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鋼のおもちゃ

 仕事の合間に草原で寝ころんでいる時が一番幸せだと思う。 

 わざと焦点を遠くに飛ばして視界をぼやけさせる。こうしていると段々と意識が遠のいて、いつの間にか気持ちよく寝てしまうのだ。

 近くで赤い輪郭のはっきりしない何かが回転してるのが分かる。

「カシュガル!」

 名前を呼ばれたかと思うと、柔らかい風を連れて赤い何かが近づいて来た。

 焦点を戻し声の主を見つめる。

「アイ、結婚おめでとう」

 緑色の澄んだ目がこちらを見下ろしている。こげ茶色の髪からは香水の匂いがした。

 今日のために精一杯おめかしをしたのだろう。

「カシュー私がいなくなったら寂しくなるわね」

 スカートのそそを抑えながらアイが隣に座った

「くっさい獣みたいなバルバロイの所にやかましい猿みたいなお前が嫁ぐからって寂しくなったりしない」

 アイは無言で笑顔を保っている。こいつはたまにこの顔のまま起こっているから油断できない。

 強い風が鼓膜を撫でて気まずい沈黙を押し流した。

「これからどうするの? いい歳して嫁もいないなんて」

「別に弓矢と馬とハミウリがあれば食うに困らない」

 手元の草をちぎって飛ばす。なんだか落ち着かない。

「今日ね、久しぶりにカインさんが来るのよ。私の結婚祝いもあるって! きっと今回も何か面白いものを持ってきてるわ。後で見に行きましょうよ」

「あの胡散臭い行商人か。そっちこそいい歳してあいつが持ってくるおもちゃなんかに一々はしゃぐんじゃねえよ」

 こちらが言っているのも聞かず、思い立ったがすぐでアイは村の方へ駆けていった。

 

