お願い、キスして
俺の心は怒りと大切な人を失う恐怖、そして実は孤独だと思っていた俺を、自分の命より大切だと思ってくれる未砂記の愛で混乱していた。しかし一度叫んで深呼吸をすると、周囲のエネルギーが俺の体内に集まってきている気がしてきた。
「お? 怖じけづいたか? そりゃそうだよなぁ? でも良かったなぁ、偉大なるお父様に葬ってもらえるんだからなぁ? あ?」
「は? 怖じけづく? なぁ、お前、女人質にとって身体密着してるからもしかして興奮してる?」
この状況で、不謹慎な発言だ。それはわかっている。
「ふっ、お前の彼女なのに俺が抱く事になるとはな。まぁお前らもあっちの世界で抱き合うんだな」
このときの俺は一番大切な人を人質にとられているにも拘わらず、驚くほど冷静だった。
「未砂記、悪い」
「うん、いいよ。今まで、ありがと……」
「いや、そうじゃない。それもあるけど」
「へっ……?」
瞬間、俺は腹部が真っ赤に染まった未砂記を乱暴に正人から引き離した。
「ぅおっ!!」
未砂記を引き離す時間を含め僅か数秒、俺は正人の股間に蹴りを入れた。本気で男を倒したいなら、これが最も有効だ。
「うぉっ、ぐぉっ、ぐぁー!!」
「そうだよな? 欲求不満の中年がいくら高校生とはいえ女と密着したらアソコが大きくなっちゃうよな? いまにみてろ。腫れ上がってくるから」
「くそっ!! ぐぁっ、うぅぅ……」
なんて滑稽なザマだ。
正人を倒した俺は、ポケットからケータイを取り出して119番通報をした。
「もしもし!! 救急車を!! 早く!! お願いします!! 早く!!」
俺は正人が動けなくなったのを確認して未砂記をおぶり、アリを蹴散らしながら門まで出た。彼女の腹部には刺さっているナイフは、抜いてしまうと余計に出血が酷くなるので痛々しいが抜かなかった。
「ごめん、服、血で、汚れちゃったね」
未砂記は自分の命が危険だというのにそんなことを気にしていた。どこまで良い奴なんだよ。本来なら俺の家庭の問題なのに、偶然そこに居合わせたためにこんなことに巻き込まれて、腹を刺されても文句どころか俺の身代わりになれて良かっただなんて……。
「そんなこと気にしなくていいから!! なんでだよ!! なんで未砂記が俺なんかのために!!」
「愛してる、からっ、それだけ。ごめん。もう、目を開けてるの、つらい」
「くそっ!! なんで!! なんでぇぇ…ぅあああああ!! ああああああああ!!」
「泣かないで、クールなキミが、台なしだよ」
「だって!! だって!!」
「ねぇ、キス、して。そうじゃないと、未練、残っちゃう」
「するもんか!! したら未砂記……」
「うん、だから、後悔したくない。早く、お願い……」
囁くような声で呼吸すらままならない未砂記。俺はそっと彼女の唇に自分の唇を接触させた。すると未砂記は小さな舌を精一杯俺の舌に絡めてきた。俺もその言葉なきメッセージに必死に答えた。
「ちゃんと、ビーズ、やるん、だよ?」
「バカか!! 未砂記がいなくなったら新しいビーズ貰えなくなるだろが!! それにまだビーズの意味だって聞いてねぇよ!!」
「そのうち、わか……」
数分後、救急隊と警察官が順次到着。
未砂記とともに、俺は救急車に、正人は警察官に連行された。




