
いや、それよりも、
「俺が生きてるって? 本当に?」
「ああ。生きている」
ヤツははっきりとそう言い放った。
「何の後遺症もなく?」
「そうだ」
生きているのか、俺は。
いやしかし……
「でも、どうしてそんな事が分かる? というかあんたは何者だ? もう一人の俺とか、そういう訳じゃないだろ」
「俺はお前とは別の個人だ。今は、お前の意識に俺の意識を滞在させている」
「何故?」
漫画などでたまに他人の意識に入りこむ技や能力は出てくるので、そのお陰か混乱はしてない。
だが、目的もなしに入ってきたりはしないだろう。
俺に用があると見て間違いない。
「俺は『偽雷帝』。この世界では忌むべき対象とされる、いわば非英雄だ」
「偽……”雷帝”? あんたまさか――」
「ああ。お前を打った紫電は俺の能力だ」
やはり、か。
「どうして俺を狙ったんだよ」
「別に初めからそうしようとしていた訳じゃない。ただ、一度近くに落ちた雷を見ても立ち上がったお前の顔を見て、興味が沸いたのさ」
それが何故雷を落とす事に繋がるのか。
「紫電と共に魂を送り込む為だ」
俺の考えを読み取ったのか、偽雷帝はそう口にした。
「そうか。んで、何の用だ?」
「話が早くて助かる。俺は見ての通り、魂だけの存在だ。無論、昔からそうだった訳じゃないが、経緯なんぞどうでも良い。兎にも角にも、今から貴様の体に借りぐらしをさせてもらう。理由は……俺には果たすべき因縁がある、とだけ伝えておこう」
因縁、か。
人に雷を落としておいて、随分と勝手な話だ。
だが冷静に考えて、あんな雷を落とせるバケモノに真っ向から逆らうのは無謀でしかない。
受け入れる以外に選択肢は無さそうだ。
「分かった。それは構わない。だが、あくまで俺の体は俺のものだぞ」
「分かっている。俺は、魂の拠り所を探していたに過ぎんからな」
それならまだいいか。
とかく、俺はまだ生きられるらしいし。
「──だが、一つ貴様に問わなければならない事がある」
「なんだ?」
「仮にも俺の依代だ、俺の力を貸してやろう。だがこの選択は、世界の運命を左右する。故に、覚悟が必要だ。そして、偽雷帝の業を背負う覚悟も。貴様にそれがあるか?」
世界の運命を変える覚悟と、偽雷帝の業を背負う覚悟、ねぇ。
いきなりそんな事訊かれてもな。
第一、偽雷帝ってのがこの世界でどんな存在なのかもよく知らないからな。
「おそらく、偽雷帝の業は貴様の想像を絶するだろう。圧倒的な力を持つ者というのは、いつの時代も畏怖の対象でしかないものだ。しかし逆に、力が全てを左右するこの世界においては、力を持つ者しか全てを得る事はできない。力のない者は、ただ失うだけだ。ここは、そういう世界なのだ」
力が全てを左右する世界って……マジで?
でももし、偽雷帝の言う事が冗談でも誇張でもなかったら。
今のままじゃ──俺はまた失う羽目になるかもしれない。
二年前の、あの時のように。
「それは……それだけは嫌だ」
だから、俺は俺自身の誓いを守るために。
「いいぜ。上等だ。運命も業も、纏めて背負ってやる」
俺がドンッ、と胸を叩くと、偽雷帝は僅かに笑みを溢した。
狙い通りといった風にも見えたが、別に構わない。
俺は俺の誓いの為に。
ヤツはヤツの因縁の為に。
「……貴様の覚悟、しかと受け取った」
そう言うと偽雷帝はガシャン、と右腕をこちらに向けた。
「──今から貴様が、今世代の偽雷帝だ」
言葉と共に、ヤツの右腕が紫色に輝く。
それに呼応するように、俺の右腕がまばゆく光りだした。
「く……ッ!」
右腕を通じて、底知れないパワーが全身に流れてくる。
さっきまで俺では想像すらできなかった、自分に恐怖してしまいそうな程の圧倒的な力の奔流。
それが、今、俺の中に入ってくる……!
「う……ぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!」
打ち震えた。
この力があれば、俺はなんだってできる。
「その力を使うのは貴様だ。貴様次第で、今世代の偽雷帝は善にも悪にも成り得る」
光が収まり、偽雷帝が俺の右腕を指さした。
「とはいえ、今の貴様の地力ではそれくらいしか使えんがな」
「? って、なんだこれ!」
俺の右腕は――一部を除き、隙間なく漆黒に変色しており、手の甲には綺麗な白い円が描かれ、そこから枝分かれするように腕の付け根まで幾何学模様の文様が、これまた真っ白なラインでびっしりと刻まれていた。
右腕が黒と白のツートーンコントラストに……気色悪っ。
「ふっ……【偽雷帝の右腕】とでも名付けておこうか」
いや「ふっ……」じゃないよ!