 カインの周りには既に子供達やその親が集まっている。人混みの奥やさしい目をした赤毛の男が菓子を配っていた。

「カシュー、アイ、久しぶりじゃないか!」

 男はこちらとアイの順番に抱擁し、アイの頬にはキスをした。美しい男だが、つり目でどうも言う事為す事が嘘っぽい印象を与える。

 アイはカインを強く抱きしめるとすぐに訪ねた。

「ねぇ! カイン私のお土産は?」

 図々しすぎて見てるこっちが恥ずかしい。カインは苦笑いをすると、カバンの前についたポケットをまさぐった。

「これ! 結婚おめでとう」

 赤い巨大な宝石がついたペンダントだ。しかし、おかしい。この大きさの宝石が簡単に手に入るわけがない。

「おい、カインどこでこんなものを手に入れた! ていうか、こんなバカ女にあげちまっていいのか?」

 カインは口に素早く指をあてて黙っているように指示してくる。

 今度はペンダントに子供達が群がって、そのままその輪から押し出されてしまった。

 カインが傍に寄ってくる。

「なぁ今日も君のうちで泊まらせてくれくれ! 話があるんだ」

 夜になってアイの結婚式が始まるまで結局二人で酒を飲みながら散歩をすることになった。

 夕方頃には筋骨隆々のバルバロイの男たちが何人もやってきて宴が始まった。

 カインの頼みで皆がが騒がしくなるその時間帯、あえて自分の家に戻って、話を始める。

「これ見てくれ」

 カインは鞄から俺への土産の本を何冊か取り出した後、アイに渡したはずのペンダントをもう一つ取り出した。そして、それをこちらに放り投げる。

「お前、こんなものどうして何個も!」

 驚いて手から落としそうになったが、受け取ってさらに衝撃を受けた。

 軽い。宝石の質量ではない。

「なんだ……これ」

「ビーズ、プラスチックというものらしい。あるところに行けばいくらでも手に入る」

「要は価値のないまがい物ってことか? お前にぴったりだな」

 カインはかぶりを振って、ため息をついた。つまみとして出しておいた干し肉をつまむと口に押し込み、酒で流し込む。

「そうじゃない。問題はそんなことじゃない」

 回りくどい言い方だ。

「何が言いたい?」

「こんな素材もそれを加工する技術もどこの国のどの地域にもない、面白いと思わないか。突然湧いて出たってことだ」

 言われてみればそうなのかもしれないが、既にこの話題に興味がなくなってきていた。

 ベットに寝転がってあかりから目をそらす。酒がまわってきたようだ。

 構わずカインは話し続ける。

「俺は何が起きてるのか知りたい。なぁこの村で放蕩息子として居づらい思いをし続けるよりも、俺と一緒に行商として旅をしよう」

 旅。いつも本の中で読んでいた冒険譚を思い出した。くだらない魔法の品には興味はないが、その言葉を聞くとバカバカしいと思いつつも心が躍るのを隠せない。

 食いつくのが恥ずかしくて退屈そうに顔を反らした。

「考えとくよ」


 誰かが体を揺り動かしている。気持ち悪くてはきそうだ。

 手で相手を押しのけようとするが、しがみついて離れない。

「カシュー! 起きて!」

「アイ、もうそろそろ出立じゃないのか? 俺のうちで何してる」

 アイが差し出すコップの中に水が入っている。ありがたく飲み干す。

 ゆっくりと壁にもたれて体を起こした。

「カインもカシューも昨日宴に来なかったからお別れのあいさつにきたの」

 カインが床でのっそりと立ち上がりあくびをした。食べかすがが床にぼろぼろと落ちる。

「二人して寝てたのね」

「おおカシューちょうどいいじゃないか。アイと一緒にこの村を出よう」

 カインはアイの手をつかんで引っ張り、自分の隣に座らせる。

「どこに向かう気でいる」

「バルバロイ達の所までアイを送った後レムールに沿ってレムラントへ入る」

 アイはきょとんとしてこちらとカインを交互に見た。日が高くなり始め、その顔を白く照らす。

 狭い土地の中で年がら年中小競り合いが起きているぐらいにしか、西方に関する知識はない。あの辺りとこの妙な宝石に関連があるのか。

「まぁいいや! 俺も行く」

 膝を叩いて立ち上がる。それを見たカインが荷物をまとめ出す。

 身の回りの金になりそうな物と食糧をありったけ袋につめた。

 カインが立てかけてあった弓と矢筒をよこす。

「弓矢は持って行けよ。お前の唯一人よりちょっと平均以上に出来ることだろ」

 殴り掛かりそうになったが、持って行ったほうが確かによさそうではある。

 馴染んだ皮の矢筒があるとそれだけで気持ちが落ち着く。弓での仮だけは唯一子供のころから熱中できた。

 表に出ると、カインが乗ってきた黒毛の馬が家の前につながれている。

 自分の馬を出すために小屋に裏の小屋に回る。齢を取った自慢の馬エボンがいる。ずっと我が家で血統を保ってきた我慢強い名馬だ。

