姉妹愛
「未砂記、部屋に戻ろう」
姉貴が私の耳元で囁いた。
「……うん」
部屋に戻ると、姉貴はベッドに飛び込み放心状態になっていた。
私たち二人が見たもの、それは母親と姉貴の彼氏、勇一の禁断の一面。小学生の私にも映画で見たことがあるので分かった。
「姉貴、なんで止めなかったの?」
「怖いよ、怖くて止めらんないよ……」
私も怖い。怖くて震えが止まらない。いまあの二人の前に行ったら、なにされるだろう? もしかしたら殺されちゃうかも。っていうかこれは現実? 頬をつねると痛い。やっぱり現実だった。
「大人って汚いよ、私、彼もお母さんも信じてたのに……」
姉貴にとっては最悪の状況。もちろん私にとってもだけれど。大好きだった彼と自分の母親が、あんなことを……。
「ねぇ、姉貴、私、誰を信じればいいの? 親も信じちゃいけないなんて、思いもしなかったよ」
「そうだよね、でも、私のことは信じていいよ。サザンのコンサート、いっしょに行こうね」
「わかった。約束だよ?」
「うん、約束」
私たちは恐怖に怯えながら寄り添い合い、悪夢のような夜を明かした。姉貴はからだに力が入らない様子。
「姉貴、立てる?」
「大丈夫、あっ……」
あまりのショックに立つことすらままならない。当たり前だ。私だって口が痺れてる。
あの男が帰ったであろう昼、私は母親を問い詰めるべくリビングへ。
「ねぇ、夜中のあれ、どういうこと?」
「ん? 何が?」
やっぱりとぼけるか。
「どういうことじゃないよ。夜中のことだよ。アンタここで姉貴の彼氏といけないことしてたでしょ」
「なにそれ? 夢でも見てたんじゃないの? どうせ彼氏が欲しいからって妄想でもしてたんでしょ?」
なに言ってるのこの人。なんで私の妄想なの?
「最初に姉貴が見つけたんだよ。それを私もいっしょに見たの」
「あら、仲いいのね。二人揃って同じ夢見るなんて」
なんで? なんで子供に嘘つくの? 私が一年生のとき、学校の当番サボったけど、ちゃんとやったって言って嘘ついたときは何時間も怒って何回もひっぱたいたくせに。
「もういい」
「あっそ。気が済んだのね」
母親に失望して階段を駆け登り姉貴の部屋に戻る。
「アイツ、シラ切ったよ。うちらの妄想だとか言ってきた。なんで親のそんなシーンなんか妄想するんだよ」
「そっか。なんか私の人生って馬鹿らしいなぁ。小学校のときから必死に勉強して、友だちとも遊べなくて、遊べないからどんどん友だち減っていって、お母さんには勉強頑張れば将来幸せになれるって言われて、だからそれでも我慢して勉強頑張って、いまの高校入って、でも入ったら成績ビリで、そんな私にも好きな人ができて、告白したら付き合ってくれるようになって、初めての経験もして、でもその彼がまさか……」
姉貴の人生って、こんなに辛かったんだ、勉強頑張ってたのは知ってたけど、母親に幸せ掴むためって言われて必死で勉強して、やっと彼氏が出来て幸せになったと思ったらその幸せを母親に奪われて……。
可哀相過ぎるよ……。
私は衝動的に姉貴の胸に飛び込んで、少し涙を流した。
「姉貴ぃ、ごめんね、私ばっかりラクして……」
「ははっ、いいんだよそんなの。未砂記の生き方のほうが正しいんだよ。でも未砂記だってつらいよね。まだ小学生なのにね。酷いよね、ごめんね未砂記ぃ、私と横浜行ってなければ寝てる時間で、あんなの知らずに済んだのにね」
18時、それから二人は夜中までずっと泣き続けた。
◇◇◇
月曜日、学校の屋上に彼を呼び出し問い詰めた。
「ねぇ、どういうことなの? うちの親と」
「はぁ? 何それ? そんなの知らねぇよ」
彼の口調がいままでと違う。それに嘘のつき方が下手だ。
「なによそれ!? ふざけないでよ!!」
「るっせーよ! ってか俺、もう新しい彼女できたからお前とはサヨナラ。お前エッチするとき痛がって叫ぶからこっちも気持ち良くできないんだよね!」
えっ、それって……。
「それって、カラダ目当てって事?」
「はぁ? 当たりめぇだろ。男なんてみんなそうだから。もういいからお前さっさと死ねよ」
「わかった。サヨナラ」
彼に別れを告げ、屋上を去る。
その日、私は頭痛に見舞われ学校を早退した。帰宅すると未砂記が自分の部屋で日記を書いていた。
「珍しいね。日記なんて」
「うん。私が母親になったときに同じ過ちを繰り返さないように、カタチにして残しとくんだ」
「未砂記だったら大丈夫。きっといいお母さんになれるよ。ちょっと頼りなさそうだけど」
「最後の一言余計!」
「はいはい。私、頭痛いから寝るね。おやすみ」
「そうなんだぁ。お大事に。おやすみんみんぜみ~」
◇◇◇
姉貴の背中がみるみる頼りなくなっていく。そういえばこの事実を父親が知ったらどうなるだろう。これもこれで可哀相で言えない。
こんな感じの日々がしばらく続いたある日、姉貴は頭痛で学校を休んだ。あれ以来ずっと頭痛に悩まされているみたい。
もうすぐ夏休み。そしてサザンの地元ライブ。チケットは取れなかったけど、漏れる音を聴くのが傷ついた私たちの大きな楽しみだった。
◇◇◇
数日後、姉貴は相変わらず頭痛に悩まされているけれど学校へは通っている。私はいつも通り横浜の小学校へ登校した。
「未砂記、最近元気ないね」
「ううん、そんなことないよ。ありがとねヒタッチ、心配してくれて」
憂いているのを友達に気付かれてしまった。表情に出ちゃってるのかな?
放課後、私は寄り道せず帰宅した。
私の部屋の机には姉貴の手作りクッキーがお皿に山盛りで置いてあった。クッキーを包むラップの上には置き手紙が。
『おかえり! あとでいっしょにたべよ! えり』
18時頃、姉貴が帰宅。クッキーを見つけてから2時間待たされた。
「遅い! クッキー早く食べようよぉ」
「ごめんね! 食べようね!」
姉貴の作るクッキーは少し砂糖が多いけど、とてもやさしい味がする。この味が小さいころから私のお気に入り。だけど一気に全部食べちゃうのは勿体ないので、明日食べる為に少し残した。その夜、姉貴は久しぶりに私と遊んでくれた。トランプしたりテレビゲームしたり、互いのからだをくすぐり合ったりしてじゃれたり。
「久しぶりだね! 姉貴と遊ぶのって! 私はこれだけで幸せ!」
「そうだね! こういうのが幸せって言うんだよね! 私って勉強なんかしなくても幸せだったんじゃん!」
姉貴も少し元気を取り戻したかな?
「ありがとね未砂記!」
「ん? なにが?」
「私、未砂記がいなかったらこんなに楽しい思いできなかったよ! 本当にありがとう!」
「いやぁ、それほどでもある?」
私たち二人なら、きっと何があっても大丈夫。そう、きっと。




