不倫の先に待つもの
昼、私の気持ちはまだ落ち着いていなかった。川越くんとの出来事は本当になにも思い出せない。
川越くんは朝早くに帰り、その証拠は無くなった。
しかしきっと事実は私の思うことと違いないだろう。
私は、許されないことをしてしまった。
そうわかっているのにどうしてか、うきうきしている自分が在る。それは女として、性別のあるものとしてか、または侵してはならない領域を冒険した気持ち良さか。
「ねぇ、どういうこと?」
いつの間にか背後にいた未砂記が、私に問い掛けた。まさか……。
「ん? なにが?」
あまりにも唐突な問いに私は咄嗟の返事しかできない。
「どういうことじゃないよ。夜中のことだよ。アンタここで姉貴の彼氏といけないことしてたでしょ」
やっぱりそうだったのか。してしまったんだ。私は。親として、人として最低なことを……。
「なにそれ? 夢でも見てたんじゃないの? どうせ彼氏が欲しいからって妄想でもしてたんでしょ?」
私はなんてを言っているのだろう。そんなことを子どもに言うなんて、どうかしてる。いっそ私を殺して。
殺して……。
「最初に姉貴が見つけたんだよ。それを私もいっしょに見たの」
絵里に見られた!? もうだめだ。
「あぁ、仲良いのね。二人揃って同じ夢見るなんて」
立っているのもやっとの私の頭の中は真っ白で、言っている事は滅茶苦茶。
「もういい」
「あっそ、気が済んだのね」
私、なんでそんなこと言えるの? 苦し紛れの強気な口調は自身も子どもたちの心もズタズタにして、親子の絆を断ち切ったに違いない。
子どもに見捨てられ、もはや母親の資格など私にはない。
ここに、私の居場所はない。
裏切り者の私はどこへ行こう?
どこへ……。
私はそのまま家を出て、当てもなく歩き出した。もう二度と、娘たちに会うことはないだろう。
歩いているうちに辺りは暗くなっていた。虫の声が侘しい。それが私の頭の中を、胸の中を真っ黒でどろどろした後悔の色がじわじわと染めてゆく。きっと私と同じ過ちを犯した母親は五万といるだろう。中にはそんなことをしても平然としている人もいるはず。しかし私はそうでなかった。そんなことをしてしまった自分が許せなかった。
何度か朝が来て、気がつくと周囲に木々しか見えない森の中にいた。ときどき蔦に足が引っ掛かり転びそうになる。私は道などないそこを孤独に、無心で歩み進んだ。やがて脱力感に苛まれ、目が眩み、からだがふらついて立ち上がれなくなった。
私、こんな森の中で誰にも看取られないで死ぬんだ。当たり前だよね。あんな酷いことをしたのだもの。
でもせめて、子どもたちに謝りたかった。思い出すと意識は朦朧としていても、頬が緊張して涙が込み上げてくる。
「ごめんね、ごめんね、絵里、未砂記、ごめんなさい、私なんか早く忘れてね、お父さんと仲良くするんだよ」
聞こえるのは木と木が擦れる音や小鳥たちの囀りのみ。そこでは私の嘆きの声などすぐに掻き消されてしまう。
わかかっていた筈なのに。
命を賭して産んだ子どもたちの存在の尊さを。
他愛ない日常の尊さを。
それをたった一つの、浮いた気持ちが犯した過ちで、積み上げたものすべてを崩してしまった。その先でどうしようもなく愚かな私を待っていたのは、深い深い森の中での孤独な死だった。私が失踪したところで探してくれる人など、誰もいないだろう。




