ズルい女
軽音部の倉庫で遭遇した流れで一緒に帰ることになった私と宮下。お互いの家までは徒歩5分くらいだけど、中学入学までは面識がなかった。同じ地域でも道一つ分かれているだけで面識のない人は多い。
今日、いつも一緒のヒタッチはバイトがあると言って部活を休んだ。そんな日は一人ぼっちで帰らなきゃいけないからいつも寂しいけど、今日は隣に宮下がいてくれる。
倉庫を出るとき、宮下がさりげなく先に出て、鋼鉄製の厚くて重たい扉を押さえていてくれたのがちょっと嬉しかった。宮下からすればきっと無意識の行動なのだろうけど、だからこそ余計に嬉しかったりする。そしてそしてなんと! 今宵は宮下と二人っきりでディナーなのだー! その後はイイ感じになったりして……。
キャー!! ヤバイヤバイ!! 心の準備があああーっ!! とりあえず何か喋って間を持たせなきゃ!
靴を履き替え学校を出るまでの間は倉庫の施錠確認や職員室に鍵を返すとか、事務的な会話で乗り切った。話題はいくらでもあるのに、引き出しに迷ってしまった。相手を意識し過ぎると話題選びに困るのは周りから騒がしいとかうるさいとか言われる私も同じだ。とりあえず、誰にでも通じる話題にしよう。
「私、有名人になりたい!」
校門を抜けて西へ進み始めた私の第一声。霞んだオレンジの空はそんなに綺麗とは思わない。
「鷲宮みたいに裸で走り回れば有名になれるぞ」
「やだなあ宮下、私がそんなことする女に見える?」
「見える」
「酷い! 柔な乙女のハートが傷付いた! 私ね、有名人は有名人でもスターになりたいの! うちらの街って人口24万弱でごく普通なのに有名人の数ハンパないじゃん。ウィキで出身有名人の欄チェックしながらスクロールするの結構時間かかるよ! なのに! なのに私は一般ピーポー! スターの街に生まれて一生凡人なんて有り得なくない!?」
「どこに生まれようと大体凡人だろ」
「チッチッチッ、キミはわかってないなあ!」
人差し指を立てて小幅に振る私を、宮下はうぜぇなコイツと言いたげに気怠そうな顔で見ている。よくヒタッチも似たような顔をするから慣れっこだ。
「いい!? 大事なのはココ!」
私は右の拳を胸に当ててポンと叩き、ボディーランゲージで宮下に訴えかけた。
「胸の大きさ?」
「中学のときよりおっきくなったでしょー。いまCカップだけど目指せFカップ! って違う! 胸の大きさも大事かもだけど今はそこじゃない! ハートだよハート! 何かを志すハートが大事なんだよ! 私ね、そんな有名にならなくてもいいんだけど、笑顔と元気をいーっぱい振り撒いて、できるだけたくさんの人を幸せにしたいの! たくさんの人を幸せにするなら有名になったほうがいいでしょ?」
そうだなと、戸惑い気味に返事をする宮下。こいつマジでノリ悪いわ。でもヒタッチとは上手くやってるみたいだし、私も距離を詰めれば盛り上がれるようになるのかな。
裏道を抜けて駅から海へ続く道路を渡り、サザンがライブをやった大きい野球場の脇を通過すると、もうすぐ家に着く。帰ったら手洗いとうがいをしてディナーの支度をする前に、姉貴に宮下を紹介しよう。冴えない男だと笑われそうだけど、彼がいま私の好きな人だよって。
でも、ちょっと勇気要るな。空の上の姉貴は、宮下の本性を見抜いてるのかな。本当のところ、いま抱いている気持ちには少し自信がなくて、胸を懐疑に縛られて恋の花を満開にできないでいる。でも好きな人を他の人に取られたくない。
なのに相手を疑わずにはいられない。堂々廻りはいつまで続くのか。早く解放されたい。この気持ちを抑えるのが辛くて、私は笑顔を振り撒きながらあの手この手で探りを入れる、最低にズルい女だ。




