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いちにちひとつぶ ~迷える君への贈りもの~  作者: おじぃ
未砂記の小学生時代

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11歳、姉との別れ

 いよいよ楽しみにしていた地元ライブの日。サザンの生演奏を聴けるとあって、私も姉貴も元気を取り戻しつつあった。チケットは取れなかったけれど、生演奏は会場となる公園の外からでも聴ける。公園周辺には大勢の市民が集まった。


 ライブの最中、同じ年ごろくらいの男の子が一人で聴いているのに気付く。おかっぱ頭の大人しそうな感じの子だった。


「ねぇ、キミ一人?」


「うん」


「じゃあ私たちといっしょに聴こうよ! 一人じゃ危ないよ!」


「うん」


 この子は誰かとはぐれたのか、それとも一人で来たのかな?


 サザンの生演奏が、私たちの住む海岸地域にこだまする。様々な曲調を持つ彼らの楽曲たちは、エロくなったり、ロマンチックになったりと、街のムードも変えていった。私もいつか彼らの様に何かを変えていけるような人になりたいと思ったのは、このときだった。


 すっかり演奏に聴き入り、ふと横を見ると姉貴が静かに涙を流していた。感動して泣いてるのかな? 何か思い出してるのかな? 敢えて涙の理由は聞かないようにしたけれど、近いうちにその理由を嫌でも知ることになるのだった。


 ライブはあっという間にフィナーレを迎え、アンコールも無事終わった。何とも言えない独特の感覚が地域いっぱいに散りばめられた。忘れ得ない、最高の夜。



 ◇◇◇



 男の子とお別れして、公園から近い私たちの家へと向かう。


「今日は最高の一日だった!! 一生の思い出だね! 未砂記っ!」


 ベッドに腰掛け両手と背筋を伸ばす姉貴はとても満足げだった。


「ですね〜っ!」


 私は絨毯に横たわって目一杯からだを伸ばす。



 ◇◇◇



 短い夏休みが終わり、新学期が始まった。姉貴は再びアイツと頻繁に顔を合わせることになる。


 このころから母親はあまり家に帰って来なくなった。生活費は単身赴任の父親から振り込まれるので、私たちにとってはかえって気楽だった。日照時間が短くなり、楽しかった夏に別れを告げるようで切ないこの季節、姉貴がいて良かったと実感する。とは言っても姉貴はバイトをしていて週三日か四日は一人の夜になる。でもそんな夜は姉貴がようやく帰って来るとすごく安心する。


「おかえりえり~!」


 おかえり絵里~というダジャレだったりする。


「ただいま〜」


 スルーされた。がっくし。


「きょうは疲れて食欲ないと思ってご飯と味噌汁しかつくってないよ〜」


「いつもありがとね。もう未砂記は一人暮らしでも平気だね!」


「やだ! 姉貴いないとつくる意味ないし」


「そっかぁ。じゃあたくさんおかわりしていい?」


「食欲ないと思って軽めにしたのに……。ま、いっか! いっぱい余ってるし味噌汁はあんまり長く保存できないもんね!」



 ◇◇◇



 翌日、姉貴はひどい頭痛で学校を休んだ。


「今日は私がご飯つくっとくね!」


「うん! ありがとう! でも無理しちゃ駄目だよ! じゃあいってきま〜す!」


「ご心配ありがと! いってらっしゃい!」


 今日、私はクラブ活動で帰りが遅くなる。いつもの立場が逆転する日だった。


 すっかり帰るのが遅くなり、夜のドラマが始まっていた。家の中はいつもとは違う、少し甘い匂いがした。


「ただいま〜」


 姉貴から返事がない。寝てるのかな?


 リビングに入ると、テーブルには姉貴お得意のクッキーが山盛りで置いてあった。


 私はそれを確認して荷物を置くため二階の部屋へ戻った。その足で隣の姉貴の部屋に入った。


「未砂記……」


 扉を開けると足元には姉貴がぐったり横たわっていた。尋常じゃない。それだけはわかった。


「姉貴!? どうしたの!? ねぇ!? 救急車呼ぶから待ってて!!」


「未砂記、妹になってくれて、ありがとう。最期に会えて良かった……」


 このときの私は、なぜか体が金縛りに遭ったようで一歩も動けなかった。


「だめ、そんなの、だめ……」


 それからどのくらい時間が経っただろう。姉貴は少し目を開き、優しい笑みでずっと私を見つめていた。私が動けないのはそのせいかな。


「姉貴、私の方こそありがとね。私はもう大丈夫だから……」


 姉貴が口を開ける事はもうなかった。ただ最期まで笑顔を絶やすことなく、ゆっくり目を閉じていった。そう、ゆっくりと……。


 私はこのとき、人が天国へ旅立つところに初めて立ち会った。状況によって様々かもしれないけれど、ドラマのように最期の言葉の後すぐに目を閉じるのではなかった。とても現実を受け入れられなかった私には、悲しさなどの感情はなく、無心に近いような不思議な気持ちだった。ただ、涙は止め処なく溢れていた。


 放心状態の私は救急車を呼んだ。もしかしたら姉貴はまだ生きてるかもという期待をしたけれど、やはりそれは叶わなかった。


 独り家に戻った私は、ふとリビングの姉貴がつくった料理とクッキーに気付いた。


 翌朝、病院から連絡を受けた父親が赴任先から戻ってきた。


「絵里、えりぃ、絵里!!」


 私とは違って大人しい性格の父親は、涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにして、何度も何度も姉貴の名前を叫んでいた。悲しみと同時に、怒りが止まらない私は、姉貴の近況を知っている限り全て父親に話した。母親との離婚は即断だった。


 数日後、医師から、姉貴の死因はストレスの蓄積からクモ膜下出血と聞かされた。


 葬儀の日、母親と姉貴の元カレは来なかった。周囲の親族や姉貴の通っていた学校の人たちは悲しみに暮れていた。しかし私は姉貴の最期を見た唯一の人物にも拘わらず、その事実を頭で理解していても心が追いつけず、姉貴の亡きがらが火葬されるときも、骨を拾い集めるときも、表情ひとつ変えられなかった。


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