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いちにちひとつぶ ~迷える君への贈りもの~  作者: おじぃ
高校生活 秋

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猪苗代

 俺にとって人生最後であろう40日以上の夏休みの最終日となる9月2日。俺と未砂記は福島県の猪苗代いまわしろへ旅行することにした。猪苗代は、俺の思い出の地だ。


 茅ヶ崎駅から電車とバスを乗り継ぎ3時間半。幼いころはかなり時間をかけて来たと思っていたが、意外と早く到着した。目の前には日本で3番目に大きな湖、猪苗代湖いなわしろこが広がっていて、冬には白鳥が飛来する。


「ここが優成の思い出の場所?」


「あぁ、ここから眺める磐梯山ばんだいさんは最高だ」


「うん広々とした田園風景の向こうに連なる山々。これぞ正に絶景! って感じだね! でもなんでここが優成の思い出の場所なの?」


「あぁ、母方のばぁちゃんがこの近くに住んでて、俺が幼稚園のときに死んじゃったんだけど、そのころよくこの辺で虫を追いかけてたんだ」


「そうなんだ。この近くって、確かヒタッチのおばあちゃん家がある所じゃない? 近くにガラス館とか野口のぐち英世ひでよ記念館あるってヒタッチ言ってたし」


「そうなのか。知らなかった」


 気になったので浸地に写メを送ってみた。


 写メを送ってすぐ、ブルルル! とケータイのバイブが鳴った。浸地から電話だ。


「もしもし」


「もしもし? 二人ともそこにいるの?」


「あぁ、思い出の地を散策してるんだ」


「なるほどね。実は私もこっち来てるんだ。良かったら家に来なよ! 道はわかるよね?」


「いや、知ってるはずないだろ」


「えっ、ちっちゃいとき遊んだじゃん」


「はい……? あっ……」


「やっぱり忘れてたんだ。虫のこといっぱい教えてあげたのに」


 思い出した。俺は生きものを好きだが、そのきっかけをくれたのは浸地だった。浸地のばぁちゃんは俺のばぁちゃん家の近くにあり、夏休みは二人ともこちらに来ていたのだ。俺も浸地も神奈川県在住だが、市は俺が茅ヶ崎で浸地が小田原。故に地元で顔を合わせる機会は当時はなかった。


 そんなこんなで浸地のばぁちゃんが住んでいた家に到着。湖水風こすいかぜの吹く縁側。田んぼの稲葉がさらさらと同一方向になびいている。


「あの女の子って浸地だったんだ」


「そうだよ。私は中学で会ったときにあの男の子だってわかったけど」


「優成ひど〜い」


 未砂記に冷ややかな視線を浴びせられた。


「すみません。名前が浸地ひたちだからもしかしたらとは思ってたけど、ここは母方の家で苗字違うから確信がなかったんだ」


「へぇ、そうなんだ。ふぅん」


 浸地は少々不機嫌な様子。


 結局、未砂記と二人きりの時間は短かったが、ウシガエルをぶつけてきたりして俺を大泣きさせたあの強暴な女の子がこんなにも身近な人物だと知れたのは大きな収穫だ。




 ◇◇◇



「そっか。あのバァちゃん亡くなったのか」


「うん。7年前にね」


 大甕のバァちゃんはいい人だった。それは孫でない俺にも分かった。浸地に玩具を買ってあげたり、どこかに連れて行ってあげたりはしなかったけれど、いっしょに畑で野菜を収穫したり、料理をしたり、サイダーを飲んだり、そんな些細なことが何年も経った現在でも良い思い出として鮮明に残っている。


「いいなぁ、二人とも」


「えっ? 何が?」


「あっ、ごめんね未砂記」


「ううん、いいよ。勝手に羨んでるだけだから。優成にはこのこと話してなかったね」


 未砂記の話によると、未砂記の祖父母は、父方の祖父は石膏メーカーの社長で多忙、祖母は近所の仲間との交流でほとんど構ってくれなかったという。何かあったとしたら、正月の堅苦しい親族の集まりの際にお年玉をくれただけ。母方の祖父母は一度も構ってくれた記憶が無いという。


