本能は俺にもネコにも
深夜、そろそろ寝ようと未砂記は俺を自分の部屋に誘った。俺は座っているソファから立ち上がるのを戸惑った。
「どうしたの?」
「いや、俺、このソファーで寝ようかな」
「じゃあ私もここで寝る」
それじゃ意味ないんだって!
「いやいや付き合い始めて間もない若い男女がいっしょに寝るのは……」
「あっ、またエッチな妄想してる」
ニヤリ、未砂記が俺の心を読み取って少々嬉しそうだ。
「妄想じゃ済まないんだよ! 本能が妄想を現実にしちゃうんだよ!」
「きゃー、こわーい」
「今日、アレ持ってないから尚更ヤバイんだよ」
バカにされて内心半ギレの感情を抑えながら、俺は告げた。
「そっかぁ、わかった。じゃあ私は部屋で寝るよ」
未砂記はどこか淋しげ。
「あ、うん」
「じゃあね~、おやすみんみんぜみ~」
「ミンミンゼミ?」
「そう、ミンミンゼミ! じゃねっ!」
「じゃあ」
未砂記は2階の自室へ上がった。それにしてもあっさり引き下がったな。悪いことしちゃったかな。
◇◇◇
やっぱり私のこと好きじゃないのかな? 事件に巻き込んだからって嫌々付き合ってんのかな? 屋根裏でいっしょに星を見たかったな。おやすみのキス、したかったな。
午前3時、部屋に戻って3時間経過。私は眠れずに優成のことを考えていた。
優成って、どんな女の子が好きなんだろう? ミンミンゼミみたいに活発な私より、切なく鳴くヒグラシみたいな子のほうが好みなのかな?
◇◇◇
「ふわぁ……」
朝8時、優成は未砂記のことを考えてムラムラしたり、いっしょに寝なかった罪悪感に浸りつつも、いつの間に眠っていた。
未砂記は優成が眠っている間に布団をかけてくれていた。
「未砂記?」
優成が起きてキッチンを覗くと、未砂記は朝食をつくっていた。夜、追い払っちゃったのに本当に悪いなという罪悪感が一層増す優成。
「おはよ。もうちょっとでできるから待っててね!」
「布団、サンキュー」
「あっ、ごめん! 暑かった?」
「ううん。そんなことない。クーラー効いてるから寒かったんだ」
また優成に恩着せちゃったかな? クーラーが効いていても熱帯夜に掛け布団なんて、余計だよね。未砂記は蒸し暑い熱帯夜に自分の余計なお世話を悔いた。
◇◇◇
「できたよー! 食べよー!」
「うん。あ、ありがとう……」
眠い目を擦りながら、優成はのそりソファーから立ち上がった。
パンに目玉焼きとベーコン、そしてスクランブルエッグ。卵料理が二つというのは疑問だが、末砂記が心を込めてつくってくれた。それは伝わってくる。
「じゃあ食べよ!」
「いただきます」
「いただきます!」
未砂記の料理はどれも温かい味がする。冷めた俺の心を包み込んでくれる、やさしい味。
「未砂記、色々してくれてありがとう。あと、昨夜はごめん」
「いいよ! 夜のことは! 私が魅力的過ぎるのがいけないんだから!」
とっさにそんなことを言えるのがすごい。俺だったら自分が魅力的だのカッコイイだの言えない。
午後、俺と未砂記は予定通り動物病院からネコを引き取りに行った。
未砂記の家に戻ってさっそくネコをケースから出した。ここと俺の家は近い。ネコは家に執着するというから工事中の俺の家に行かないか心配だ。
「ゥヤーッ! ゥワーン! ォワ〜ン」
初めての場所だから落ち着かないのだろう。ネコは俺に何か訴えてきた。とりあえずネコに自分の顔を近付けてみる。そして目と目を合わす。
ネコは目を逸らした。
頭を撫でてみる。
ネコは目をつむった。
「こんにちは〜」
ネコに話しかけてみた。
ネコは何も答えずその場を立ち去った。
「ダメだなぁ〜、飼い主さん。ネコちゃんのことわかってないなぁ〜」
「あぁ?」
小バカにした態度の未砂記に思わず食ってかかった。
「ネコちゃ〜ん」
未砂記はネコに近寄って話しかけた。
どうせ未砂記だって分かってないだろが。
未砂記はしゃがんでネコに顔を近付けた。
ズリズリ。
ネコは未砂記の顔に頭をズリズリした。
?
未砂記とネコはほぼ初対面のはず。
俺とは付き合い四年目。
……!
いやいやそんな……。
優成は混乱した。
「ゥヤーッ」
ネコは何やら未砂記に話しかけた。
「にゃー!」
未砂記はとりあえず返事をした。
ネコは再び未砂記の頬にズリズリした。
俺もネコに話しかけてみる。
「にゃー」
……。
しかし何も起こらなかった。
俺の中で何かが崩れた。
「落ち込むなよ優成ぃ! 大丈夫だよ! ネコちゃん別に優成のこと嫌いじゃないって!」
「ありがとう。その言葉だけでも嬉しいよ」
素直にならずにはいられなかった。そして、哀しかった。
俺の四年間は、なんだったんだ……。




