陰口を真に受けない一つの方法論
「なんであんな頭の悪い人がこの学校に入れたんだろうね」
「裏口入学じゃない?」
「サイテー。私たち、ちゃんと受験して入ったのに」
この教室では決して絶えないイジメ。私と並行して未砂記もターゲットとなった。常に誰かを攻撃していないと気の済まない、本当に最低層のクラスだ。ちなみにこの学校の初等部の入学試験は難しいものではなく、ブロック玩具を用いた三角形、四角形、扇形の図形の照合と一桁の足し算、アナログ時計の読み取りができれば合格できる。これらはどれも三歳前後に母親に教えられた記憶がある。試験会場に荘厳な雰囲気はなく、遊び感覚で和気藹藹とした雰囲気の中での受験だ。当時、未砂記とは面識がなかったが、受験会場で騒がしくしていた姿は鮮明に記憶しており、スラスラと図形を切り取った箱にブロックを入れ、時計の玩具を教職員が指示する時刻に合わせていたので、裏口入学の必要性はなかっただろう。
「ヒタッチー! 帰ろー!」
未砂記は陰口など気にする様子はなく、普段通り、私に声をかけて帰宅を促した。
仄暗い曇り空の下、どぶ色のオーラが滲み出る生徒に交じり駅へ向かう。きっと私のオーラも淀んでいて、唯一人、未砂記だけがキラキラ輝いているように感じた。
学校付近ではいつものように他愛ない会話をしながら歩き、マリンブルーの帯を纏ったステンレス製の電車に二駅揺られ、横浜駅でオレンジとグリーンの塗装が施された湘南電車に乗り換えた。最後部十五両目の乗務員室前にある二人掛けのシートに座り、一度落ち着く。速度を上げた電車は三分弱で隣の通過駅に近付き、大きなカーブを前に速度を落とした。キイキイとフランジ音が響く車内で、私はボソリ会話を切り出した。
「ねぇ、未砂記は平気なの? 陰口言われて」
恐れ入る質問には倒置法を用いる。私と同じくイジメの標的にされ始めているのに、どうして平気な顔をしていられるのか、気になる。
「うん。全然気にならないわけじゃないけど、あんまり気にしてない。だって、私にはヒタッチがいれば十分だもん。だから、ヒタッチに陰口叩かれたらめっちゃ凹むと思う」
それだけ私を大切に思ってくれているってことか。なのに私は僅かな期間でありながら、未砂記を遠ざけようとした。そんな自分を、改めて恥じる。
「大切な人じゃないからっていっても、やっぱり気にならない?」
メンタルが強いということだろうか。だとしたら私とは基礎部分からの精神構造に大差があり、彼女の方法を取り入れるのは困難と思えてきた。
「うーんとね、ぶっちゃけ私の世界にあの子たちは存在しないって言えばわかりやすいかな。私はあの子たちを人間として見てないんだ。本能的に人間の質が違うっていうのは人が醸し出す雰囲気で察してるっていうか、陰口言って欲求を満たしてる人たちより、私のほうが人間レベルが高いっていう自信がある。簡単に言えば、私はあの子たちを見下してるんだ。
よく学校では人類みな平等とかいうけど、育った環境も脳の構造もそれぞれ違うし、平等なんて有り得ないんだよ。けどだからって誰かを羨む必要なんかなくて、自分が望む姿に向かって心をまっさらにして努力すれば、満足できる結果を出せる可能性は高まるし、結果は出せなくても、次に望むものが現れたとき、前に望んだものに向かって積み上げたものがあるから有利だと思うんだよね。その過程で陰口を言うとしても、具体的に何が気に入らないのか、ちゃんと考えて、理想と自分の姿を照合して成長に繋げれば良いだけだと思うんだ。そこで嫌いな相手に直接でも陰口でも成長する術を与えるのは、自分が相手より優位に立とうと思ったらナンセンスなんじゃない?」
だから私を嫌ってる人も、私を放っておいてほしいと未砂記は付け足した。
真面目モードの未砂記は本当に小学生なのかと思うくらいしっかりした意見を述べる。正直、私のお母さんよりずっとしっかりしていて、私自身、話を噛み砕くので精一杯だ。将来成功するのはきっと、こういう人だ。こんなに優れた人と仲良くしないなんて、本当に勿体ない。色々な意味で未砂記と友だちになれて良かったと悟ったとき、思わずフフフと不敵な笑みがこぼれた。
とはいえ、やはり未砂記の言うことを即座に反映できるわけではないけれど。
私が未砂記のレベルに到達するにはいくらかの時間が必要だ。それが一週間後か、十年後なのかはわからない。ただ一つ、良い人生を送るための鍵を入手したという成果は得られたのだ。
あけましておめでとうございます!
未明の『いちにちひとつぶ2』の更新に続き、こちらも更新となりました。本年も宜しくお願い申し上げます。