「それに、家から湖が見えるのも凄い!」


「あぁ、しかも冬は正に白鳥の湖だ。こたつで蜜柑を食べながら白鳥を眺めるってのもいい」


「そうだね。でもこたつから出たらすごく寒いけどね」


「そういえば家の人はどうしたの?」


「出かけてるよ。優成と未砂記が来るって言ったら今夜は御馳走だって」


 夕方、俺たち三人は同じ墓地内にある俺のばぁちゃんの墓と、浸地のばぁちゃんの墓に行った。


 墓は自分のメッセージが他の場所より伝わりやすい、向こうの世界へのアンテナのような気がした。


「あっ、モンシロチョウだ!」


「そういえば未砂記って、虫好きだよな。よく虫をネタにした変な挨拶するし」


「うん! 小さいころ、よくヒタッチに虫のこと教えてもらったから!」


「そうだね。公園でウスバキトンボを追いかけたり、大きいアオムシを捕まえてアオスジアゲハを羽化させたりしたよね」


「あぁ、やっぱり未砂記がそういうの好きになったのは浸地が吹き込んだからか。結局俺ら二人とも浸地から吹き込まれたんだな」


 ウスバキトンボ|(薄羽黄蜻蛉)とは、文字通り羽が薄く黄色、オレンジ、一部は赤い色をしたトンボで、夏ころになると日本全国の校庭や空き地、海岸などに群れて飛翔する。春に沖縄から飛来して本州で繁殖し、秋には孫や曾孫ひまごに当たる世代が成虫になるが、寒さに弱いため、冬になると本州の個体は幼虫、成虫ともに全滅する。そして再び春になると本州に飛来する特殊なトンボ。


 一方、アオスジアゲハ|(青筋揚羽)は、アゲハチョウの一種で割と小さい。瑠璃色るりいろと少し茶色っぽい黒の羽を持つポピュラーな蝶。市街地でもよく見かけたが、近年あまり見なくなった。



 ◇◇◇



 その日の夜。食卓にて。


「きょうは浸地ちゃんの友だちさわんさか来たたから賑やかだぁ。優成くん大きくなったなぁ」


 東北訛りの浸地の叔母さん。


「おばさんお久しぶりです」


「はじめまして、仙石原せんごくはら未砂記みさきと申します。浸地ちゃんとは小学校からの友だちです」


「未砂記ちゃん、あなたのことかぁ。浸地ちゃんから聞いてるよ。べっぴんさんだぁ!」


「いえいえ、私なんてまだ子供同然ですよ」


 それから未砂記とおばちゃんの会話は長々続いた。


 ガラガラガラ。引き戸が開いた。


「こんばんは〜」


「あっ、お父さんとオタちゃん!」


 オタちゃん!? なんでこんな所に?


「あらぁ、二人ともお帰りなさい」


 大甕父子とオタちゃんは、昨日からこの家に泊まり込んでいたらしい。


 浸地の父親とオタちゃんがここに来ていたのは、この近くの磐越西線ばんえつさいせんを走る455系電車のさよなら運転があったかららしい。二人とも鉄道ファンなのだ。娘の浸地はこの機会に墓参りでもしようと思ってついてきたとのこと。


 21時過ぎ、家のおじちゃんが日曜出勤から帰宅して、家の中は宴会状態になっていた。


「男ってのはなぁ※〒∀∬Å∂⌒ξだべぇ!!」


「おっしゃる通り!!ξ⌒∂Å∬∀〒※!!」


 浸地の父とおじちゃんはすっかりおとこの世界に入り浸っていた。もはや何を喋っているのかわからない。


 こんな雰囲気は俺にとって、新鮮で胸が躍った。明日からまた現実が戻って来ると思うと、かなり憂鬱だ。




 明日から…?




「あっ……」


「どうしたの優成?」


「明日から学校だ」


「あっ、そういえば。よく思い出したね。さすが私の元彼」


「もういいよ。夏休みが一日増えたと思えば。それより今日は455系の送別会だ」


 オタちゃんがそんなこと言うなんて……。


「あらぁ、でももう電車さ終わったから帰れないべぇ、明日は学校さおさぼりだぁ」


 そういえばきょうはビーズができない。未砂記は必ず一日一粒ずつと言っていたが……。


「ねぇ優成、オタちゃん、きょうは楽しかった?」


「あぁ、最高だったよ」


「僕も。455系が引退しちゃったのは残念だけど、いいお別れができた」


「そっか。よかったね!」


「でさ、きょうはビーズやんなくていいの?」


「あっ、そういえば僕も」


「うん、いいよ。今日は特別ね! あっ、オタちゃんはそろそろビーズ終わりにしてもいいけど、どうする?」


「えっ? うーん、仙石原さんが迷惑じゃなければ続けたい。習慣になっちゃってね」


「わかった! じゃあいままで通りにね!」


「なんでオタちゃんは終わりにしてもいいのに俺はだめなんだ?」


 問いかけると、未砂記は一瞬困った顔をした。


「近いうちに教えなきゃね。ビーズの意味」


 未砂記はそれだけ言った。


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