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いちにちひとつぶ ~迷える君への贈りもの~  作者: おじぃ
7年前

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人生大逆転

 僕は医者を目指す高校一年生、川越勇一。僕が通う高校はかなりの難関校。中学校の成績が5段階評価でほぼオール3だった僕にとって、入学できたのは、合格するために必死で努力をした賜物たまものだろう。もしかしたら従妹のさやかちゃんから貰ったお守りのビーズのおかげだったりするのかもしれない。


 その年の桜がすっかり緑になって陽射しを遮るようになった初夏、僕に遅い『春』が訪れた。どういうわけか、同じクラスの仙石原せんごくはら絵里えりが気になって仕方ないのだ。


 これが恋というものだろうか。彼女は学問に関してあまりけていないようだが、長い黒髪と眉を少し下げて微笑む姿を見ると、胸やけを起こしてしまう。例えそれが自分に向けられた笑みでなくとも。


 それから1ヶ月程経った6月の昼間、雨がしとしと降り注ぐ校庭を教室の隅、前からも後ろからも3番目に配置された自分の机から中庭を見下ろしていた。この後、別の教室で行われる進学補講までの時間潰しに、ただ一人ぼ~っとしていた。


 こんなに呑気でいられるなんて、まるで夢のようだ。


 高校合格前までの僕はといえば、学校の学習について行けず、このままでは医者になる夢が叶えられないと焦るばかりの日々であったが、高校生になってからは難関校に合格したという自信から積極的に勉学に励むようになり、先日行われた中間考査の成績もトップとまではゆかず納得できる結果であった。


 これならもしかしたら本当に医者になれるかもと、気持ちが浮かれ始めていた。さやかちゃんから貰ったビーズのように、御利益ごりやくだとか科学的根拠のないものは少し疑うタイプの僕だけれど、それが本当に効力を発揮しているのかもと思えた。



 ◇◇◇



 進学補講を受講後、自分の教室に戻り少し居残って勉強をしようと守衛室を訪ね教室の鍵を警備員から受け取った。教室に戻り窓の外を見ても、きょうは茜色の空と富士山を眺められず少し残念に思った。


 雨の日の夕方、誰もいないの教室の空気は昼間とは違った寂しさが支配し気分が重くなる。からだが訛り、動きが鈍る。実際に雨の日は必ずと言って良いほど左足のひざすねがずきずきと痛む。雨の日を憂鬱に感じる理由の一つである。


 雨が降らないと僕らの生活が成り立たないのは承知している。オーストラリア、ケアンズの民家にはほぼ必ずどこかにかえるの写真が貼ってあると、昨年オーストラリアへの研修旅行に参加した先輩から聞いた。そこで暮らす人々は雨の日が大好きだと嬉しそうに語るらしい。僕が雨を嫌うのは、水に恵まれているからだ。日本の関東地方のように、適度に雨が降るというのは幸せなことだ。


 僕は勉強中でもついついそんなことを考えてしまう。そこに誰か話し相手がいたならば、平然とそれを口にする。大概の人はそれを聞き流すから結局のところ自己満足。中学まで成績が悪かった上、クラスで少し浮いた存在であった原因はそんなところにあるのだろうか。いまとなっては『浮く』ことは無くなったのだが。



 ◇◇◇



 紙パックのピクニックコーヒーを傍らに勉強を始めてどれくらい経つだろうと左手に嵌めた時計を見ると18時15分。始めてから45分が経過していた。最終下校の19時まで残り45分。ちょうど半分、これから後半だ。ストローで舌を潤す程度にコーヒーを吸い上げ、甘みと微妙な苦味が口に広がったとき、ガラガラガラ、ガチャンッ、と、リニアエンジン式の教室の扉が開く音がした。店舗の半自動ドアと同様に縦にパネルをタッチしてドアを開閉出来る仕組みになっている。


「やっぱりいたね」


 なんと教室に入ってきたのは仙石原絵里。まずい、心拍数が上昇して胸やけがしてきた。勉強に集中できない。でもこれは嬉しい妨害というべきか? なにしろ気になる相手と二人きりなのだから。


「うん、やっぱりいたよ」


 我ながら間の抜けた返事だ。


 僕が教室で下校時間までひとり勉強しているのはクラス内では有名だ。進学補講を受講する生徒は予備校に通う者が多い。きっと予備校でも補講と同じような内容を学習させられるのだろうに。だから教室に残って復習のほかに、ときには図書室から専門書を借りて幅広い分野を勉強しようだなんて考えるのは僕くらいだ。家に帰るとテレビに目移りするし、ここのほうが静かで集中できる。


「すごいなぁ、川越くんは。たくさん勉強してるから成績いいんだよね。私なんか勉強しようとすると頭が重くなっちゃって」


「僕もそうだった。でも親戚の女の子のおかげで医者になる目標に近づけそうな気がしてきたんだ。だから頑張れる」


「親戚の女の子?」


 僕は彼女に件のビーズの話をした。そして彼女にも幸せが訪れるように、さやかちゃんに頼んでビーズのセットを幾つか分けてあげようと思った。



 ◇◇◇



 帰宅してから電話でさやかちゃんにその旨を伝えると、幸せになれる人が増えるならと快諾してくれた。


 それから2日後の夕方、二人きりの教室で仙石原さんにたくさんあるそのビーズのセットのうち、10セットを渡した。


「ありがとう。あのさ、川越くん」


「ん? なに?」


「あの……。もし良かったら、私と付き合わない? 川越くんのひたむきな姿を見ていると、私も頑張らなきゃって張り切れるの。川越くんと同じ中学だった人に聞いたんだけど、こんなこと言ってごめんね。当時はあんまり成績良くなかったんだよね?」


 はぁ~。


 口が開いたまま塞がらない。あの仙石原さんが僕と付き合いたい? これは夢か? 勉強に疲れて居眠りしてるのか?


「うん、まぁね。5段階評価でオール3だったよ」


「でもいまはトップクラスだもんね。すごいなぁ」


 あぁ、なんだこれは……。


 もしかして、あのビーズのおかげ?


「ありがとう。僕も仙石原さんと、その、付き合いたいって思ってたんだ」


 すると仙石原さんは、僕を虜にしたあの優しい微笑みを見せてくれた。


「そっか、じゃあよろしくね」


「うん、こちらこそ、よろしく」


 あのビーズがあればすべてが上手く行く。残りはどのくらいだろう? 少なくとも1つ100グラムのケースが20個は残っていたはず。これで僕は間違いなく医者になれる。なにもかも思い通りだ。


 そ¥けど、医者になるのはまだ先の話。じゃあ先ず何をしようか。


 そうだ、せっかく意中の女性ひとと恋愛関係を結べたんだ。僕だって男だ。欲求不満にだってなる。僕が好きなときに、彼女にそれを満たしてもらえばいいんだ。


 もうすべてが僕の思うまま。あのビーズさえあれば、望めばなんでも手に入るんだ。持ち主の不幸や不満を吸い取って幸せに変換するビーズなんだから。


 オール3の人生、大逆転だ。

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