◇なんだかよくわからないビーズ
本編第1話!
ましろさんよりヒロイン未砂記のイラストをいただきました。ありがとうございます!
それでは本編スタートです!
いやあ今日もいい天気! こんないい天気なのにアイツは相変わらず曇った感じ。人生楽しくなくっちゃね!
放課後の教室でたったひとり、気怠そうに中庭を眺めるアイツ。アイツは普段、どんな気持ちで過ごしてるんだろう? 三年ぶり、せっかく同じクラスになれた今年は、きっと最後のチャンスだ。
◇◇◇
あぁ、なんだか生きるのに疲れた。だからといって自殺すると、生まれ変わってから同じ人生を繰り返すという説があるし、痛いのとか苦しいのイヤだし幸せな生活もしてみたいから、旅立つ気にはなれない。臆病な性格が俺の命を繋ぎ止めているともいえるだろう。
数多の思惑が交錯する社会での経験を重ねるうち、多くの人間は仮初めの安寧という幸福を求め、ヒエラルキーや性格上敵わぬと諦めた悪への降伏が美徳となったこの世で相手に真正面からぶつかるのは、病んだ心が一層病みそうだ。だから、そこから逃れ心穏やかになれる場所が欲しい 。そう願うのは、贅沢だろうか。
高校3年生の新学期初日、俺は真昼の太陽が照らすひとりぼっちの三階の教室で、そんなことを考えていた。
見下ろせば儚げに、しかし威風堂々と夢幻の舞を演出するたった一本のソメイヨシノ。踏むとガサガサ音を発てる輸入モノの細かな砂利が敷き詰められた中庭。
そこにある縁石で囲われた小さな池には、ヒトの頭ほどの面積の蓮が十数本浮いており、その一本に乗っかるクロスジギンヤンマが新たな命の卵を葉の中に敷き詰めている。
中庭と隣の校舎を隔てた向こうには赤茶色の野球場や青々としたサッカー場と、外周には陸上競技用の青いトラックや白くさらさらした砂場がある。その向こうは無数の松が連なる砂防林に挟まれた国道134号線。
砂防林で見えないが、学校の向こうは陽の光が反射してきらきら輝く蒼い湾がある。この地域では珍しく積雪のあった今年も、例年通り麗かな春が来た。
◇◇◇
始業式と帰りのホームルームが終わって二十分ほど経過した11時50分頃。どこでランチをしようか迷いつつ、そろそろ帰ろうと教壇から目立つ最後部真ん中より一つ窓側の席を立とうとしたときだ。
ドタドタと騒音が接近して、俺の机に両手を突き立てて急停止した。静かだった教室が、たったひとり増えただけで急に騒がしくなる。
「ギャーッ!! キノコくーん!! 久しぶりー!! 同じクラスになるの中学以来だねー !! またよろしくねー!!」
わぁうるさい。なんだこの非常ベルみたいなけたたましい声は。
久しぶりー!! と言ったけど同じ軽音部だし、たまに会うだろ。まぁ、俺は半ば幽霊部員、騒音の発生源である仙石原未砂記は部長でほぼ毎回出席だから久しぶりってのもわかるけどな。この湘南海岸学院は全校生徒約2千人、1学年15クラスもあり、同じクラスになる確率は低い。
ああ、コイツみたいにあっけらかんと生きていればどれだけ人生エンジョイできるだろう。
こういうタイプって、普段は何を考えて生きているのだろう。
それなりに事情はあるだろうが、基本的に頭の中ぱっぱらぱーで何も考えていないのだろうか。仙石原の前の席になった清楚系で大人しい石神井さやかさんが可哀想だ。
グミの実の様に真っ赤な髪飾りでアホっぽく結った栗毛のショートヘアでキラキラした目をした仙石原は、いかにも何の悩みもなく幸せそうだ。ブレザーを纏っているのでハッキリしないが、胸はCくらいに発育したな。中学時代はBくらいだった。
「あらどうも仙石原さん、お久しぶりです。ってか、俺はキノコ君じゃなくて宮下優成です」
仙石原は少なくとも同じクラスになって知り合った中学一年生の頃からムダに騒がしいお方。
面食いで日常的に告白しては失恋を繰り返していたが、ある出来事以降、誰かに告白したという噂は聞かない。俺はその出来事を目撃したが、あれは流石に可哀想だった。
中学時代も陸上競技部で一緒だったが、このハイテンションがどうにも苦手だ。根本的に性格が違う気がする。俺に構うならまだクラスのみんながいて端から騒がしい時間にしてくれ。
こういうタイプと下手に絡むと、お前は私の遊び道具だバーカ! ジミーズが馴れ馴れしく接してきやがってキモいんだよ! とか言われそうなので極力ムダのない言葉で応対するよう心掛けている。
「まぁまぁ本名とか細かい事は気にしないでっ! そういえば今はキノコ頭じゃないんだね」
「当たり前だろ。中学のときみたいに髪型でからかわれたくないからな」
そう、俺は中学時代、散髪が面倒なため約3ヶ月もの間隔で床屋に通っていた。そのため2ヶ月目を過ぎた頃 から段々とキノコのような髪型になっていったのだ。強いて良くいえばあのビートルズのような感じ。
「ふぅん。さて、さっそく本題です! ここにビーズ手芸のセットがあります。これを使って私が用意したこのテ グスがビーズでいっぱいになるまで一日一粒ずつ好きな色、形のビーズを通して何か作って下さい! か・な・ら ・ず、一日一粒ね!」
俺の複雑な髪型事情をどうでも良さそうにさらりと流して勝手に話を始めやがった。しかも俺に面倒事を依頼、いや、強要しようとしている。
「はぁ、なんで」
訳わからん。アクセサリー作ってフリマで売るのか? なら何も一日一粒じゃなくて一日一品で良くないか? そんなに作りたくないから余計な提案はしないけど。
とにかく俺は手先も口も不器用で面倒くさがりだし、強引にそんなの渡されても困るんだよな。
「ん? まぁ深く考えないでやってみてよ! あと完成したら見せてね!」
「まぁ、いいけど」
仙石原のテンションに圧されて断れず、とりあえずビーズ細工のセットを受け取ってしまった。
「じゃあよろしくねー! あとこれ、誰にも渡しちゃダメだよっ!」
「いや、別に誰かにあげようとは思ってない」
もしかしてこのビーズ、宝石でできてるのか? エメラルドとかサファイアとか。でもそんな高価なものをなぜ俺に?
「そっか! なら良かった! じゃねー!」
「じゃあ」
喋るだけ喋って、仙石原は俺の机にビーズ細工セットの入ったボール紙で出来た箱を残し、元気良く手を振って嵐のように去っていった。
それにしてもなんなんだこの意味深なビーズは。フリマで売るにしろ宝石であるにしろ、一日一粒ずつテグスに通せというのが解せない。
まぁいい。今は深く考えないで教室を出るとしよう。
お読みいただき誠にありがとうございます!
湘南を舞台に繰り広げられるファンタジー要素を含んだよくわからない物語、スタートです! ジャンル設定は悩みました。
更新は不定期ですが、よろしければ今後もお付き合いくださいませ♪