夢中になれるもの
体力の限界だという浸地を駅まで送り届け、仙石原の家に戻ったら朝十時を過ぎていた。洗濯物は俺に見えないよう回収され、下着の謎は迷宮入りしそうだ。
「宮下はさあ、ちっちゃい頃ヒタッチが物凄い人見知りだったって知ってる?」
ふたり並んでソファーに掛けると、仙石原が首を傾けながら上目遣いで話し掛けてきた。
「いまも人見知りだろ」
「そうなんだけど、小一の頃、最初はかなり避けられたけど、私がしつこいくらいに話し掛けたら、いまみたいに本性を出すようになったの。でね、ふたりとも音楽が好きっていう共通点があって現在に至る。三段論法で話す私あったまイイ!」
「すげぇ、仙石原の口から三段論法なんて信じらんねえ」
「でしょでしょ! っていうか言うようになったね宮下。だからねっていうかなんていうかなんだけど、お互いに同じような趣味があって、一緒に曲作ったり、何かつらいことがあったら分かち合う相手がいるってすんごく幸せなんだなって改めて実感した朝でした。そして私はふたりにお世話になって、自分で課題処理できるようにならなきゃと!」
「いいよなあ、ふたりとも夢中になれるものがあって。俺も音楽は好きだけど、卒業してからもやってく自信ないわ。バンドだってグダグダだし」
「ん? 確か宮下って家の庭で生き物育ててるってヒタッチから聞いたよ」
「まあな。ビオトープっていって、生き物が住みやすい環境を造成してるんだ。それで誰かを感動させられるわけじゃないけど」
庭で生き物と触れ合うのが俺にとって唯一の楽しみだったりする。特に池から這い上がってきた茶色いヤゴがトンボになって、透き通った翅を広げて飛び立ってゆく姿は圧巻だ。
「いいじゃん! きっと宮下のおかげで生き物さんたち喜んでるよ! 私も仙石原未砂記、略して『セミ』なだけにセミが好きでさ、育ててるわけじゃないけど庭から羽化して飛んでくのとか交尾してるとことかジロジロ観察してるよ!」
交尾をジロジロ見られるのはあまりいい気はしないだろうな。
「生き物を喜ばすというよりは、罪滅ぼしも兼ねてるけどな。ちっちゃい頃よく虫を捕まえて逃がさないで、死なせちゃってたからな。誘拐して監禁して恐怖のまま死なせたんだ。いま思えばなんて残酷なことをしてたんだろうって」
「そっかあ。確かに虫さんの気持ちになるとつらいよね。私はそれを肯定も否定もできないけど、いまの宮下は、いまを生きてる虫さんの力になれてるのは確かだし、命を育もうっていう気持ちと、それを好きでいられることは、お金には代えられないし、いくら払っても入手できない。だけどね、それはとってもとっても大事な、何にも代えられない宝物なんだよ」
いつものおバカキャラとは違う、母性を秘めたすべてを包み込む微笑みは、迷子になっている俺の心を安堵へ誘うと同時に、少しばかりチクチクと落としてゆく。
まずいな、この感覚は、ちょっとまずい。
お読みいただき誠にありがとうございます!
これを書いているとき、夢中になれるものがあって、それを分かち合ったり、一緒にひとつの作品を創り上げてゆくのって素晴らしいなと思いつつ、学生さんたちを見ていて、忙しかったり親の期待や意向でそれをやめてしまったり禁止されてしまうのは凄く勿体ないなと、学生時代から社会人になるまでひっそり執筆を続けてきた作者は思っています。まして創作活動はそんなにお金かかりませんからね!
私もまだまだ拙い物書きですが、可能性は潰したくないものです。




