気持ちが晴れれば
彼らはきょう、人生の大きな区切りを、旅立ちのときを迎える。
2008年3月1日、湘南海岸学院の卒業式。1学年20クラスで全校生徒約3千人、築3年、エレベーター付き4階建ての横に長い校舎ともきょうでお別れだ。
卒業式では『旅立ちの日に』を合唱し、一人ひとり卒業証書を受け取った。思ったより素っ気ない式ではあったが、ここで一つ、未来へ腹を括った。
式を終えて『最後の教室』に戻る。
優成は思った。
もう俺には教室で過ごす日々がない思うと少々切ない。色々不満はあったが、なんやかんやで楽しい学生生活だった。
教壇に立つ担任の朝川夕子、27歳独身が最後のホームルームを行った。
教室の後部には一部生徒の父兄もいる。優成や未砂記の仲間内に近しい者はいない。
夕子の話は5分ほど続いた。
「……それじゃ、みんな、元気でね!! またいつでも遊びにおいで! 私立だから転勤はほぼないし、お昼と夕方なら休んでなければいつでもいるから。……う、うぅ、やっぱ淋しいよぉ、私の最初の生徒が卒業しちゃうんだもん……」
夕子は泣き出した。
「夕子ちゃん頑張れ!!」
「頑張って!!」
生徒たちからそんな声たちが飛ぶ。
「う、うん、ありがとう」
そして夕子は一気に涙を拭った。
「それじゃ、みんな、元気でね! これにて解散っ! ばいばいっ!」
生徒一同が声を挙げる。
「バイバイ!」
「ありがとうございました!」
「ありがとう!」
人によって台詞は様々。その後、夕子には生徒一同から花束が贈呈され、涙の勢いは増すばかり。
卒業後の進路だが、俺とオタちゃんは同じ鉄道会社へ就職。未砂記は保育関係の専門学校へ、浸地と石神井さんは同じ四年制大学だ。
最後まで教室に残った俺たち四人は、正午の日が射し込む薄暗い教室で、感慨に耽っていた。
「そろそろ行こっか」
「そうだね」
未砂記の呼びかけに、浸地が応えた。
教室の出口で俺は、鼻で深呼吸をした。この濁った埃っぽい空気とは、これで今生の別れだろう。
◇◇◇
「いやあ! 色々あったけどなんとかなった! めでたしめでたし!」
学校に別れを告げた俺、未砂記、浸地、オタちゃん、石神井さんは、茅ヶ崎海岸の砂浜を西へ歩いていた。靴の中に砂が入り込み、少々気持ち悪い。
まばゆくきらめく海、ざぶんざぶん打ち寄せる波。沖には潮を被った烏帽子岩、東に江ノ島、西にどっさり雪の積もった富士山。きょうも変わらない、いつもの茅ヶ崎の海。
「本当に、多大なご迷惑をおかけいたしました」
石神井さんが謝罪。
「いいっていいって! 結果オーライ!」
若干図々しい満面の笑みで、未砂記は石神井さんの肩をぽんぽん叩いた。
「ビーズがなかったら、すぅと未砂記はくっつかなかったもんね」
と、浸地。確かに俺と未砂記はビーズをきっかけに親密になっていった。これがなかった場合、深い付き合いになったかどうかはわからない。
「えー、それはどうかなぁ」
未砂記は疑問を呈する。まぁ、意地と、なんとなくある自信が混ざり合っているのだろう。
「僕も、就職できなかったかも」
「そうそう。オタちゃんが私のお父さんと仲良くなることもなかったかも!」
「大甕さんのお父さんには、いつもお世話になっています」
「家に居場所ないから、これからも構ってあげてね」
「あ、はい……」
「ヒタッチ、お父さんをいたわんなきゃ」
このこのぉと、浸地の頬をぷにぷにする未砂記。
「そう言われても、あんま話すことないんだよね~。私はそんなに電車詳しくないし」
「そっか! じゃあしょうがないね!」
「そう、しょうがない」
しょうがないのか。そうか……。
会話が途切れたとき、ふわあっと強い南風が吹いた。
ブレザーやスカートが風になびく。
まだ気温は低いが、もうじき春が来る。そう実感した。
来月には皆、それぞれの道へ進む。
きょうまでのように毎日は顔を合わせなくなるが、それでもときどき会っては、現在と変わらずに、きのう会ったかのように、同じ時間を過ごすだろう。
なにはともあれ、未砂記のおかげで、このメンバーのおかげで、気持ちが晴れた。
だからやっと、頑張れる状態になった。
それまでは、頑張ろうと思っても、なにもやる気にならなかった。
さて、少し休んで、来月から頑張りますか。
お読みいただきありがとうございます!
本作としての彼らのお話はこれでおしまいですが、同じ時間軸で動いている他作品(『名もなき創作家たちの恋』など)でも登場している回がございますので、よろしければそちらもご覧いただければと思います。
2019年現在、彼らは30歳ですね。初めて彼らの活躍を描いたのが12年前で、時の流れを感じます。
それではまたどこかで!