「本当についてくるの?」

「お前が周りに迷惑かけないように見張ってなきゃならん」

「なら、急がなきゃもうシェル達ももここを出るわ」

 カインがアイの腰をつかんで持ち上げると自分の馬に乗せ、自分もアイを抱きかかえるようにその後ろにまたがった。

「さぁていくぜ!」

 村のはずれに筋骨隆々の男たちが馬に乗って待っていた。

「アイ、遅かったじゃないか!」

「ごめんなさい。お付きのものを待っていたの」

「君の家に従者がいたなんて聞いてない」

「最近雇ったのよ」

 シェルと呼ばれた青年、つまりアイの夫は訝しげにこちらの顔を見た。

 笑顔で手を振る。妙にこちらを警戒していて面白い。からかい甲斐がありそうだ。

 カインは皮肉った笑いを浮かべている。

「急ごう」

 気に食わなそうにシェルが馬を走らせた。

 馬をシェルの隣につけて、笑う。

「よう! なぁあそこの丘まで競争しないか?」

 無限に広がるように見える草原の遠くの方に少し盛り上がった場所を指さした。

 シェルは目でそれを確認したが、淡泊な態度で断る。

「なぜ? 君彼女の従者なんだろ? 口の聞き方に気を付けろよ。俺は君の主人の夫だぞ」

「負けるのが怖いのか?」

 そういった途端少しシェルは眉をひそめた。そして、次の瞬間一気に馬を駆り立てて丘へ走り出す。

「乗ったぞ!」

「そうでないと!」

 慌ててアイが隊列の前のほうへ出て来て叫ぶ。

「ちょっと怪我するようなことしないで!」

 振り向いて意地悪く笑ってみせると、アイは酷い罵声を上げながら喚きだす。

 首元を軽く叩いてやるとそれだけでエボンは一気に駆け出す。

 この馬で負けるわけがない。あっという間にシェルの真後ろに馬をつける。

 八つの草を踏む足音が小気味の良い拍子で響く。

「アイを頼むぞ」

 シェルは驚いてこちらに顔を向ける。追いつかれるとは思っていなかったのだろう。

「突然なんだ?」

「あれは俺の姉みたいなもんなんだ」

「君はただの従者だろう!」

 何とか突き放そうと前のめりになって馬を急かすが意味がない。二頭の馬は距離を保ったまま丘へかけていく。

 加速してシェルの横に馬を並走させた。


 もう少しで丘の昇りに差し掛かる。

 速度はほぼ同じように見えたが、しばらくすると、エボンの鼻先がシェルの馬より前に出る。

 今度は首元を二回叩く。途端にエボンは失速し、丘の頂上に着く直前で止まった。

 隣をシェルが駆け抜けていく。

「いやぁ速いな。流石は草原の民の名家ってとこか!」

 相手は自慢げな顔で馬を撫でた。息を切らして、汗を額から流している。

「当たり前だ。お前みたいな下郎には負けない」

 ゆっくりと馬を休ませて歩いていると、後ろから彼らが追い付いてきた。誰かがどっちが勝ったかを訪ねて来る。

「完敗さ。ちくしょー」

 悔しそうに眼をそらして吐き捨てるように言った。

 一気にバルバロイ達とアイから歓声が湧き立った。野太い声で歌いだす奴まで現れる。

 アイとシェルは寄り添い微笑みあう。

「でも、シェルは競争を始めるときずるをしたわね! あれが無かったら負けてたんじゃない?」

 アイは元の性格もよくないが、悪気なくこういう事を言えてしまう神経が恐ろしい。

 シェルは悲しそうな顔で項垂れた。

「あいつの馬は中々いい馬だったからね」

 カインが呆れた顔でこちらを抜かしていく。

「まだ二日は続く旅だぜ。頼むから無駄な体力使うな」

「いい余興になっただろう? みんなも喜んでる」


 いつの間にか和気あいあいとした雰囲気になる。

 天候にも恵まれて、順調に旅を続けた。 

 夜皆で火を囲んでいる時には、わずかながら酒もふるまわれる。シェルはアイからこちらの素性を聞いて、おずおずとお酌をしにきた。

「すまなかった。アイにすっかり騙されてしまった」

 カインと一緒に噴き出して、シェルの肩に手を回す。

「気にするな! それよりお前あのじゃじゃ馬と一生やりあうんだからな。覚悟しておけよ」


 数日後、ようやくバルバロイ達の集落に到着した。

「カシューしばらくゆっくりしていかないのか」

 シェルはエボンの鼻を撫でた。エボンは気持ちがよさそうに頭をこすりつけた。

「エボンは心がまっすぐな奴にしか懐かない。お前はいい奴だな。アイも安心だ」

「本当か? アイの事任せてくれ」

「本当だとも。その証拠には生まれてからずっと一緒の俺に懐かない」

 アイは涙目になっている。不安そうに縮こまり、バルバロイの女達と共にこちらを見送った。一人でこの見知らぬ土地で暮らしていかなければならないのだから苦労するだろう。

「じゃあな。必ずまた来る」

 別れを告げても、アイはこちらを睨みつけて返さない。さみしくて不貞腐れている。

 無茶苦茶に頭をなでて、バルバロイの集落を出た。

 