まんまだし、恥ずかしくて絶対誰にも言えねえから!
「で、この【偽雷帝の右腕】さんで何ができるんだ?」
「紫電が使える。やってみろ」
頷き、試しに右腕に力を入れてみる。
が、何も起こらない。
「物理的な力ではなく、紫電を生みだす気でやってみろ」
力を抜き、黒騎士の言う通りにやってみる。
――バチチチィッ!
「うわぁっ!」
右腕から迸った紫電が俺の意志に反して無作為に動き、縦横無尽に広がっていく。
「なっ、これ制御ムズ……ッ!」
「落ち着いて紫電の動きを読め。初めは難しいかもしれんが、なに。すぐ慣れる」
「く……ッ!」
落ち着け……落ち着け。
額に汗を滲ませながら、ゆっくりと深呼吸。
集中し、右腕から迸って暴れる紫電の動きを見極めんとする。
「……!」
こうして落ち着いてみると、さっきまではあんなに不規則に動いてると思っていたのに、どうしてかその動きが手に取るように分かった。
――そうして、俺は紫電を制御する事に成功したのだった。
「ふぅ……」
ひとまず紫電を消し、一息つく。
「ほう。少しは素質があるようだな。だがそうで無くては困る」
「そういや、あんたの因縁とやらの内容を聞いて無かったな」
「今話しても混乱するだろう。話はまた今度……そうだな、お前がもっと強くなったらしてやろう。今は生き抜く事だけを考えろ」
「……。分かったよ」
確かに、これ以上話をされても今は頭に入らないかもしれない。今日は色々有り過ぎて疲れたしな。
「では、俺はもう消えるとするが……最後に言っておく。これから貴様は多くの運命を目の当たりにし、経験するだろう。それは幸福であったり、悲劇であったり、貴様自身の死かもしれん。だが、決して振り返るな。何があろうと、貴様が偽雷帝である限り、常に前を向いて進め。さすれば、貴様がどんな道を歩もうと、隣にいてくれる者も居るだろう。それを忘れるな」
振り返らず、前へ……
過去を見つめるのは怖い事だ。
未来を目指し続ける事も。
偽雷帝が言いたいのは、過去を認めながらも、未来へ向かえって事だろう。
当たり前っちゃそうだが、簡単ではない。
まあ、気楽に生きていくかな。
俺にはそれが合ってるし。
「では、また用がある時にでも呼べ。器が成長したらその時には力をやろう。さらばだ、カイト」
最後に俺の名前を口にし、黒騎士は薄れて姿を消した。
同時に俺の意識も薄れていき……
次にまばたきをした時、目の前で、空色の髪の美少女が今にも泣きそうな顔で何かをしっ、てっ、いっ、たっ。
「がっ、ごっ、ぐっ、おまっ、ちょ、やっ、めっ!」
「カイトッ!?」
目を見開いたフィルトは俺に施していた胸骨圧迫を中断し、体を激しく揺すってきた。
「カイト、生き返ったのねっ!?」
「ああ……だが今ので、もう……」
「カイトッ!」
フィルトが心臓マッサージを再開しようとしたので、俺は急いで起き上がった。
「あーいや嘘! もう平気だから!」
「じゃ、じゃあ本当にもう大丈夫なのね!?」
潤んだ目で唇を震わせながら尋ねてくるフィルトの頭を撫で、俺は安心させるように笑い掛けた。
「ああ、もう大丈夫だ」
「っ……!」
バッ、と感極まったのか抱き付いて来たフィルトを俺は抵抗すること無く受け入れ、むしろ軽く抱き返す。
「良かったぁ……ほんとに良かったぁ……! ぐすっ……あんたがいなくなったら寂しいじゃない……」
「心配かけたな……。でももう大丈夫だ」
うぅ……、と俺の胸の中で嗚咽を漏らすフィルト。
その後ろにはアイルが驚いた表情で立っていた。
俺の視線に気づいたアイルはほっとした笑みを浮かべつつも、何処か不思議そうな顔をしていた。
「どうした?」
「あの、その右腕は……あれ?」
「ん?」
ブレザーの破れた裾から、ついさっき貰ったばかりの【偽雷帝の右腕】さんが顔を出していた。
「あー……これはうん、まあ色々あって、」
「その腕――まさか『偽雷帝』ですかっっっっ!?」
というアイルの叫びが、夜明け前の薄暗い草原に響いた。