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いちにちひとつぶ ~迷える君への贈りもの~  作者: おじぃ
高校生活 春

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一の裏にある百

 学校から徒歩約15分。高級住宅街に聳える仙石原の家に到着した。庭付きのやや広い一戸建て。60坪くらい。なんという格差だ。うちは45坪で35年ローンだけど完済見込みないぞ。


 平均的な人の背丈ほどもない黒い格子の門を抜け、玄関前には芝生あり、花壇にはまだ咲いていないチューリップが三本並んでいる。もうじきつぼみが形成されそうだ 。


「これね、赤白黄色あかしろきいろなの!」


 俺がチューリップを見ているのに気付いた仙石原が言った。


「ふぅん」


「ふぅんって、リアクション薄っ!」


「綺麗なー、花がー、咲くとー、いいな」


「わざとらしいんだよ!」


 懸命に紡ぎ出した言葉を歯切れ悪く言うと、ツッコミを入れられて頭をバシッ! と叩かれ、思わずイテッ! と声が漏れた。クッソー、いまので脳細胞いくつ死んだ? ただでさえ回転の鈍い頭が更に悪化したじゃないか。賠償金払え。ブドウ糖買うから。


「どうぞ~」


 頭を叩かれ朦朧もうろうとしている間に仙石原は扉の鍵を開け、家の中へ促した。


「おじゃましま~す」


「おじゃまされま~す」


「お邪魔なら帰りま~す」


「じゃあビーズについて教えませ~ん」


「おじゃましま~す」


「はいいらっしゃ~い」


「プッ……」


 無駄に長い堕落したやり取りが可笑しくて、つい噴いてしまった。


「はははっ! 宮下ウケる!」


 釣られたのか、仙石原は手をパンパン叩き腹を抱えながら笑った。おいおい、そこまで面白くないだろ。


 玄関は他所の家に行くと感じるその家独特のニオイはなく、ほぼ無臭といえる状態だった。


 靴は仙石原の通学靴と私用のスニーカー、そして俺の通学靴があるのみで、閑散としている。家の中は仙石原のやかましい賑やかさとは相反して寂しげだ。


「よーし、せっかく宮下がうちに来てくれたんだから、これから仲良くしよう!」


「仲良くしようって、商売とか取引相手ならともかく、そういうのっていつの間にか仲良くなっているもんじゃないのか? 」


 会話しながら靴を脱ぎ、仙石原にリビングへ案内された。大きな白いソファーがあり、向かって左が50インチの大画面テレビ、右側はベランダになっていて、庭の芝生や赤、白、黄色の花が咲く予定のチューリップがよく見える。仙石原はブレザーを脱ぎ、畳んでソファに置いた。


「ん~、確かにそうだね。でも宮下となかなか話す機会ないから敢えて言ってみた! とりま、荷物置いたら手を洗ってうがいしよう!」


 はい。と返事をして一人で洗面所へ。ここもまた豪華で、洗面台が二つあるため二人同時に手洗いと嗽ができる。手洗いは薬用石鹸で爪の中まで丁寧に。嗽はコップが備え付けられていないし、あったとしても使うのはまずいので、手に水をんで口に含んだ。


 嗽を終えた俺は、ワイシャツから透けるブラジャーをガン見しながら仙石原の背後をに付き、リビングの隣にある和室に通された。なぜそこに通されたのか、一瞬で理解した。


 小さな仏壇。その台の上にちょこんと置かれた白い縁の写真立てにはショートヘアの若い女性の姿。目を細めた優しい笑顔の彼女は、敬礼のように額の前でピースサインをしている。とても綺麗なひとで、俺は彼女に一目惚れしてしまった。


「この人ね、五つ上の姉貴なんだけど、私が小5のときに死んじゃった。目の前で」


「目の前!?」


 仙石原のお姉さんが亡くなっているとはどこかで聞いた。目の前とはつまり、病院で亡くなる瞬間に立ち会ったのだろうか。


「あれはさすがの私も参ったわ。だってさ、夜にいつもみたいに姉貴の部屋でお喋りしてたらさ、突然苦しそうな顔して倒れたんだよ。家に親のいないときでどうしたらいいか一瞬混乱したけどパニクりながら救急車呼んだ。でもダメだった」


 なんということだ。言葉が出ない。談笑中に突然倒れてそのままなんて相当ショッキングな出来事だろうに、仙石原は開き直ったかのような笑みを浮かべて語る。


「でもさ、姉貴が死んじゃってからしばらくして私、ちょっと安心したんだ。あのとき家庭も姉貴自身も大変で、姉貴はそこから解放されたんだから」


 そんな訳ないだろ。俺には妹がいるが、家庭が大変なときに妹一人残して自分だけ楽になれるわけないじゃないか。お姉さんは亡くなってからも仙石原が心配で仕方ないんじゃないか?


「姉貴さ、死ぬちょっと前にやたらと面白い話してたんだよね。中には小学生にはまだ早いエッチなこととか。いま思えばあれって姉貴からのSOSだったんだろうけど、私バカだからそれに気付けなくて、素直に笑って話を聞いてた」


「それでいいんじゃないか? だってまだ小学生だろ? たぶんお姉さんは仙石原が笑ってくれるのが嬉しかったんだと思う」


「はははっ。それでもやっぱ力になりなかったな。それでね、私少し学習した。いつも誰かと話したり笑ったりしてる時間ってすごく貴重で、こうやって宮下と一緒に話してる時間だってそうなんだと思う。明日の保証なんか誰にもないから、いまこのときを最大限楽しもうって。だからなるべく笑顔は絶やしたくないんだ」


 言い終えたところで、仙石原はニッと笑顔を作ってみせた。


 仙石原の騒がしさは、決してムダなんかじゃなかったんだ。やたらと高いテンションで放たれる言葉の裏には、どれだけの辛い過去があるのだろう。一の裏にある百といったところだろうか。それを背負って、乗り越えて、その上の笑顔、か……。


 何も知らずに仙石原を単なるバカと勘違いしていた自分の愚かさに腹が立つ。俺だってそれなりに辛い思いしてるじゃないか。なのに俺は大した学習もせずに人の表面ばかり見て、好意的に接してくれてる仙石原を煩わしいと心の中で拒絶して。だがそれを告白して謝罪したら逆に仙石原を傷付けてしまうだろうから、何も言えない。


 あぁ、最っ低だわ俺……。

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