 六日も走ってきたからか、辺りの様子も変わってくる。植物の類がまばらになってきて空気が冷たい。

 持っていたマントで体を隠す。

 村を出て、しばらく走っていると、不意に遠くに馬の群れが現れた。

 バルバロイではない。

 前を走っていたカインが馬を止めた。すると遠くの影たちも動きを止める。

「つけられているのか」

 そう呟きながら、カインが腰に手を伸ばす。見たことがない形の道具だ。こいつの新しいおもちゃだろうか。

「おいおい、なんでだよ!」

「奴隷狩りなのか? しかし、なぜこんな所で!」

 近くの木の陰から人が現れた。完全に囲まれている。

 奴隷狩りたちの中からマントを靡かせて、大男が近づいて来た。背中には赤黒い巨大な権を背負っている、

 形状から剣であることはわかるが、人に扱える大きさとは思えない。

「武器をしまえ。ついてきてもらう」

 カインがおもちゃを相手に向けると、相手はとっさに背負った巨大な剣を盾にした。

 突然轟音がしたかと思うと、大男の剣に何かが恐ろしい威力でぶつかり、弾き返された。

 大男はそのままの動きの流れで回転しながら勢いをつけてカインに近付くと、大剣の腹でカインを馬から叩き落とす。遅いようにも素早いようにも見える不思議な動きだ。

 カインは地面にうずくまり、せき込んでいる。

「抵抗はしねえ! やめてくれ!」

 馬を下り、叫んだ。

 表情も変えずに突っ立っている大男の後ろから男達が飛び出し、慣れた手つきでこちらをカイン共々縄で手足を縛った。

 荷物のように括り付けられて馬ごと運ばれていく。目指していたのとは真逆の方向だ。一体どこへ向かう気なのだろうか。

 そばに寄ってきた男がカインのおもちゃと持っていた弓矢を持って行ってしまう。

 気温泊した空気が流れていて話すこともできない。背後から常に監視されているし、左右を囲む男達もこちらに視線こそよこさないが明らかに警戒している。

 

 気付くと、テントが集まっているのが見えてきた。

 その中の一つに押し込まれる。

「おいカシューいざというときは俺が助けてやるからよ! 心配すんな!」

 減らず口をたたいたと同時にカインの顔面に先ほどの男の蹴りが入った。ゆっくりと血が鼻から垂れていく。

「馬鹿言ってねえでおとなしくしてろ!」

 下手に抵抗したら殺される。

 カインは妙な笑いを浮かべている。余裕ぶってるつもりか。

 食事が出来ないまままた夜が更けていく。

 夜中になって突然カインが自分の股間をこちらに押し付けてきた。

「何のつもりだ!」

「口つかってズボンの中の拳銃とってくれ!」

「はぁ?」

 カインが必至で腰を浮かすと、確かに何かの輪郭が服の上から見えている。あの妙な武器がもう一個あったのか。

 カインが悪戯っぽく笑った。

「へへへ、宝石も拳銃も多めに用意してあんのよー」

 手足が縛られた状態であのおもちゃが一個あったらと言って何とかなるものだろうか。

 汗臭い服に顔を押し付けてなんとか拳銃とやらを取り出す。こんな思いは二度とごめんだ。

 カインは手を精一杯まげて拳銃を構えた。

「おい、おっさん小便もれそうだ!」

 見張りの男がちらりと顔をのぞかせた。面倒そうに眉をひそめるとテントの中に踏み込む。

 次の瞬間、轟音がして男が地面に突っ伏した。

「いそげカシュー! 音に気付いて奴らやってくるぞ!」

 エボンを見つけ出し跨る。カインも適当な馬に乗り、走り出す。

「目的地とは逆方向だぞ!」

「追われてるんだぞ。四の五の言ってられるか! 俺をでかい剣でぶん殴った男はアームとかいう名の知れた奴隷商人だ! なんでこんな所まで出張ってるのか知らないが、あれにはもう会いたくねえ!」

 暗く方向も解らない中必死で馬を走らせる。エボナも怖がって全速力で走れない。

 バルバロイの集落にまで戻れれば一まず安全だろうか。

 近くから水の流れる音がした。布の擦れる音がしたかと思うと、男が現れる。

「小便ぐらいゆっくりさせて欲しい……脱走か? あまり賢い選択ではないな」

「アーム! なんでここに!」

「気が読めるのよ。夜闇の中でも相手の動きがわかる」

 何を言っているのかさっぱりわからない。

 金属の引き摺る音がする。先程の巨大な剣か。

 カインが鼻で笑った。

「構えるな! 少しでも動けば撃つ」

「ん? ばかな。銃は二丁だったはず!」

 相手の動きが止まる。

 ひざまずいて土を握りしめる。何かあればすぐに投げつけてやろう。

「あばよ」

 男は泣きそうな声を出す。跪いて土下座しているのが解った。

 突然の態度の変わりように驚かされる。

「俺には家族がいる! どうか命だけは!」

 カインはあっけにとられて、目を丸くしている。

 ゆっくりと馬でアームの脇を通る。

「カイン行くぞ。それを使えば音でまた敵を集める事になる」

 カインは視線を外さないようにアームの少し離れたところを走り抜けた。



 


 

  



  

  

 

 


 

 


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